〜第三話 「未開域の魔物」〜


キィィンッ!
けたたましい金属音と共にへし折れたブロードソードが床に突き刺さる。
武器を失った男は一瞬慌て、その結果次の瞬間剣峰で殴り飛ばされた。
「さて、残るはあんただけだぜ?」
両手にそれぞれ携えた鍔のない片刃剣の片方を唯一立っていた大柄な中年男に突きつけ、黒髪銀眼の青年がニヤリと笑みを見せる。
「くっ・・・・!」
髭面の中年の大男は足下で呻いている部下達を横目に目の前にいる男に対し焦りを覚えていた。
幸い部下達は全員ダメージもそれほど深くはない様子だったが、誰一人として戦えるような状態ではなかった。
その証拠に床に転がっている男達は呻き声こそ上げても立ち上がれる者はいなかったのだから。
「き、貴様・・・何者だ!?この人数の儂の部下達を・・・」
後ずさり間合いをとりながらも大男の顔には明らかに驚愕の色が浮かんでいた。
だが大男とは対照的に黒髪銀眼の青年はまるで呆れているかのように冷ややかな表情のままで
「お前らが弱いだけだろ?俺の問題じゃない。」
突き放すように言い放ち、銀眼の剣士、アガートは一歩踏み出した。
「ぐぅっ・・・・」
「このまま立ち去れ。俺としてもこれ以上この店の中で騒ぎたくねぇしな」



「・・・・・行き止まりね・・・」
「行き止まりだな・・・」
何処か憔悴しきった顔で金髪三つ編みの少女と黒髪尻尾頭の青年は同時に同方向に向き直る。
「な、なんだよ。俺のせいってか?」
「「お前(あんた)のせいだろっ!!」」
「うう・・・ユニゾン突っ込みかよ・・・」
短く刈られた茶髪に同様の茶色のよれたレザージャンパーを羽織った青年は二人の口撃に持っていた地図でとっさに顔を隠しす。
「お前が『この地図に間違いない、俺の後に付いてこい!』なんて豪語してたからノコノコ付いて来ちまったけどよ・・・さっきから行き止まりだらけじゃねぇか!!」
「うぐぅ・・・いい加減疲れた・・・」
金髪三つ編みの少女、キャリーが手近な壁に寄りかかるように腰を下ろす。足下は幸い石畳造りになっていたため泥で汚れる心配も無かった。
「あ〜全く。楽しいねぇ、自信満々のナビゲーターはへっぽこだわ元来た道も今じゃ全然分かんねぇわどっかの三流魔術師見習いは使えねぇわ・・・。大ピンチってやつ? あはははははははは」
「む〜、さり気なく私のことまで言わなかった?」
「はっはっはっ。楽しんでもらえて嬉しいよ♪」
「皮肉だボケ」
背中まで届く黒髪を襟足で尻尾風に縛った青眼の青年はにこやかに開き直った茶髪の優男に鋭く言い放った。
「大体なぁ、その地図自体ガセだったんじゃないのか?ロナード」
「なっ!失敬な、この地図いくらしたと思ってんだよ!12.000エルだぞ!?」
「値段は関係ねぇだろ、どーせ適当な偽物掴まされたってとこだろ」
「ぐぅ・・・・」
その一言に彼。ロナード・エアハルトは言葉を失った。
「でも・・・本当にこれからどうするの?」
そう言いながらキャリーは壁に体重を預けるように寄りかかり・・・・・

ガコッ!

「ほえ?」
突然寄りかかる場所が無くなり、必然的にキャリーの体は後ろへと転がっていく。
「うっきゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜!!!?」
ルシアとロナードも慌ててキャリーに駆け寄るが既に彼女の身は遙か下へと落下した後だった。
「お〜ドップラー効果」
「って、言ってる場合か!?」
ロナードは陥没した壁の穴に頭を突っ込むと中を覗き込む。
どうやら穴はそのまま下へと続いているらしい。
「うーん・・・・こりゃ隠し通路だな、うん」
「なるほど。この遺跡に未発掘地域があるってのもあながちデタラメでもなかったってことか」
「あ、てめっ。信じてなかったなぁ〜!?」
「当たり前だっ!!」
「ま、まぁ・・・とりあえず。キャリーちゃんを助けにいこう、な?ルシア」
「・・・・それもそうか。」



大男達は二、三捨て台詞を吐きながらペリュトンを去っていった。
そうして店内に残ったのはアガートとセシル。そしてカウンターの影からモソモソと這い出てきたフードマント姿の少女だった。
少女は男達が出ていったことをセシルから聞かされると笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました。こんな私のような見ず知らずの相手にこんなに親切にしていただいて・・・」
そう言ってセシルやアガートに対し何度も頭を下げる。と、マントの隙間から艶やかな金髪が綻び垂れる。
ひょいと顔を上げれば今度は神秘的な薄紫色の瞳がその金髪の隙間から覗き見えた。
「まぁ、あの大男達はどう見ても善人にゃあ見えなかったしな」
アガートの言葉にフード姿の少女もセシルも苦笑いを浮かべる。
「すいませんでした。お店の方にもご迷惑を・・・」
「ああ、気にしないで。幸い他にお客もいなかったし、ね?」
申し訳なさそうに深々と頭を下げる少女にセシルも慌てて慰める。
「しかし何でまたあんな連中に追われてたんだ?」
カウンター席に座り直しアガートが少女に尋ねる。
セシルも同じ事を考えていたらしくウンウンと軽く頷く。
「うっ・・・・そ、それは・・・・」
「・・・まぁ、無理に聞き出すつもりはないけどな」
少女は困惑顔で懸命に言葉を探そうとするが、上手く口に出せない。
「言いたくない事情があるならいいのよ?」
しどろもどろになる少女にアガートとセシルは顔を見合わせ、再び苦笑した。


「なるほどな、螺旋状に滑り降りられるようになってたのか」
キャリーを追って隠されていた通路から降りてきて開口一番にルシアが呟いた。
「かなり広い空間になってるぜ、ここ。うっひゃ〜・・・こりゃ良いネタ掴んだってもんだぜ!」
ルシアが比較的冷静に分析している横で対照的にロナードは年甲斐もなくはしゃぎたてている。
「さて、それであの三流魔術師見習い崩れは何処だ?」
「なんかどんどん総称がランクダウンしてねぇ?」
「気のせいだろ」
「・・・そうかぁ?」
遺跡の下に隠されてあったその場所はかなり広く奥行きも天井も上界の遺跡内部とはまるで比べ物にならなかった。
足下は同じ石畳だったがここは壁までも石膏造りになっている。
そしてその少し離れたところで小さな神殿のような造りの祠(ほこら)が鎮座しており、そこで小柄な金髪の少女がこちらに向かって手を振っている姿がチョコンとあった。
「おっ。いたいた。一応生きてやがったな」
「お前、いじめっ子タイプだろ・・・」
「失礼な。単なるコミュニケーションの一種だろ」
「んなコミュニケーションいらねぇ」
「二人とも。何ブツブツ言ってるの?」
祠に到着するとルシア達の顔を見てキャリーが怪訝そうに訪ねた。
「いや、ちょっとルシアと他者との接触法の相違について熱く語って・・・」
「語ってねぇ。なんでもねぇから気にすんな」
「うぅ〜・・・私仲間はずれ?」
「ま、無事で何よりだキャリー」
「そんな取って付けたような言い方で言ってくれない方がもっと嬉しいんだけど・・・」
釈然としない顔のキャリーを後目にルシアは祠をざっと見回し、中央にある大きな長方形の突起物に手を当てる。
「ま、とにかくちゃっちゃとここ調べて帰ろうや。あんまし未開領域に長居すんのもなんだしな。」
「うん。じゃあルシアはこの祠に同調して調べて。私たちは周りを調べるから。」
そう言うとキャリーはロナードを連れ、祠の柱や床を叩いたりさすったりしてみる。
この祠だけが何故か石造りではなく、ちゃんとした建築素材で出来ていた。
淡いブルーの外装と中央の突起物。だがそれ以外は特に着目するような点は見あたらなかった。
一方ルシアは右手を突起物の上にそっと置くと目を閉じ、静かにその意識を集中させてゆく。
「『アクセス』!」
ルシアの『力ある言葉』に呼応するように、突起物が淡く輝きだし、それと同時に祠全体に光の筋があちこちに走る。
「・・・なぁキャリーちゃん。あいつは何してんだ?」
怪訝顔で少し離れたところからルシアの様子を見ていたロナードが隣にいたキャリーに訪ねる。
「ああ、そう言えばロナードさんは知らないんだよね。あのね、ルシアには古今東西構わず遺跡や遺産に『同調』できる力があるの。」
「『同調』?」
「うん。シンクロって言った方が適切なのかな。とは言ってもせいぜい簡単なトラップやプロテクトの解除とかその遺跡の情報の詮索ぐらいだけどね」
「それでも十分すげぇよ!なんだってあいつそんな事できるんだ!?」
驚くロナードに対しキャリーはどこか難しい顔で
「うーん・・・魔術や精霊魔術とは違うみたい。元々ルシア自身、謎が多いんだけどね・・・」
「謎?」
「うん、ルシアはね、数年前に行き倒れ同然でファーウェルに来たの。
 しかもその前の記憶はほとんど無くて・・・。自分の名前とハンターとしての知識だけは何故か覚えてたんだけど。」
「記憶喪失・・・?あいつが?」
ロナードがどこか神妙な顔つきでルシアに向き直る。
ちょうどそこでルシアも同調が終わり、キャリー達の元に寄ってきた。
「元々はここがミラ遺跡の中枢だったみたいだな。」
「やっぱり・・・。ここだけやけに高度な造りだもんね」
そう言って今度はキャリーが中央の突起物に歩み寄る。
「でも・・・これ、一体何なんだろうね」
突起物をつついたり小突いたりするキャリー。
その時その少し後ろの柱の裏から小さな物音が聞こえた。

トン、トン・・・・


「・・・?」
何かとキャリーはそっち側に体を乗り出した。

だが・・・

「シャーーーーーーーーーッ!!」
「キャリー!!」
ルシアが慌ててキャリーの上に覆い被さるように飛びかかり彼女を床に倒す。
だがそのすぐ後に柱の影から大きな黒い影が飛び出してきた。
「きゃっ!な、なになに!?」
「魔獣か!?」
ロナードは持っていた布にくるまれた棒を構え、祠の周りを飛び交う黒い影をにらみつける。
「危ういとこだったぜ・・・闇コウモリとはな」
闇コウモリ。主に洞窟など暗い場所に生息する下等魔獣の一種。
黒い翼と体毛。そして鋭利な牙と爪を持ちその全長は小さい物でも1.5メートルはある。
「チッ!面倒臭ぇなぁ!!」
ルシアも腰からロングソードを引き抜くと祠から飛び出し闇コウモリに斬りかかる。
「シャーーーーッ!」
上空からかなりのスピードで爪を立ててくる闇コウモリに対しルシアは一度目の攻撃を剣の柄で受ける。
だが闇コウモリはそのまま旋回し、再びルシア目がけて突っ込んでくる。
今度は横から薙ぎ払うように爪を突き出す闇コウモリにルシアは身をよじり斜め後方に倒れ込むように攻撃を避けると同時に右手に握った剣で闇コウモリの左の翼を突き刺した。
「ギャッ!?」
バランスを崩し下降する闇コウモリに素早く体制を立て直しヨロヨロと着地した闇コウモリの背後から袈裟懸けにロングソードを斜めに振り下ろす。
「ギャァァァァァアアアアァァァァァアアアアアアアーーーーー!!!!」
紫色の血を撒き散らし絶命する闇コウモリ。
「うっし。一丁上がり。」
剣を振り返り血を払って腰の鞘に納めるルシア。
「へぇ〜、すげぇじゃんか。闇コウモリをこんなあっさりと」
「そりゃルシアは戦闘力だけが取り柄みたいなものだかにゃぎゃっ!」
「『だけ』は余計だ『だけ』は!」
「い、いふぁいいふぁい!」
背後から両頬を引っ張られるキャリー。
「おー、間抜け面」
「ろ、ロナードさんまでルシアの同類ですかっ!?」
ヒリヒリと赤くなったほっぺたをさすりながら涙目でキャリーが訴える。
「それはそうと・・・これ、壊れちまったな」
ルシアはさっきまでキャリーが小突いていた突起物を屈んでつつく。
さっきの一騒動で突起物は真横に倒れ上の部分がボロボロと崩れている。
「あ〜あ。なんか、罰当たりそうな感じだよな」
「じゃあ私罰当たるのかな・・・」
何故か合掌するロナードの横で不安顔になるキャリー
ルシアはと言うとそこで始めて突起物の側面に何かの紋章が書かれていたことに気づいた。
「おい、三流魔術見習い崩れまがい。」
「普通に呼んでよ!しかも」
「しかもまた増えてるし」
キャリーの抗議とロナードの半眼突っ込みを、とりあえずルシアは無視した。
「これ見てみろよ。・・・何かの魔術文字じゃないのか?」
そう言われてキャリーも始めてそれに気づいたらしく慌てて駆け寄る。
「・・・・これって・・・、封紋だよ!」
「封紋?」
「何かを封印する時に魔術師が使うものなんだけど・・・これ、かなり強力な封紋だよ。一体何があったんだろ・・・」


ドウッ!!!!


突然轟音が鳴り響きキャリーの言葉を遮る。
「え・・・・?」
いきなりの事で何事かと背後を振り返るキャリー。だがすぐに開きかけたその口も言葉を発する前に飲み込んでしまう。
何かあった。というレベルではない。
壁から途方もなく巨大な「手」が出てきたのだ。
「な、なんだぁ!?」
「こいつは・・・・・・!」
その「手」は虚空を掴むかのようにもがき、その壁からゆっくりと這い出て来た。
手に続き足、頭、そして胴体とまるで水面から出るかのようにその姿を現す。
「こいつは・・・・『岩石兵』(ロックゴーレム)・・・・!」
自分の4倍はゆうにあるその巨体を前にルシアが叫ぶ。
「なーるほど、こいつが封印されてたって訳だ」
「ロナードさん、は、早く逃げないと・・・・」
半眼でため息混じりに呟くロナードの背後でキャリーが慌てふためいて訳も分からず手をばたつかせている。
「逃げるつってもなぁ・・・俺達が降りてきた入り口はこいつの後ろにあるんだぜ?」
「そーゆーこと。つまり・・・」
「ろ、ロックゴーレムを倒さなきゃダメってことですかぁ〜!!!?」
ミラ遺跡未開発最深部で、キャリーの悲痛な叫びが響いた。



朝霧の漂う早朝。
日が射し込み木々が緑色に輝くその森の中にポツンとできた泉のふもとで周りの燦々とした光の中でくっきりと栄える黒ずくめの銀髪の男が立っていた。
「・・・確かに受け取ったぞ」
その数メートル離れたところの木の上で、血の色のような朱色のスカーフで目以外を覆い隠した蒼目の男が手に持った40pほどの袋を確認する。
一陣の風が銀髪の男の前髪を、ジャンパーの裾を撫でる。
「これで後は俺の好きにさせてもらうぜ・・・宝玉も手に入ったことだしな」
「好きにするがいいさ。俺はお前の事など興味無い」
そう言い残し、スカーフの男が音もなくその姿をくらます。
一人残った男の髪が風に揺れ、その赤と青の瞳がその空間を睨む。
「好きにするさ、俺は俺の思うがままに、な・・・・」





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