〜第一話 「大陸都市ファーウェル」〜



窓の隙間から刺す日差しがカーテンの閉められた部屋に注ぐ。
その眩しさにようやく彼はベッドからゆっくりと起きあがり、伸びをする。
「ふぁ〜・・・・・」
大きなあくびをしてからモソモソと近くのイスにかけてあった水色のカンフーシャツを着る。
夕べは上だけ脱いだまま寝込んでしまったから今朝は着替えが楽だ。
彼はその次にボサボサの長髪を軽く撫でつけ、寝癖を整える。
艶やかな黒髪を襟足から細長く縛り、今度は純白の袖のないコートを羽織り、立てかけてあったロングソードの鞘をベルトに填め、ようやく彼はそこで完全に目が覚めた。
「・・・・・腹減ったな。」


大自然の精霊と魔石技術による機械文明が共存する世界セブンスレイ。そしてその世界を大きく4つに分けている4大陸。
北の大陸レザノフ。
西の大陸シンクレル。
東の大陸ワイエス。
南の大陸ソーマ。
だがこの世界でそれぞれの大陸に共通するモノが一つだけある。
それが古代繁栄していたと言われている天上人の残した遺跡。
人々は今、遺跡の発掘、探求に駆られ、それぞれの思惑、思念を持ってトレジャーハントを繰り返していた。
現在の世はまさに、トレジャーハンターの時代と言っても過言ではないだろう・・・。


多くの生徒が一斉に黒板のものを、正面にいる男の言葉をノートに取っている。とある場所の階段教室でそれは行われていた。
「・・・つまり、まだ我々も知らない未知の物質、生物、そして文化も、遺跡にはまだまだ眠っていると言うことです。・・・ここ、テストに出しますよ?皆さん書き写しましたね?」
縁なし眼鏡の痩せこけた中年男が黒板の前で講義をしている。
そのローブの袖にはギルドのロゴが入っているのが見える。
男は歴史学の講習を一通り終えるとイソイソと荷物を片づけ始める。
「では、今日はここまで。質問は講師室にのみ、受けつけます。」
それだけ言うと男はスタスタと階段教室を出ていく。
ここは西の大陸シンクレルの大陸都市ファーウェルにあるギルド所属の養成施設。
『魔術師学校』の4時間目はこんな感じだった。


「・・・・足りない。」
何度指折り数えても、2つ、足りない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・足りない、足りないよぅ・・・」
魔術学校の敷地内の一つである丘の上、背の腰まで届く三つ編みにされたブロンド髪の少女は沈痛な面持ちで嘆息した。
学園の支給品である特に飾り気のない制服にも年相応の色気も華やかさの欠片もなく、その顔つきも実年齢よりやや下に見える。
「うう・・・、今期で20単位とらないといけないのに・・・足りない・・・」
青い瞳が同じく青い空を見上げる。そして、また嘆息。
ようするに、単位が足りないのだ。
彼女がただひたすら苦悩していると背後から誰かが近づいてきた。
「ん?キャリーじゃない。何してんのこんなところで独りウダウダと」
少女に近づいてきたのは彼女同様青い眼をした薄金髪のポニーテールの20代半ば辺りの女性だった。
学園の講師では無いらしく、その服装も制服でもローブでも無く、胸元まで開けたYシャツにジージャン、ジーパンといった姿だ。
胸に下げられた金のロザリオと手に持っている錫杖が無ければきっとそこらのフリーターにしか見えないだろう。
「ああ、カリンさん。あなたこそここで何してるんです?」
キャリーと呼ばれた三つ編みの少女はローテンションのまま訪ねる。
「あたし?あたしは見ての通りよ」
「見て分かんないから尋ねてるんですけど・・・」
「まぁまぁ、あたしのことはいいじゃない。どーだって。」
そう言い返すとポニーの女性、カリンはキャリーの横に腰掛け、
「何か悩み事かな〜?お姉さん相談に乗るわよ?」
「相談に乗るって人がな〜んでそんなにニヤニヤしてるんですか!」
「いや、暇だし。ちょーどいいかなって♪」
「私の苦悩はあなたの暇つぶしですか!?」
「まーまー、落ち着いて。・・・で?何なのさ。」
「はぁ・・・。」
この人には何言っても通じない。
そう思い出したキャリーは静かに『そのコト』を話し出した・・・。


既に日はちょうど空の中心にある時間だった。
「あ〜・・・腹減った・・・」
白いコートの青年は鳴き続ける腹の虫を押さえながらフラフラと街を歩いているところだった。
空腹のためか、足下もおぼつかない。テール状に縛った髪も本人同様フラフラと右へ左と揺れる揺れる。
しばらく歩いたところで、ようやく目当ての行きつけの酒場にたどり着く。

酒場『ペリュトン』

そう書かれたプレートの掛けられた一軒の店の前まで来ると、おもむろにその戸を開ける。
キィ〜・・・
やや年季の入った戸が軋み声を上げながら開く。
店の中は相も変わらずハンターらしき風貌の者達が見受けられる。
店自体もそれほど大きくもなけれ豪華でも無いのだが、そのシックなイメージと確かな造りが趣のある趣向を醸し出している。
「あら、いらっしゃい。」
店に入るとすぐにカウンターの中の女性が愛想良く声を掛けてくる。
栗色の滑らかなロングヘアに柔和な笑顔。大抵の男なら見惚れてしまう容姿だ。
「おはよう、セシルさん。あ、ベーコンピラフとコーヒー。ミルク多めで」
セシルと呼ばれた女性はクスリと笑いながら注文を書き取る。
「いつものね。それに今はもうお昼よ?」
「俺の場合は起きた時が朝なんですよ」
「はいはい。」
軽口を叩きながら手頃なカウンター席に着く。
このやりとりもいつものことだ。
フリーのトレジャーハンターである彼にとって、規則正しい生活などほとんど無いも同然だった。
そして、そんな生活ももうこの街に来て2年ほどになる。
そう、彼が行き倒れ寸前の所を今住んでいる家の大家に助けられてから、もう2年・・・。
「はい、ベーコンピラフとミルク多めのコーヒー。おまちどうさま。ゆっくりしていってね。」
一瞬感慨に耽っていた彼の前に食欲をそそる匂いを放つブランチが運ばれてきた。
彼は軽く礼を言い、食事にありつく。
セシルはと言うとカウンターの中に戻って行くところだった。
相変わらず黒いミニスカートにブラウスとエプロンと言う出で立ちだが、彼はそれ以外の彼女の服装を見たことが無い。
本人曰く、「これが制服なの」ということだが・・・・。
まあ、似合ってるから別段問題ないが。
「ああ、そう言えばアガートは?今日は居ないんですか?」
「ええ。また遺跡じゃないかしら。」
「ふーん・・・、いつも「俺はハンターじゃなくて剣士だ」。なーんて言ってるくせにやってる事はそこいらのハンターと同じじゃねぇかよ・・・」
「理由聞いても「捜し物。」って言うだけだしね。」
セシルと軽い談笑をしているとそこでまた一人、客が店に入ってきた。
「お、噂をすれば何とやら。」
「何がだ?」
ベリーショートの黒髪に銀色の瞳。漆黒のコートを肩に下げた男がカウンター、ちょうど白いコートの青年の隣りに座る。
「セシルさん、ミートパスタとアップルティーお願いします。」
「はいはい。今日は何かあった?」
「別に、なーんも。」
男はそう言うと腰に下げてあった二本の剣をイスの横に立てかけ、グローブを脱ぐ。
全身黒ずくめの服装にペンダントと瞳だけ銀色と映えるが、よく見ればその髪も前髪の一部が綺麗な青色である。
その物腰、言動も落ち着き払っており、大抵のことには動じない強い精神面がその顔つきからも伺える。
彼の名はアガート・ハーキュリー。
トレジャーハンターではないものの、遺跡の探索をしていたり魔獣退治をしていたりと、そこらのハンターと何ら変わりない事をしている。
だがその戦闘能力は大陸でも随一と言われるほどであり、自他共に認める凄腕である。
「よぅルシア。やっとお目覚めか」
「・・・いきなし挨拶がてらがそれか?」
ルシア。そう呼ばれた青年がジト目で隣りに座っている男を睨む。
「今朝出かける前にアリサおばさんに会ったんだよ。まだ寝てる。って愚痴ってたぞ?」
「いいんだよ。ちゃーんと家賃も滞り無く払ってんだし」
「日頃の生活習慣の問題だと思うが。」
「そうそう。」
アガートに続きちょうど料理を運んできたセシルも同意する。
「うわっ、2対1かよっ!」
「諦めろ。お前に正義はない」
「今度からはせめてアリサおばさまに愚痴言われない程にすれば?」
ルシアはアガートの皮肉げな笑みとニコニコ顔のセシルを交互に見る。
「・・・善処しまーす・・・」



同時刻、ファーウェルの隣町リッケルトの酒場では・・・

「本当かよそれ。」
「ああ、間違いない。懸賞金6.000.000エルの賞金首だ!」
「おいおい、それって確かあのボウスシェイバーのギルド本部に入った賊のことだろ?平気か?S級ランクだぜ?S級。」
「大丈夫だって!ちゃんと罠だって考えてあるし、それにS級つったって盗んだモノと盗みに入った場所が場所だからだろうが。
 何もあの悪名高い『魔鳥殺し』ダグラスや『荒らし屋』シュミットを相手にするわけでもねぇし」
「そうか・・・そう、だよな・・・!」
「ようし、俺も一口乗ったぜ!!」
「そうこなくっちゃよぉ!じゃあ、手はずはこうだ。まず・・・」



同じく同時刻。ファーウェル近辺の森でも・・・。

既に日の傾いた時刻、森の中。足場の悪い道をエンジン音を立てて一台のバイクが疾走していた。
一般に市販されている物よりもややカスタマイズされたそのダークボディの中型バイクを駆り、黙々と走っているのは全身ジャケットからズボン、グローブまで黒ずくめの銀髪の男だった。
その左右違う色の青と赤の瞳も今はただまっすぐ正面を見据えている。
(・・・今のところ、追いつかれてはいないみたいだな・・・)
男はチラリと後ろを一別し、更に加速する。
(まあいい。いざとなれば『コレ』を使っても構わない・・・)
内心そう呟くと男は腰に下げた一降りの刀をなぞる。
静かな夜の森の中、バイクのエンジ音だけが響いていた。



キィ〜・・・
三度、ペリュトンの戸が軋みつつも開かれる。
「あら、いらっしゃいキャリー。」
ルシアやアガートと談笑していたセシルが顔を上げる。
入ってきたのは三つ編み金髪の制服姿の少女だった。
「よう、勉学少女」
「なんだ、サボリか?」
アガートとルシアが口々に毒づくが、キャリーはそれにも構わずルシアの前までやってくると、おもむろに彼の肩を掴み
「ねぇルシア。ちょっと、頼みがあるんだけど・・・?」
「頼み?金ならねーよ俺」
「分かってるわよ!あなたにお金あったら母さんだってもっと裕福な生活してるわよ!」
「酷いなぁ・・・」
そう、何を隠そうルシアが下宿している家の大家の一人娘こそ、このキャリー・アーミットその人なのだ。
だからかどうか知らないが、そういう事情があるため時折こうやってキャリーはルシアに頼み事を持ちかけてくることがそう少なくない。
「はぁ?またかよ。・・・・で、今度は何だよ。ま〜たこの前みたいな下級魔獣採集だったらアガート連れてけよ」
「何で俺なんだよ」
半眼でアガートが横から突っ込む。
「平気だって♪今度のはもっと楽な課題だから。」
「やっぱ学校の課題なのかよ。自分でやれよな」
「だって・・・、この課外研究を逃すともう足りない単位を挽回するチャンス無いのよ〜・・・助けてよう〜・・・居候でしょ〜?」
「ちゃんと家賃払うてるわっ!!」
「でも居候じゃない」
「せめて下宿人って言ってくれや・・・」
いきなり言い合いを始めるキャリーとルシア。
アガートとセシルはと言えば、慣れた様子でそのやりとりを横目に
「いつもながら、仲むつまじいこったな。」
「そうね〜」
他人から見れば所詮はじゃれ合いにしか見えなかったらしい・・・。





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