「ラストソング」 〜第二十一話 「北からの影」〜


 シンクレル大陸首都、ボウスシェイバーにあるギルド本部の中庭と呼ばれる内部庭園。木陰に座り佇んでいたヴァイツ・クロフォードの姿を見つけたルシアは一瞬躊躇い、意を決して足を進め彼の元に近づいていく。
 ヴァィツも気配に気づきゆっくりと顔を挙げ視線を移す。ルシアとヴァィツの視線が合う。舞踏会でほんの僅かな時間会っただけではあったが、やはり相手はつい最近まではS級の賞金首だった男。いくら神経の太いルシアも緊張と恐怖は僅かながら感じていた。
(噛み付いたりはしない、て言われたけど実際、こうして一人で会うとなると流石にゾクッと来るもんがあるなぁ・・・)
 ほんの少しだけの後悔を飲み込み、一方のヴァイツは意外な来訪者にほんの少しの驚きと、それ以上に予想していたような微妙な色を含んだ目を彼に向けていた。
「・・・わざわざここまで来たんだ、隠し事とかはぐらかしとかは、無しにしてくれよ」
 それだけ前置きを入れて、ルシアは再び同じ言葉を繰り返す。
「俺のことを知ってるんだろ。教えてくれないか。何でもいいんだ」




「やれやれ、まさか魔狼の王までもが人間界に現れるとはね」
 事の重大さとは反対に気楽な口調でゼクロスが苦笑いを浮かべる。つい先日結界を突破された素朴で素敵な秘密のアジト(ゼクロス命名)の中の一室、薄暗く奇妙な色の煙が立ちこもる真っ白な内装の部屋の中。側近のフィラット・ローザを背後に何やら小さな石のようなものが浮かぶ試験管を片手に、ギルドからヴァイツとシュミットを経由しギルドから持ち得た一冊の本に目を滑らせている。
「よろしいのですか?彼をあのままにさせておいても」
「よろしいも何も、正直僕らが適う相手じゃないしね。まぁ邪魔をしに来た訳でもないようだし、様子を見に来たって感じだね。実際何の害も無く帰っていっただろう?」
「そうですね・・・。ダレスが結界の補修と強化に勤しんでいるぐらいですわね」
 他人事と口元を扇で隠しクスクスと笑みを漏らすフィラ。ゼクロスも、
「少なくとも今はまだ彼は僕の脅威じゃないよ。最初は正直ヒヤヒヤしたけど、この「研究」が目当てかな、てね・・・。流石に『純血』の魔王が相手では分が悪すぎるし」
 そう言うゼクロスはギルドから奪った古めかしい一冊の本のページを捲り、手に持っていた試験管と視線を行き来させる。
「この『古文書』が僕の元に来た以上、この研究も完璧なものになるね・・・。ああ、ちゃんと君の『強化』と『安定』を最初にするからね」
 試験管を机の上の台に差し込みフィラに向き直る。紫色の瞳に移された自分の姿に目を細め、扇を畳みフィラは緩やかにその艶やかな顔に満面の笑みを浮かべていく。
「もったいないお言葉ですわ・・・。ゼクロス様の力になれる事を心の底から感謝いたします・・・」
「はは、大袈裟だよ。テスト段階ではこれは使えないし、君は大事な同志だしねぇ」
 からかうように軽く笑いながらゼクロスは怪しげな紫色の煙を上げ始めた別の試験管を取り上げ、
「こっちはもうそろそろ使えそうだ。『あれ』の準備はどうなってる?フィラ」
「ええ、肉体の損傷の修理は完了しております。魂の残留もありませんし今すぐでも転用可能ですわ」
「流石だね、仕事が速い。じゃあ試験運転の第一号は『彼』に行ってもらおうか」
「あら、もう運用なさるのですか?それでしたら私がまたテストを・・・」
 ゼクロスはフィラの申し出にいやいやと手を振り意地の悪い、悪戯っ子のような無邪気な笑みを浮かべて
「君の『あの力』は広範囲に影響を与えるからね。完全にコントロールできるようになったら、頑張ってもらうよ。だから今回は・・・」
 そう言ってゼクロスは壁に手を当て、アジトの中の別の部屋の光景を、空間映像として目の前に映し出して見せる。
「『彼』に頑張ってもらうとするよ・・・。向こうとしても、このままじゃ報われないだろうしね・・・」
 その部屋には白いベッドとその上に寝かされた男の姿。そしてその上にベッドと同じように純白のシーツが敷かれていた。
 生気の無くなった、命の潰えた肉体。そこには少し前にシンクレルの舞踏会から第二王女、パティソールを誘拐したテロリストのリーダーだった男の変わり果てた姿があった。
「さあ、君の無念を晴らしてくるといい・・・ロイド・フィース・・・」
 静かに物言わぬ骸に新たな命を吹き込むように言葉を漏らすゼクロス。そんなゼクロスの後ろに立つフィラの更に背後から、二人の下へと2つの影が近づいていた・・・。






「・・・少し、意外だったな」
 ようやく口を開いたかと思えばヴァイツは不意にそんな言葉を漏らした。
「俺は君の事を、あの時に数分会っただけだが・・・自分に無駄に自信のある男に見えたが」
「いや、どう見られてても俺は俺だし、確かにらしくないって言われれば間違っちゃないんたけどな、てか。結構普通に内心失礼なこと考えてたのか、あんたも」
 ルシアもルシアでヴァイツという男の当初の印象と周囲の評価と少しズレのある本人の姿に軽く肩を落とす。
(何か、ちょっとだけそこまで決意を固めて会うほどの相手じゃなかったのかもな、いやいや、油断は確かにできないけど、つか調子の狂うタイプだ、おい)
「不安、か?」
 ルシアの内心での当惑など知るよしもなくヴァイツは遠慮もなく言葉を続ける。彼にしては珍しく真っ直ぐ視線をルシアに構え、崩さない。普段天然で周囲の人間(特にとある精霊士が犠牲になっているが、まあこの際それはそれとして置いておこう)を振り回す掴み所の少ないこの男にしては、ルシアに対する対応は珍しいものと言えよう。
 もつとも、そんなことをルシア本人が知る筈も由も無い訳でルシアはそれにはそれ以上構わずに自分の用件を続ける。
「クルスさんにでも聞いてんのかな、・・・記憶が無いって言っても俺はこんな物事を深く考えるのも面倒ってような性格だし、別段気にはしてなかったんだよ。これといってはな」
 ヴァイツの視線に耐えられないように、居所の悪い様子でボリボリと無意味に髪を掻きながら視線を逸らして愚痴を溢す様に。たった一言、簡潔なヴァイツの言葉に心の底で図星を突かれ戸惑いを感じていることには本人は気づいてないのかも知れない。
 頭上の木々が広間に吹く風に靡き僅かな揺らぎの音ともに葉をチラホラと降らす。木の葉がヴァイツの足元に落ちる頃に、ルシアは彼にしても珍しく自信が無いような煮え切らない口調で言葉を続ける。
「ま、発端はホントにどうでもいいつまらないことだったんだよ。女装、て言葉にどうも引っかかりを覚えてな?・・・もし俺が昔女装癖のある変態だったりしたら、流石になって・・・な」
「・・・」
 ヴァイツはただじっと黙ってルシアを見据えたまま。何を考えているかも分からず、ルシアも(あ、もしかしたら「こいつマジでクダラネーことで来たな、ヤッチまうべか?」とでも考えられてたらどうしよ、俺)などと内心でちょっとだけビビりながらも、言葉を続ける。
「・・・それもあるけど本当は、そうだな・・・あんたの言うとおり、不安になった。・・・俺が記憶を取り戻したとき、本当はどうしようもない悪党だったりでもしたら、今までの俺に良くしてくれてた周りの、色んな人達に顔向けできないしな。ガラじゃあないのは分かってるけど、そんな事考えたら、ごちゃごちゃ頭ん中で色々余計なこと考えるようになって面倒臭くなって・・・・・・ウダウダ してるぐらいなら何かしら動いてるほうがマシかと思って、ここに来た」
 風が、止んだ。木陰に座ったままのヴァイツは足に落ちる木の葉を払うことも無く、ルシアの口から最後の一言が出てくるのを、じっと待っていた。
「あんたはあの時確かに言ったよな。「俺の知ってる『ルシア』じゃない」て。・・・教えてくれよ。あんたの知ってるルシア・アルシオンを」
「・・・そうだな」
 ようやくヴァイツが言葉を返す。芝生に片手をつき立ち上がり、ようやく木の葉を払う。風に靡き目元にかかる銀髪を指先で適当に払いのけ、一言、静かに、だがよく響く声で
「確証は無いが、恐らく君の不安を解消させることはできそうだ。・・・教えよう、俺が知っている『ルシア・アルシオン』という人物は・・・」





 ルシアがギルド本部でヴァイツと会ったと同じ頃、アガート・ハーキュリーはファーウェルの裏道をややゆっくりとした歩で歩いていたところだった。
 薄暗い、というより夜に近い闇。日当たりが無く両側を大型の店舗に挟まれた路地裏は人気も無く彼の漆黒の衣服を同化させる様に深い闇を作っていた。
 彼が一人でこんな道を歩いたいるのも別段趣味という訳でもなく、この道が彼の住処へ続く道という訳でもなかった。
「さてと・・・」
 アガートは不意に足を止め、眼を凝らしても暗い影の黒色しか見えない自分が歩いてきた道を振り返る。
 静かに腰に指を伸ばし、使い込んだ愛用の鍔の無い刀の柄に添えていく。その銀色の眼は、薄暗い中でも燐と輝きを見せ、視覚では判別できないそこにいる『モノ』を見据える。
「ここなら人目も無い。遠慮はいらないだろう?用件は何だ」
 特に返事を期待する訳でもなく声をかける。期待はしていなかったものの、実際に返事が来ないことにやれやれと軽く首を振りながら
「何の目的で人を尾けてるのかは知らないが、殺気ぐらいは隠したらどうだ?」
 そう言うとっくりと腰から片手で刀を引き抜いていく。相手の姿はまだ見えないが、だんだんと暗闇に眼が慣れてくる。逆手で片手に刀を抜き、半身で刀を持つ手を前にし構えを取る。
 ようやく視界に、闇に慣れた視力に初めて相手の姿を捉える。
 朝方から町を歩いている間ずっと感じていた気配と視線、ずっと尾行を受けていた彼ははじめてその相手の姿を見る事ができた。
「・・・なるほど、それじゃあ殺気を隠すことも返事をするのも無理な訳だ」
 アガートの前に現れたのは、2足立ちの犬と人間のキメラのような、異形の魔獣だった。
「<ruby>疾走獣<rp>(<rt><Span id="r1">スケロス</span><rp>)</ruby>か、確か・・・先日のズタバタ姫の誘拐事件でも目撃されてたよな・・・」
(どうやら噂どおり、野良の魔獣ではなく誰かが召還したもののようだな・・・誘拐事件の続き、ということか?)
 内心で現状を計算しながら、目の前の魔獣に油断無く刀を向ける。スケロスの最大の脅威はその瞬発力である。油断などしたら一瞬で喉笛を掻き切られても仕方ない。
 暗さに目が慣れてくるにつれて目の前の獣の鋭い牙と爪に宿る鈍い光が見て取れる。その光に反射しアガートの手に握られた刀の刀身にもうっすらと輝きが灯る。
「ゥウウウ・・・!」
 さっきまでの静けさはどこにいったのか、姿を見せた途端にスケロスは獰猛な呻き声を出し始める。口元から見える鋭利な牙から唾液を滴らせ、前かがみの特徴的な姿勢で今にも飛び掛ってきそうな勢いだ。
(やれやれ・・・尾行がバレた途端にこれか、間違いなく何者かに操作を受けてるな・・・こいつは)
 アガートは特徴的な銀色の瞳を細め、刀を構える手を僅かに下げる。自然とガードが甘くなり、スケロスがここぞとばかりに大地を蹴って飛び掛る。
「ゥゥゥウウウアアッ!!」
 路地裏に響く低い唸り声。強烈な脚力による踏み込みに土埃が舞い上がる。アガートは逆手に持ったままの刀を右、左と薙ぐように振るいスケロスの突進を受け流す。
 咆哮を合図に互いの牙が交錯する。スケロスがすれ違い様に数回、腕を振るいその鋭利な爪を突き立てる。だがアガートも巧に両手の刀を操り風に流される木の葉の如く、魔獣の攻撃を受け流すと瞬時に刀を返し、切り付ける。
 鋭利な爪と牙にそれぞれ刀が擦れ耳障りな金属音が鳴り響く。尾行と強襲に失敗したスケロスはそのままアガートに飛び掛った勢いを生かし彼を飛び越え、路地の壁を蹴り屋根目掛け駆け上がる。アガートの一閃もスケロスの爪に阻まれダメージは無い。無傷で間合いが広がった状況に迷い無くアガートに背を向ける。
(逃げる気か・・・!だが、そうは甘くないぞ・・・)
 無論。アガートも飼い犬となっているスケロスを見す見す逃がすつもりは毛頭無かった。もう片方の腰に下げられた刀を引き抜き、逆手から握り手をそれぞれ直すと2本の愛刀を鍔元でカチリと重ね合わせる。2本の刀がクロスしX字型に固定され彼の手に握られる。
「逃がすと厄介事の火種になりそうなんでな・・・倒させてもらうぞ」
 屋根まで飛び上がったスケロス目掛け、クロスさせた刀を振り上げ大きく振りかぶる。スケロスが足元のアガートの様子に気づくが、飛び上がった状態であるため空中では身動きが取れない。
 そしてそれを見過ごすほど、アガート・ハーキュリーと言う男は心優しい男ではなかった。
「ブーメラン・ダイナミック!」
 アガートは肩と腰のバネで身を捻り、大きく振りかぶったまま勢いをつけて刀を持った手を振り下ろす。
 X状に交差した2本の刀が風を切り猛スピードでスケロスに目掛けて一直線に放たれた。
「ォォ・・ァアアアアアッ!?」
 スケロスはせめてガードをしようと両手で刀を受けようとするが、勢いよく投げられた刀は円を描き鋭く回転を上げ、無慈悲に魔獣を肩口から腰元にかけて綺麗に斜めに切り裂いてしまった。
 そのままスケロスは逃げようと着地しかけた屋根に降りる事も適わず、力尽きドス黒い霧となって四散してしまう。魔獣の血しぶきを回転したまま振り払い、文字通りブーメランのようにアガートの手へと交差した刀が戻ってくる。
 遠心力を受けて勢いと反動をつけて戻ってきた刀を分離させ手首で回転させ再び逆手に持つと両腰の鞘へと収める。そしてたった今自分を襲ってきた魔獣の骸、霧と化し空に薄い靄となって微かにまだ残る残骸を眺め、逆光に目を細めながら
( どうやら、誰か俺を探っている奴がいるようだな・・・。この前のフィースの事件といい、何やら騒がしくなってきたな・・・)
 心の中でそう呟き踵を返し行こうとした拍子に、アガートはようやくそこにもう一人の気配があることに気がついた。
「・・・誰だ?」
 再び腰の愛刀の柄に指を伸ばしながら、静かに呟く。特に相手からの返答を期待はしていない。こんなタイミングで姿を見せるような相手だ、どうせロクな人間ではないだろう。
 そんなことを思いつつも向こうの出方を見ていると・・・。
「こんにちわ。お初にお目にかかりますわね、アガート・ハーキュリー様」
「やっぱり俺のことを知っててのことか。・・・用件は?こんな街中で魔獣まで嗾けてきて」
「あら、何故私が魔獣を仕向けたと?」
 うっすらと薄暗い物陰から姿を現すその声の主は、クスクスとからかうような笑みを含みながらその容姿をアガートの前に晒しだす。
「虚仮にするな、この流れはどう見てもそうだろうが」
 出てきたのが女性と分かってもアガートは油断せずに指先を刀の柄に引っ掛ける。
「そうですわね。申し訳ありません。貴方の力を確かめたかったので・・・乱暴な真似をしてしまった事は心からお詫びいたしますわ」
「・・・で、何が目的だ?」
「仕事の依頼をしたいのです。腕に覚えのある強いお方に是非と思いまして」
 女性の態度はにこやかで何処までも穏やかだった。逆に気味が悪いと感じるほどに。
「仕事ね・・・。依頼主は貴女か、もしくは貴女の主かな・・・?」
「いいえ」
 そこで一度言葉を区切り、口元を歪める優雅な笑みを一層深め
「レザノフ政府直々のお仕事ですわ。『守護剣士』様」





「・・・女?」
 素っ頓狂な声をあげ何度か瞬きを繰り返す。呆気に取られた顔をそのまま数秒晒してから、ルシアは確かに、ようやくの納得を得ていた。
「ああ、俺の知るルシアという人物は女性。それもかなり昔の人物だ。少なくとも今、存在するとしたら・・・骨も風化しているような時代の人物だしな」
「って言うと100や200年前でも無いな、歴史上の人物か何かだとか?」
「・・・あながち間違っては無いが、表向きの歴史には残されていない。何せルシアという女性が記録されているのは神魔戦争の時代にも遡る」
「何だそりゃ、大昔にもほどがある。・・・て事は。俺はどうしてそんなこと知ってたんだ?しかも自分の名前としてなんて・・・」
「・・・さぁ、な。同姓同名か、もしくは・・・」
「俺、昔は学者か何かだったのか?・・・・・・・似合わないって言われるんだろうなあ・・・」
 一瞬脳裏に浮かんだ下宿先の金髪娘とナンパ魔の槍使いの顔が浮かび、ケタケタと激しく笑われる姿がありありと目に浮かぶ。
「・・・よし、帰ったら日ごろの6.4倍苛めよう」
「恐ろしく理不尽な決意を感じるのは、気のせいか・・・?」
 グッ、と拳を固めるルシアに怪訝そうにヴァイツが。
「あー、でもスッキリした。そうか、女性の名前か。確かにルシアなんて名前男でも女でも使えるしな。よかったよかった。女装癖がある訳じゃなかったって判っただけで」
「さあ、それはまだ判らないけどな」
「・・・あんた、いい性格してるんだな」
 ポツリと水を挿したヴァイツを軽く睨んで、安心したせいか、既にルシアにヴァイツへの畏怖の念は取り払われていた。むしろ逆に意外だった人柄に好意を感じるほどだ。
 それと同時に彼への警戒心を不思議と失くした自分自身にも驚いていたが、今はそれよりも安堵の念のほうがルシアの頭の中を占めていた。
「でも本当に有難い。スッキリしたし、助かった。感謝してるよあんたには」
「別に、俺の知っていることが偶然君の利になっただけだ」
 ヴァイツはいつも通りの無愛想顔のままではあるが、クルス以外とここまで多く言葉を交わすことが無かっただけに、ヴァイツもルシアのことを悪くは思っていないのかもしれない。
「さて、と。じゃあ俺はそろそろ帰るとするよ。遅くなると首都の列車は混むからな」
「ああ」
 それだけ言うと早速背を向け歩いていこうとするヴァイツの背中に向かって声をかける。
「礼はいつかちゃんとする。また機会があれば会おうぜ。飯ぐらいは奢れるからよっ」
「・・・コロッケパンでもよければ、いずれ、な」
 そう言って背中越しに軽く片手を振り、ヴァイツは建物の中へと消えていった。そしてそのまま振り返る事も無く、至極あっさりと用事が済むや否やさっさとその場を後にしてしまう。
 終始愛想のかけらも無い男であったが、どうやら悪い奴ではないらしい。・・・とは言えS級賞金首だったのだから、よく分からない男である。
「さて、じゃあ帰るとするか」
 不安材料が解消され身が軽くなったルシアは気分よく、ヴァイツと別れギルド本部の正門からその地を後にした。
 出る前にクルスにも一応挨拶していこうかと思ったが、流石に優秀な女性らしくまだまだ仕事で忙しいらしい、と受付の団員に聞いたのでそのまま帰路につくことにした。
( それにしても・・・)
 首都ボウスシェイバーの魔動列車のターミナルでファーウェル方面行きの列車を待つ最中にふと頭に引っかかってやまない一言が、不意に口から漏れる。
「・・・どうしてコロッケパン?」





「対談の護衛、ですか?」
 ちょうどルシアとヴァイツが話をしている同じ頃、クルスは長老ギルバードに呼び出されギルド本部、長老室にいた。
「つい先ほど騎士団のほうからも直々に要請があってな。まぁここ最近起こった事件を考えれば嫌でもより用心するようになるじゃろうが、の」
 クルスの対面、椅子に腰を深くかけたまま騎士団だけでなく、自分たちギルドに対しても皮肉とも卑下にもとれるような含み笑いを浮かべな指先で自身の髭を弄ぶように撫でる長老。姿勢を崩さず直立したままのクルスに楽にするようにと軽く手を振るがクルスは軽く踵の間を広げる程度に、
「既にこちらからも警護の手は提供しているはずですが、それ以上の手配を、と?」
「対談会場が中央ストリートの広域会館じゃからの、あそこの間取りや広さでは騎士団とギルドの手を合わせてもまだ足りないじゃろうよ」
「しかし、相手側からも当然警護兵は・・・」
 そこでクルスは、台詞を終える前に何かに気づいたように
「・・・シンクレル王家は、レザノフを信用していないと言うことですか?」
「少なくとも、依頼主はそう思ってるようじゃの。・・・どうぞ、お入りください」
 長老の言葉に、クルスの背後で部屋の扉が開かれる。クルスが振り返ると、そこには甲冑に身を包んだギルドの中では到底見る機会の無い風貌の大男と、その隣には別の意味でギルド本部では場違いなジーンズ姿の、クルスに近い年頃と見られる金髪の女性だった。
「紹介しようか、こちらが王族騎士団の現騎士団長、フィリップ・レガーシー殿。そしてこちらが・・・」
 騎士団長と呼ばれた大男が軽く頭を下げてクルスに会釈する。そして隣の女性は一歩前に出るとクルスに手を差し出し、どこか悪戯ぽい笑みを浮かべてみせた。
「お初にお目にかかります。『元』シンクレル第一王女、カタリナ・リン・エンプレシアです」
 そう言ってカタリナと名乗った女性、カリンは唖然とした様子のクルスにもう一度笑みを浮かべその手を握った。




あとがき


やれやれですよ、またちょこっとルシアの過去が明らかに。同姓同名の「ルシア・アルシオン」は確かに存在しました。
けどその人物はルシアとは全くの別人、女性でした。果たしてルシアの本名は?同名のルシアという女性との関係は?記憶の謎は まだまだ奥があるようで・・・。
そしてようやく姿を見せた別大陸、北の大陸の軍事国家レザノフの登場です。シンクレルへの来訪の目的とはいかに、裏がありそうなレザノフの更に裏で何やら動く謎の影・・・
一筋縄ではいかない事態が始まりそうです、まあ始めるのは俺なんだけど。


次回、最強最大のプレシャス「おばあちゃんの鯖味噌」を巡り激しい戦いを繰り広げるナイトクォーターズと吉本興業の新人芸人達。激しい戦いの戦火は街をも 巻き込みついには大空魔竜までもが出動する事態に。更にその混乱の中漁夫の利を得ようと虎視眈々と機会をうかがうゼクトとエディルガーデン。
両組織の参入に倍加する戦乱の中一陣の風と共に駆け抜ける一着の着ぐるみ。冬毛をキャストオフし夏毛と化したそのスピードは昼寝をしていたオセロットも慌ててリボルバーを落とすほどだ!!

なんて豪華絢爛かつ取り留めのないオールスター感謝祭だ?



では、次回22話、ひぐらしが鳴くころには既に自分が泣かされているということに今気づいて「あ、これがオヤシロ様の祟りか」と納得する前に






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