〜第二話 「遺跡探索」〜


薄暗い内部。どことなく湿った空気。奥から聞こえる、不気味な風音。
ルシア・アルシオンは今そこにいた。
襟足で細く纏められた長い黒髪も心なしか揺れに覇気がない。
彼はやや半眼の目つきで自分の前を歩く金髪三つ編みの少女の背中に声を掛ける。
「なぁキャリー・・・」
「うーん・・・」
「なぁ、この道、さっきも通った気がすんたけどよ」
「うーん・・・・・」
「おい、聞いてるか?」
「うーん・・・・・・・・」
「・・・・・おーい、キャリー?」
「うーん・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・落第」
「まだ落第してないわよっ!!」
「やっと反応しやがった」
「うー・・・、話しかけないでよ。今必死に地図見てんだから!」
「迷ったしな」
「楽しそうに言うなーー!!」
「楽しいぞ、俺は」
「あーそうでしょうね!私はちゃんと自分の手でこの遺跡のルートを確認してメモしてレポしなきゃいけないのっ!」
「俺が『同調』すりゃ一発じゃねぇか」
「それじゃ意味無いでしょ!」

ファーウェルから街道沿いにしばらくした処にあるミラ遺跡。
だが、その中では現在口喧嘩の真っ直中だったりする…。



「しかしまぁ、魔術学校ってのも面倒臭ぇ事やらすもんだな。ミラ遺跡つったらEランクの遺跡じゃねぇか・・・」
愚痴りながらもキャリーの光魔術で作り出した光球の灯りを頼りに遺跡の中を歩き続ける。
一方のキャリーと言えば地図を見ながらまだウンウン唸っているところだ。
「ブツブツ文句ばっか言ってないでちょっとは手伝ってよ〜」
「いっつもいっつも俺に手伝わせてんのは何処の誰だ!?単位がヤバくなったり宿題間に合いそうに無いときいっつも俺に手伝わせんのは誰だ!?」
「あ、あはは〜」
「笑って誤魔化すか?そういう態度かコラッ!」
やや足を早めるキャリーに対抗しルシアも歩調を早める。
「ああ、やっぱさっきの道を右に行けば・・・・うきゃっ!?」
ズデッと何とも間の抜けた音を立てキャリーが転ぶ。
「おいおい大丈夫か?地図ばっか見ながら歩いてっからだぞ」
「違う〜〜」
「魔導書カバンに入れすぎじやねぇのか?いい加減魔導書無しでも中位魔術ぐらいサクサク使えるようになれよ」
「違うってば〜。何かに躓いたんだけど・・・・」
そう言って自分の足元を見るキャリー。
ルシアもそれに釣られてその方向に目を遣る。
「・・・・・」
「・・・・・」
そろって沈黙。
二人の足下にあったもの、それは、
どう見てもうつぶせに倒れた人間だったからだ。


「やれやれ。結局毎度のパターンか・・・」
酒場『ペリュトン』のカウンター席でアガートはスコッチの入ったグラスを片手に呟いた。
「まあキャリーの頼みだから。ルシア君も立場上断れないんじゃない?」
グラスを拭きながらセシルも苦笑する。
「居候、だもんな」
「居候、だものね」
ここにルシアがいたら間違いなく
「俺は居候じゃねえ!下宿人だっ!!」
と反論するだろうが、あいにく今彼はここには居なかった。
会話が途絶え、暫く沈黙が続く。
アガートは黙って静かにグラスを傾け、
セシルはそのまま洗い物を続けていた。
だが、不意にセシルが口を開いた。
「ねぇ、そう言えば『捜し物』、見つかった?」
「見つかってたらここにはいないさ」
「そう。・・・前から聞きたかったんだけど、貴方の探しているものって・・・」
バァンッ!!
セシルの言葉を遮り、いきおいよく店の扉が開かれた。
「っ!」
アガートも素早く手元に立てかけてあった愛剣に手を掛ける。
だが、入ってきたのは一見何の害もなさそうな小柄な姿だった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・あ、ああ、あの・・・・・・」
頭からすっぽりとマントを被っているため、その素顔は見えないが、懸命に息を整え、何か言おうとしていた。
「あらあら、何を慌てているのかは知らないけど、はいお水」
「あっ。は、はい、どうも・・・」
マントを取り、セシルから水の入ったグラスを受け取る。
声と口調からして年の頃16.7の少女といったところか・・・
(ちょうどキャリーと同じぐらいの年かな・・・)
水を飲んでるマント姿の少女を見つつアガートは黙って推測していた。
「・・・で、何なんだ一体。そんなに慌てて。」
「あっ!そ、そうなんです!大変なんです!」
少女は水を飲み干すや否やそう騒ぎ立てる。だが一方のアガートとセシルは当惑顔のまま、顔を見合わせるだけだった。
「だから何が・・・・」
「追われてるんですっ!」
大声で少女が叫ぶ。
幸い今の時間、この店にはアガート以外の客は居なかったから幸いだ。
「追われてるって何処の誰に・・・・って、おい!」
アガートの言葉を無視しその少女はイソイソとカウンターの中に身を隠していた。
「ったく・・・」
そう愚痴るとアガートはセシルに目を合わせるが、セシルはただニコニコしているだけだった。
それから少しした後、再び店の扉が開かれた。
キィィ・・・・
相変わらず軋む音を立て戸が開く。
だが今度は複数の来客でだった。
しかも全員が簡単なプロテクター姿で帯刀しており、屈強な体格揃いだ。
一番前にいる男が岩石のような体格の上オーガのような顔つきだから端から見ても、いや、どう見ても盗賊団や山賊の類にしか見えない一団だ。
「もし、ここの主人か?」
一歩前に出てきた黒短髪に口髭を生やした巨漢の中年男がアガートに声を掛ける。
アガートも背は高い方だが、この男はそれよりも有に20pは高いだろう。アガートは軽く首を振り、親指で後ろ手にセシルを指さし、
「いや、俺は単なる客だ。ここの店長はあの人だ。」
そう説明するとその中年男は今度はセシルの方に向き直った。
「なるほど。・・・主人。一つ訪ねるが、この辺りにマント姿の少女が来なかっただろうか?」
「マント姿・・・?いいえ、来てませんけど」
「本当か?隠し立てすると自分のためにならんぞ?」
「・・・おい、知らないって言ってんだろ。」
アガートが席を立つ。だがそれと同時に周りにいた男達がアガートを取り囲む。
「・・・何のつもりだ?」
アガートも流石に身を固め周りを警戒しながらリーダー格と思われる中年男に訪ねる。
「儂は重要な事を聞いているのだ。黙っていてもらおうか」
「ハッ!よく言うぜ、こんな賊みてぇな真似してやがるような輩が」
「ちょ、ちょっとアガート君・・・!」
セシルが慌てて止めようとするが、彼を取り囲んでいた男の一人がアガートの胸ぐらを掴んだ。
「貴様っ!我々を一体誰だと思っている!!」
「知るかよ」
そう言うや否や、アガートは自分の胸元を掴んでいた男の手を捻り上げ、背を向けさせると背を蹴り飛ばした。
一瞬の出来事に男は受け身もとれずに店の床に勢いよくぶつかる。
「貴様っ!」
「邪魔立てする気かっ!?」
残りの男達も戦闘態勢に入り、それぞれ剣を抜く。
「・・・悪いが、儂らも子供のお使いではないのでな。邪魔するのなら、怪我の一つは覚悟してもらうぞ?」
そう言うとリーダーらしき中年の男も腰からロングソードを引き抜く。
アガートはニヤリと笑みを浮かべるとカウンターに立てかけてあった二本の剣を手に取る。
「上等だよ。掛かってきな・・・!」
白昼、『ペリュトン』の店内で白刃が唸りを上げた。


「いや〜、死ぬかと思った。いやマジで」
遺跡の中央部付近で焚き火を囲みながら休息中のルシアとキャリー。
そして一人嬉々としてキャリーの持ってきていたチーズサンド(セシル作)を頬張っている茶髪の男。
その短髪の色と同様のややよれ気味のレザージャンパーにポケットの多いズボン。
足下には唯一の持ち物であった長さ2メートルほどの棒状の布に包まれたものが置いてある。
「まったく、あんなところでブッ倒れてたら8割方死んでると思うぞ?」
「ホント、私も死体踏んじゃったーーーーーーー!って思ったもん・・・」
「ホント、悪かったねぇお嬢さん。いやいや、脅かせちゃったみたいで」
「驚きましたよ」
「じゃ、この遺跡出たらお詫びに食事にでも・・・」
「結構です」
「あうっ」
行き倒れになっていたらしいが・・・どうやら元気なようだ。
(こいつ・・・・バカだ。ただのバカだ・・・)
初対面のキャリーを口説いている目の前の男に対し、ルシアは心の中で「単なるナンパ好きのお気楽バカ」と第一印象を確定した。
「・・・で、あんたはここで何してんだよ。こーんなレベルの低い遺跡で」
「ムッ、野郎は黙ってな!」
「マッハで喧嘩売りかいてめぇっ!!」
「まぁまぁルシア、落ち着いて・・・」
「まあ、いいや。俺はロナード。ロナード・エアハルト。フリーのハンターさ。」
「なんだよ、普通ハンターってのはコンビかチーム組むだろ?」
「ルシアだってフリーじゃない」
キャリーが横から突っ込むがルシアは露骨に無視した。
「へぇ、あんたもフリーか。珍しいなぁ」
「お前に言われたくねぇ」
ロナードはどうやらルシアに対し興味を持ったらしい。
「ああ、自己紹介がまだだったな、俺はルシア・アルシオン。んでこっちの三流魔術師がキャリーだ。」
「仕方ないじゃない、まだ学生なんだから!・・・あ、キャリー・アーミットです。
ファーウェルから来ました。」
「で、ロナード。お前は何処からだ?」
「俺か?俺は単なる旅人さ。色んな処の遺跡を巡ってるってわけ。」
「でも・・・このミラ遺跡は他の遺跡に比べてもかなりランクの低いところですよ?」
「チッチッチッ、甘いなキャリーちゃん。ほれっ!」
そう言ってロナードが懐から出したのは一枚の地図だった。
「これはかなりレアな情報なんだけど・・・ここの遺跡。まだ深部があるらしいんだ。しかも、まだ未開と来た!」
「ここに、まだ未開の場所が?・・・なーんか嘘臭せーな・・・」
「何言うか!これでも一応はちゃんとした筋からの情報だぞ!?」
慌ててロナードが地図を叩きながら説明する。
「ふーん・・・・で、どうする?キャリー」
ルシア自身としては、さしたる興味は無いのだが一応、キャリーの意見を聞いてみる。
「うーん、隠れた深部・・・いいかも♪レポートとして提出したら単位どころか推薦もらえるかもしれないっ!」
「あーそう。要するにやる気な訳ね・・・」
ルシアは半ば諦めたような顔でロナードに向けひょいと肩をすくめる。
「よしっ♪成立だな。んじゃ早速いこうか」
そう言うとロナードはさっさと荷物を片づけ焚き火の火を踏み消す。
「やれやれ・・・ちょっとしたレポート課題じゃなかったのかよ・・・」
今更どう愚痴ろうと、後の祭りなルシア君だった・・・。



ピョンピョンと跳ねながら森の中を走る薄緑色のモコモコの体毛のウサギもどきに乗りながら追跡を続けていたクルスは不意に周りの気配や空気の変化に気づいた。
(結界に入った・・・?これは・・・・魔法封じの結界!?)
ウサギもどき、無害魔獣カーバンクルの背から降りるとクルスは戦斧を握り自らの足で先へ進む。
魔法封じの結界は魔術としては高位に属するがショップで買えばかなりの高値だが誰にでも買えるし、多少魔術の知識のある者なら誰にでも使用できる。
(この中じゃ私の地精霊魔術も使えない・・・でも、逆にここなら相手も移送方陣は使用できないはず・・・!)
ここで決着をつける覚悟を決め、足を早める。
しばらく走ると、一台の黒いバイクの横に一人の男が立っていた。
(いた・・・!)
男は相変わらずの黒服ずくめの服で夜の森を吹き抜ける風が彼の漆黒のジャケットを揺らしている。
ここからではその表情は伺えないが、何やら探っているようにも見える。
彼が何故そこで立ち止まっていたかは分からないが、クルスもこの機を逃しはしなかった。
(このチャンスを見逃したら、また追いつけなくなる・・・!)
慎重に、音を立てないよう注意しながら、ゆっくりと間合いを詰める。
一歩、又一歩と、慎重に距離を縮める。
戦斧を握る手にも力が入る。
そして、ついに彼女は飛び出した。
地を蹴り、低い体勢のまま戦斧を薙ぎ払う。
「っ!」
男もクルスに気づき飛び退く。
際どいところで戦斧は男の髪を掠める程度で空振りした。
だが、クルスが着地したと同時に、どこからか声が響く。
「撃てっ!!」
一瞬クルスは分からなかった。
だが、次の瞬間ようやくそのことに理解できた。
薄暗い森の中、どこからか弓矢が放たれてきたのだ。
「なっ!」
慌てて戦斧を振り回し矢を払うものの、不意を付かれたせいかそのうちの一本が右脇腹に突き刺さる。
「ぐぅ・・・・っ!」
深々と突き刺さった矢に顔を歪めるがそれでも懸命に降り続ける矢をうち払う。
激痛の走る脇腹を押さえつつも必死に矢を払い、物陰に身を隠す。
それから少し時間をおき、ようやく矢も止まった。
だがクルスの傷はかなり深いらしく、出血も多く既に意識も朦朧としている状態だった。
(くっ・・・、こ、こんなところで・・・任務も途中、なの・・・に・・・・・)
そこにガサガサと木々の中から数人の男達が姿を見せた。
手にはそれぞれボーガンが握られており、一番後ろの男の手には光り輝く呪札がある。
「チッ!邪魔が入んなきゃ今頃S級を仕留めてたってのによ・・・!」
「でもよ・・・この女ギルドの捜査官だぜ?・・・ヤバいんじゃねぇか?」
男の一人がクルスの上着のバッジを見て言う。
「黙ってりゃいいんだよ。どーせもうすぐ死ぬだろうしよ。」
「死人に口無し。ってか?」
ハンターらしき男達はそこでようやく、自分たちを見ている男の姿に気づいた。
「おっと、逃げなかったのか?S級のお尋ね者さんがよう。」
男の視線の先には、半身でそちらを睨んでいる黒ずくめの男が立っていた。
その顔は相変わらず無表情であったが、僅かながら侮蔑と嫌悪の色が見えていた。
「・・・・下郎が・・・」
男はそう吐き捨てると、静かに腰に下げられた剣に手を掛ける。
「おいおい、この結界の中じゃどんな魔術も使えねぇんだぜ?
それとも何かい?剣一本でボーガン持った5人ものハンターとやろうってのか?」
リーダー格らしきハンターの言葉に残りの4人も笑う。
だが、男は笑わなかった。
男の左親指が鍔にかかったかと思った次の瞬間、目にも止まらぬ早さで抜刀される。
「はぁぁっ!!」
ブォォォオンッ・・・・!
凄まじいスピードで抜かれた片刃の長刀は一瞬振り上げられたまま止まる。それと同時に淡い光がその黒ずんだ刀身を包み込む。
振り上げられた剣はそのまま淡い光を帯びたまま空間を切り裂いた。
そして、次の瞬間、周りの大気が揺れ、足下に淡く輝く魔法陣が浮かび上がったかと思うと、バッサリと裂け、消失した。
「なっ・・・!高位魔術の魔術封じ結界の札を・・・斬っただとぉ!?」
慌てるハンターを尻目に、黒服の男は静かに剣を構える。
その剣はうっすらと黒ずんだ通常より太めな直線の長刀で、丸みのV字型の中心に赤い宝玉の入った鍔飾りと言ったものであった。
そして何より、その刀身は今ぼんやりとした光を帯びている。
「そ、その光・・・てめぇ、魔力剣じゃねぇ・・・!ま、『魔剣』かぁ!?」
ハンター達が慌ててボーガンを構える。だが男が無造作に左手を振るうと漆黒の炎が生まれ、まるで生物のようにハンター達のボーガンや体に巻き付き、炎上する。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「や、やめ・・・・!熱っ、消して・・・・・っ!!!」
「ギャァァァァァァァァアアアアアアアアアァァァァア〜〜!!!」
黒炎はあっという間に男達を包み込んだ。黒服の男はその青と赤の瞳に炎を映し、魔剣を片手にゆっくりとした足取りで一人残ったリーダー格の男に歩み寄る。
断末魔の声を上げ火だるまでもだえ苦しむ仲間達の姿に恐怖しながらリーダー格の男は後ずさりながらもボーガンを向け、
「く、来るな!!な、何なんだよてめぇ・・・詠唱も無しで炎なんて・・・!」
男はそれには答えず、刀を向ける。
「く、来るなぁ!!」
男は恐怖のあまり慌てて矢を放つ。それも大量に。
だがそれでも男は無表情で刀を握りなおし、次々と猛スピードで飛んでくる矢を切り払う。
「なっ・・・・!」
矢の尽きたハンターは今度こそ背を向け一目散に逃げる。
「馬鹿が・・・、逃がすかよ・・・」
男が腰を落とし、後ろ足を曲げ身を捻る。
「『魔龍技・剣牙闘術』・・・・」
前足を一歩文だし、背の後ろ手から勢いよく刀を薙ぎ払う!
「“剣牙風冥刃”!!」
魔力を帯びた突風と鎌鼬の入り交じった疾風がハンターの男の体を飲み込む。
ハンターは為す術もなくその風に全身を切り裂かれ、風に打ち倒され、血をまき散らしながら地面に落ちる。
男が放った技の軌道上にあった木々も完全に折れ、地面も抉れているような有様だった。
「・・・・。」
そして少し離れたところで倒れているクルスの元に歩み寄る。
「・・・・あ、あなたは・・・・・一体・・・・」
何とか意識を保ちながら、クルスは男を見上げる。
相変わらずの無表情。
詠唱も無しに黒い炎を生み出し、高位魔術をも容易く切り裂く魔剣を振るい、ギルドの長老ですら用に解けない『宝玉』を解き・・・
「・・・寝てろ」
男は冷たくそう言い放つと、魔剣を振り上げクルスの首筋に振り下ろした・・・。




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