〜第五話 「使命と正義の狭間で」〜


頭が痛い。いや、正確には首の後ろだろうか。 (そうだ。確か私は『宝玉』の奪還の任務の途中で矢に撃たれて、それから剣で首を・・・)
そこで、ようやく彼女は自分がまだ生きていることに気づいた。
「ん・・・・・」
「お、やっと目ぇ覚めたか」
ふと目を開けると視界に真っ先に入ってきたのは見慣れない天井だった。
質素だがしっかりとした造りの建物の中、クルス・ブラーエはベッドの上で寝かされていた。
いつの間にか矢に刺された腹部の傷にはシーツと同じ純白の包帯が巻かれており、それらからしてどうやら気を失っている間にここに運ばれて来たらしい。
もっとも、誰が自分を運んできたのか、が問題だが・・・
「・・・・ここは?」
少し頭痛がする頭を押さえながら身を起こす。多少、艶やかな栗色の髪が乱れている気がするが、この際どうでもいい。
クルスの寝ていたベッドの側で椅子に腰掛けていた男にも、そこでようやく注意が行く。
「おっと、まだ安静にしてな。致命傷でもねぇけど、かと言って放っておいていい程浅い傷じゃねぇんだ」
老人のような見事なまでの白髪、白衣姿。唯一黒いのはその瞳ぐらいだろうか。
「・・・・医者・・・ですか?」
ボーイッシュなショートヘアを手で撫でつけながらクルスはその男に尋ねる。
「ああ。ファーウェルで医者をしてる、ジェックって者だ。知ってるか?ファーウェル。良いところだぞ〜?特に酒場が」
「ここは・・・ファーウェルなのですか?」
確かに、あの時自分はファーウェル付近まで追跡していた筈だ。
「いんや、ここはアーツってとこだ。ファーウェルはここから西側にちょいと行ったところ。
俺はただ昨日からここに用事で立ち寄ってるだけさ」
「アーツ!?」
その言葉に慌てて起きあがるクルス。
「そんなところまで・・・そうだ。あの男は!」
「そ。んで、ここはアーツ市の宿屋の一室・・・って、おいおい何する気だ?」
急いで近くにかけてあったジャケットに腕を通し、同じく立てかけてあった愛用の戦斧を掴み部屋を出ていこうとするクルス。
腹部に痛みが走るが、構っていられない。
(ここで逃がす訳にはいかない・・・何としても『宝玉』だけは・・・・・!)
「手当ありがとうございました。治療費はギルドに請求していただけないでしょうか」
「あ、ああ・・・でも嬢ちゃん。安静にしてねぇと・・・」
「職務がありますので、失礼します!」
大きな音を立てて扉を開けて出ていく。
一人残されたジェックはやれやれと肩を竦めると懐から煙草とライターを取り出す。
「おや?あのお嬢さんはもういいのかい?」
入れ違いで宿屋の店主が顔を出す。
「ああ。まったく、今時珍しく生真面目なお嬢ちゃんだよ。」
そう言って煙草に火を付け、一息吸い込む。
「・・・ま、あの怪我ならもう2.3日安静にしてりゃあ平気だろうよ」
「先生、医者ならもっと大事に・・・」
店主が苦笑混じりにそう漏らした。

宿のカウンターで聞いたところ、あの男は自分をここに運んできてからこの街にまだいるらしかった。
カウンターの主人はクルスの体を心配して一度は止めたが、クルスはその制止も振り切り飛び出して来てしまった。
冷静に考えれば、ここで何故自分が助けられたのか疑問に思うところなのだが、この時クルスは焦りから冷静さを欠いていた。
(ここで見失うわけには・・・ギルドの重要物品である『宝玉』だけは何としてでも・・・・)
ギルド設立以来の大事件。先人の大いなる知識の結晶、『宝玉』の強奪。
今、クルスを突き動かしているのはその生来の生真面目さから来る使命感だけだった。


−私が、ギルドに?−


都市から遠く離れたアンセムの村にギルドからのスカウトマンが来たのは4年前のことだった。
それまでクルスはその小さな辺境の村で作物の収穫や放牧などの毎日を送っていた。



−君には精霊の血が流れている。その力を、ギルドで振るう気は無いか?−

スカウトマンはそう言った。
元々クルスの家系は遠い祖先に地精霊がおり、ちょうどクルスの代で先祖帰りが来たと言うことらしい。
彼女は大いに迷った。
ここでギルドの誘いを受ければ莫大な金が入る。だが父親を早くに亡くし女手一つで自分を育ててきてくれた母を一人置き去りにして行くのも・・・・・。
だが、クルスが悩んでいる時、彼女の母親はこう言った。

−行きなさいクルス。あなたにはあなたにしかできない事があるんだから。−

−で、でもお母さん。それじゃあお母さんはどうするの!?−

−わたしはいいのよ。もうあなたも自分の道を歩む歳でしょ?いつまでも、子供と親は一緒には居られないものなのよ。−

−お母さん・・・・−


翌日、クルスはギルドに入団した。地の精霊士として、それから彼女はその力を存分に振るい、幾つもの任務を遂行してきた。
ギルドを正義と信じ、そして何より母親のために、彼女はただひたすらに働いてきた。
疑問なんて、持たなかった。


       信じて、いたから・・・・。



(いた・・・・・!!)
街から少し離れたところにある森の奥にある泉の麓に、黒服に銀髪の青年が立っているのが見えた。
泉の近くには、ダークボディにクリムゾンカラーのラインの入った魔動バイクが止めてある。
間違いなく、例の「宝玉」を奪った男であった。
クルスは一端足を止め、ゆっくりと青年に歩み寄る。その手には、その端正な容姿とは不釣り合いな巨大な戦斧を携えて。
青年もクルスの気配に気づいたらしく、青と赤の瞳を彼女に向けた。
「・・・・っ!」
一瞬振り向いた青年に警戒するが、彼は別段何をするでもなく、漆黒のズボンのポケットに手を入れたままクルスを眺めているだけだった。
「『宝玉』強奪、およびギルドへの不法侵入。大人しく投降していただきます。」
クルスは戦斧の切っ先を青年に向け、油断無く間合いを詰める。
対する男の方はと言えば、相変わらずただぼんやりとクルスを眺めているだけである。
余裕。と言うよりはむしろ、今の状況に興味が無いような、そんな感じだ。
(・・・踏み込めない)
男に隙が無いと言う訳ではない。むしろ隙だらけと言えるだろう。
だが、彼から感じる静かな闘気、物腰から感じる実力の長。
青年の姿形が、その力の大きさを物語っていると言っても、過言ではない。
無論、それを感じ取れるクルス自身も並大抵の力の持ち主ではないが・・・
(レベルが、違う・・・)
クルスが戦斧を構えたまま立ちつくしていると、青年の方がゆっくりと口を開いた。
「・・・傷の方はもういいのか?」
まるで世間話をするような、極々何気ない口調。
一瞬クルスも何を言われたか理解できないでいた。
「・・・・。」
クルスが黙っていると青年の方もただ黙っているだけで居た。
相変わらずの無表情で、不意に視線をクルスから外し空を見上げる。
その言動は何処までもクールで、一見すると冷静を通り越して冷徹とも見えた。
「・・・貴方に聞きたいことがあります。」
クルスが事務的な口調で訪ねても、彼は反応しなかった。
「何故・・・私を助けたんですか?貴方にとっては、あそこで私を見捨てていたほうが得策だったはずです。」
「・・・死にたかったのか?あんた」
再び口を開く。横目で、クルスから見て左向きに横に向いていたためその視線は真紅だった。
「俺は・・・別に、あんたがあそこで死ぬことは無いって思っただけだ。」
妙な理屈・・・。そうクルスは思った。
ギルド本部から重要物品を盗み出した犯罪者、今ではSクラスの賞金首の言葉とは、思えないほど、それは奇妙で、しかしとても人道的なものだった。
「・・・『宝玉』をどうするつもりですか?あれは非常に堅いプロテクトが施してあるのでその中の『知識』を解析するのはギルドの幹部クラスでも難しいと言うのに・・・」
「・・・・。」
「答えなさい。何が目的なのですか!?」
クルスが戦斧を突きつける。無論、それで彼が驚いたり恐怖したりするとは思わなかったが。
「・・・知りたいことがある。・・・それだけだ」
「知りたいこと?『宝玉』の中にある知識は古代文明の歴史や技法ぐらいなのに。古代の魔術技法といえども、一流の魔術師でも使えないような内容では、売ることもできないんですよ?」
そこまで言って、クルスは以前彼が古代魔術の技法の一つである「空間転移」を使っていた事を思い出した。
距離に限度があるのだろう、転移距離こそ数メートル程度ではあったが、ハッキリと、使った。
ギルドの超一流と言われる魔術師ですら、解読も発動もできない、古代魔術を・・・。
「貴方・・・何者なんですか・・・」
全く未知の存在。詠唱も無しに黒き炎を放ち、古代魔術を操り、魔剣を振るう、この男・・・。
「・・・仕事熱心だな。」
だが、彼はクルスの最後の質問には答えず、軽く、ほんの少しではあるが、口元を緩め笑みを浮かべた。
「・・・・っ。」
クルスはそれを見て、戦斧を降ろす。
「・・・質問に、答えなさい。」
一瞬ではあったが、賞金首にしては優しすぎる笑みに、それまでささくれ立っていたクルスもその戦意を下げた。
「・・・。」
彼はやはり質問には答えず、彼女に背を向け街の方へと歩き出す。
「ま、待ちなさい!!」
慌ててクルスは彼の背に声を掛けた。
青年は足を止め、クルスに振り返る。
「貴方の名前・・・聞かせて貰えませんか・・・?」
あくまでも事務的な口調ではあったが、クルス自身には、何故か不思議と彼に対する敵意は無かった。
「・・・ヴァイツ。ヴァイツ・クロフォード。」
彼、ヴァイツはそう言うと再び背を向け、立ち去っていった。
残されたクルスは、何故かもう追おうという気力は失せていた。
「ヴァイツ・クロフォード・・・。」
一人、泉の辺に佇むクルスは、その名を噛み締めるように呟いた。

(なんて・・・、なんて悲しそうな顔をする人なんだろう・・・)



ギルド上層部幹部ダレス・ハーフシェルがその報告を受けたのはちょうど彼が担当しているギルド内で扱っている魔道具や魔力武器の検品を指示していた時だった。
「何だ。」
検品のクリップボードからペンを置き、機械的な口調で答える。
切れ長の青眼。と言っても左目はその片側だけ伸ばされた黒髪に隠れているが。そして更にその下には薄暗いダークカラーのサングラスを着用している。
「仕事中申し訳ありません、『宝玉』強奪犯の追跡任務中のクルス様から緊急連絡です。」
「・・・分かった。ご苦労だったな。」
情報部の下士術士の報告を聞き、ダレスは数秒間をおき、そう答える。
「物品の検品、調査はこのまま続行。後で私のデスクに報告書を置いておけ。」
「はっ。」
部下にそれまで行っていた仕事の指示を残しダレスはその部屋を出ていった。



「クルスか?」
情報部通信室の通信機のマイクに声を掛ける。すると少し時間をおき、聞き知った部下の声が返ってくる。
『ダレス室長!良かった・・・ようやく繋がった。』
「クルス。現状を報告しろ。」
『はい。現在地はファーウェル付近の市街地アーツ。強奪犯と接触しました。ですが・・・』
「だが、どうした?」
『いえ・・・その、少々負傷してしまいまして。それに、強奪犯、名はヴァイツ・クロフォードと名乗っていましたが。彼を相手にするのは私だけでは・・・・何とも。
私としても全力を尽くすつもりですが、任務遂行の為としては、やはり援軍を頼みたいのですが・・・。』
クルスの事務的な報告は続いていたが、ダレスはクルスの言ったある一言に引っかかりを覚えた。
「・・・クルス。」
『はっ。』
「ヴァイツ・クロフォード。・・・確かにそう名乗ったのだな?その男は」
『はい、間違いありません。・・・あの、何かご存じなのですか?』
「いや、何でもない。・・・負傷の方はいいのか?」
『あ、はい。・・・それほど深刻なものではありませんし・・・。』
流石に『追跡していた男に助けられた』とは言えず、クルスは言葉を濁した。幸いダレスもクルスのその引っかかりのある口調にさしたる疑問は持たなかったようだ。
「・・・分かった。数人こちらからそっちへ術士を送る。お前はそのままそこで待機し現状を維持しろ。その男を見逃すな。絶対にだ。」
『了解しました。』
クルスからの通信はそのまま切れた。
通信機を置き、ダレスは通信室を後にした。
「・・・ヴァイツ・・・・。まさか、あの男が・・・?」



「待ちなさい!」
今日2度目の台詞を再び同じ相手に叫ぶ。
ヴァイツは相変わらずの表情で振り返ってきた。
てっきりもう姿をくらましたと思っていたのだが・・・彼はただブラブラと急ぐ訳でもなく歩いていただけだった。
(もしかして・・自分が追われてる自覚が無いのかしら・・・)
ふと、そんなことを考えてしまう。
クルスは戦斧を手にツカツカとヴァイツに歩み寄る。
「何処に行く気ですか?」
事務的な口調。表情も完全に真剣そのものだった。
「・・・。」
対照的にヴァイツは口を開こうともせず、ただ黙っている。
ひょっとしたら、ただ口べたなだけなのかもしれないが。
「あなたをこのまま見逃す訳にはいきません。ギルドからまもなく増援が来ます。抵抗は、無意味です。」
「・・・どうかな。」
そこで初めて、ヴァイツはそっと目を細め、腰に下げてあったやや長めの刀の鍔に左手の指を掛けた。緩やかなV曲型の鍔飾りの、魔剣に。
それと同時に不意に彼の気配がシャープになり、研ぎ澄まされて行く・・・。
「・・・っ、くぅ・・・・。」
一瞬で雰囲気が切り替わったヴァイツにクルスも反射的に身構える。
だが、かと言って下手に飛びかかろうものなら、おそらく自分は次の瞬間、あの魔剣の露になっているだろう・・・。
「・・・相手との力量を見抜けるだけの利口さはあるようだな・・・。」
ヴァイツが、刀から手を離す。
だが、その醸し出される雰囲気は相変わらず鋭利で近寄りがたい。
多分、こっちが本来の姿なのだろうか・・・。
「・・・たとえ、あなたを捕らえる事が困難だとしても、任務は任務。遂行させて貰います。」
クルスが戦斧を構える。
それを見てヴァイツもやれやれと言った表情で、再び刀に手を掛けた。
一触即発。まさにそんな空気が辺りに流れる・・・。どちらかがいつ、斬りかかってもおかしくない状況・・・。
だが、それを崩したのはいち早く異変に気づいたヴァイツだった。。
「・・・・・!?」
微かに漂う、煙の臭い。
クルスもそれに気づいたらしくヴァイツの背後、ちょうどアーツ街の方角に、目を移す。
そこには森の木々の影で街の姿こそ見えなかったが、立ち上る黒煙はハッキリと見えた。
「ま、まさか・・・・!」
クルスは急いで街に戻ろうとしたが、目の前にいるヴァイツを放っておくこともできず一瞬躊躇した。だが・・・。
「『シュナイダー』!!」
ヴァイツの呼び声に呼応するかのように例のバイクが森の影から飛び出してきた。
「きゃっ!」
いきなりの事に驚くクルスをよそにダークカラーのバイクはヴァイツの前で止まり、それと同時にヴァイツが飛び乗る。
「あ!ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
ヴァイツはクルスの制止を振り切りそのまま街へ向かって走っていく。
その後に続いてクルスも慌てて走って追いかけ始めた。



「これは・・・・!」
クルスが到着した頃には、既にアーツは火の海になっていた。
幸い既に住民は避難したのだろうか、人気は無くただ民家や建物が燃え上がっているだけだった。
「おい、無事だったか!!」
茫然自失だったクルスの元に白髪の白衣の男が走り寄ってきた。
「ジェックさん!?一体、何があったんですか!町の人は、無事なんですか!?」
走り寄ってきたジェックは肩で息をしながら汗を拭い、
「いや・・・あいにく結構な人数駄目だった・・・。半分以上はもう避難したけどな。」
「そんな・・・何があったんですか、ここで。」
「・・・魔獣だよ。」
吐き捨てるようにジェックが呟く。
「魔獣・・・?で、でも。こんな・・・、短時間でこんなに・・・。」
「ああ、普通の魔獣じゃねぇ。喋ってたし、何より馬鹿みてぇに強ぇ」
「魔獣が喋った!?そんな高位な魔獣が何でこんなところに・・・!」
あり得ない現状にクルスも流石に驚きを隠せない。
だが、かと言ってこのままみすみす何もしないでいる事は、もっとあり得ないが・・・。
「・・・・。」
クルスは畳んであった戦斧を引き延ばした。
「・・・行くのか?」
「ええ。ギルド精霊士として・・・見逃すわけには行きません」
「そっか。ま、止めはしねぇよ。じゃあ俺は街の人たちの手当があるから」
そう言ってジェックはクルスに別れを告げて立ち去っていった。
「・・・・!!」
クルスも、戦斧を握りしめ燃えさかる街の中へと飛び込んでいった・・・。



街の中央にある広場の噴水の上に、それは立っていた。
「クククク・・・ゼクロスに感謝しなきゃなぁ・・・久々にこんなに楽しめるんだからな」
コウモリを彷彿させる大きく開いた褐色の翼に同じく褐色の肌。
腕の爪は長く伸び、肘からも刃が飛び出している。
足は鳥のように3本指で、ここにも鋭い爪がついている。
歪め笑みを作るその口には、獰猛な牙が連なっていた。
「さあ、燃えろ!逃げまとえ!泣き叫べ、人間!!」
その爪が振るわれる度に衝撃波が建物を破壊して行く。
「ククク・・・ハーハッハッハッーハッハッーーーーーーーーー!!!!」
炎上する街の中で、魔獣の狂喜の声が轟く。
暴悪と狂気に満ちたその表情は、まさに悪魔そのものであった。
だが、ふとこちらに近づいてくる気配に気づき、顔を向ける。
「ん?」
広場に一台の漆黒のバイクが駆け込んできた。
バイクは噴水の前で止まり、搭乗していた男が飛び降りる。
「・・・・中位悪魔(ミドルデーモン)か。随分楽しそうだな。」
「ほぅ・・・人間。まだ逃げてなかったのか?」
「まあな。やることがあったんでな・・・。」
「ほう、何をすると言う・・・・」
ミドルデーモンの言葉を待たず、ヴァイツは右手を振るいその燃えさかる街の炎以上の紅蓮をミドルデーモンに浴びせた。
「ぐぉあっ!?」
漆黒の焔に吹き飛ばされるミドルデーモン。その黒炎は噴水を砕き、四散した。
「貴様・・・何者だ!!」
焼けこげた肌に焦りながらミドルデーモンが立ち上がる。
「お前の・・・・敵だ!」
再び黒き焔が蛇のようにミドルデーモンに襲いかかる。
「なめるなよ・・・人間風情がぁ!!」
飛翔し炎をやり過ごしたミドルデーモンはそのまま急降下しヴァイツに爪を振るう。
ヴァイツは腰から刀を引き抜くと爪を受け止める。
「・・・!」
カウンター気味に刀を振るうが、ミドルデーモンは空高く舞い、刃は空を切った。
ミドルデーモンは立て続けに急降下しての攻撃を繰り出してきたが、ヴァイツはそれを受け止め、避けるしかできなかった。
「そらそらそらそら、どうした人間?」
ミドルデーモンの爪が刀に弾かれ、滑り、ヴァイツの肩を、脇腹をかすめる。
両手の爪をかいくぐり刀を向けミドルデーモンの腹部目掛けて突きを放つ。だがミドルデーモンはそれを足のカギ爪で受け止めるともう片方の足のカギ爪でヴァイツを斬りつけた。
「・・・・っ!」
軽く胸を掠める爪に一歩下がり続けて繰り出されてきた爪を刀の柄で受けるとその勢いを利用しクルリと回転しながら横薙ぎに刀を振るう。
だがミドルデーモンはその攻撃に対しまたもや空中に飛び上がり回避した。
「難儀なものだなあ。空も飛べぬ人間と言うモノは。」
ミドルデーモンの嘲るような嘲笑。ヴァイツはそれにも眉一つ動かさず、刀を右手に持つと左手を眼前に構えた。
「あまり・・・調子に乗るなよ・・・・?」
ヴァイツは左手に黒炎を生み出し、それをそのまま足下に叩き付ける。

ドゥッ!!!

爆音と爆風が撒き起こり、土埃が舞う。
「むっ・・・?」
一瞬土埃でヴァイツの姿を見失うミドルデーモン。
「目くらましのつもりか・・・?逃がすと思ったか!!」
翼を羽ばたかせ土埃を払う。だが、そこにはヴァイツの姿はなかった。
「ここだ。」
「!!」
黒炎の爆発力でミドルデーモンの上へ飛び上がったヴァイツがミドルデーモンの背後からその翼と頭を掴む。
「ぐぉぉおあっ!!」
ミドルデーモンの体を下にそのまま地面に叩き付ける。ミドルデーモンの顔に苦渋の色が浮かぶ。
「うざったい羽だな・・・邪魔だ。」
翼をもぎ取ろうと手をかけるが、その前にミドルデーモンが翼を羽ばたかせ低空飛行でヴァイツから離れ距離を取ろうとする。
だがヴァイツもそれを追うように刀を斜め上に振り上げ、そのまま弧を描くように振り下ろす。
一瞬の交錯。ミドルデーモンは距離をとって着地した。
「おっと。惜しかったなぁ?」
「・・・そうかな。」
ヴァイツが刀を下段に構え、走る。
ミドルデーモンは再び飛び上がろうと翼を広げ・・・・
飛ぶことは出来なかった。
「なっ・・・!?」
ミドルデーモンの翼がミシミシと音を立て、半ばからそげ落ちた。
(こいつ・・・あの一瞬で翼だけを狙って・・・刃を届かせてたと言うのか!?)
「・・・・。」
ヴァイツが一気に間合いを詰める。手に持った刀のV曲型の鍔飾りが6枚羽に展開した。
それと同時にその黒ずんだ刀身が光を帯びる。
力強く。そして、とても気高く・・・!
「魔剣だと!?貴様、貴様は一体・・・・!!」
「お前の敵だ。」
ヴァイツが魔剣を振り上げる。
ミドルデーモンは両手をガードするように顔の前で重ねる。
だがヴァイツはそんなことも関係無しに、その凶暴な刃を振るった。
「『ブレイクアウト』!!」
「力」ある言葉と共に、魔剣の暗き輝きが刃と化す。
凶暴な太刀筋で魔剣が振り下ろされ、その軌道が光の帯となり後を追う。冷酷なまでに正確な
斬撃がミドルデーモンの左肩目掛けて袈裟懸けに食らいつく。
他の魔獣に比べ格段に魔術に対する免疫が強い魔族の体を、まるでチーズのように刃が通り抜けた。
「馬鹿な・・・!その力、その魔剣、お前は、お前は・・・・・!!」
太刀筋がそのまま閃光となり、ミドルデーモンを両断する。
「消える・・・体が、俺の体が・・・・・!!ゼ、ゼクロス、助けてくれゼクロス!!
うぉぁぉぉおおおおおおぁぁああああああああああああああああああああっ!!!?」
断末魔の声を上げながら、ミドルデーモンは黒い塵と化した。
「・・・・・っ。」
刀を下げるヴァイツ。それと同時に刀の柄の6枚羽が閉じられる。
(ゼクロス・・・・だと?)
刀を腰の鞘に納め、まだ燃え続けている街の中、佇む。
(これは、奴の仕業だというのか・・・。まあ、『奴』ならやりかねないが・・・。)
ここから離れようと再びバイクに乗ろうとするヴァイツだが、そこで上空に舞ういくつもの影に気づいた。
「・・・・・!」
コウモリのような翼。褐色の肌。鋭利な牙と爪。
10数体ものミドルデーモンが、次々とヴァイツ目掛けて急降下してくる。
「このまま帰してはくれない。・・・・そうい事か。」
一度は納めた刀を再び抜き放ち、ヴァイツはミドルデーモンの群へ突進して行った・・・・。


             −理由など・・・・・無い。−



          −俺は俺の思うまま、生きるだけだ・・・・−





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