〜第六話 「シンクレルの王女」〜


「うきゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。お日様が気持ちいい〜〜♪」
ミラ遺跡から出た頃には既に昼をかなり過ぎたころであった。
ルシアもロナードもキャリーも、全員それほど大し怪我もなく、無事にこうして帰ってこられたことにどこか感慨深いものを感じていた。
「いや〜〜・・・・ロックゴーレムなんぞ相手にして生きて帰れるなんてなぁ〜。」
「全くだ。こんなメンバーでな。」
うんうんと何やら頷くロナードの横でルシアもキャリーにならって軽く伸びをする。
全身の筋肉の緊張がミシミシと音を立て、危うく吊りそうになる。
「・・・・で?キャリー、それ結局拾ってきたのか?」
ルシアが前を行くキャリーに声を掛ける。
キャリーは先程の戦闘の際、偶然見つけた鍵のようなものを手で弄ぶようにいじっていた。
「え?うん、何か綺麗だし。ほら。」
そう言って鍵を掲げ、太陽の光に当てる。
日光に反射しキラキラと黄金色に輝く鍵は、確かにその辺の露天のアクセサリーより、よほど綺麗な造りだった。
「ほほ〜ぅ・・・・。確かになぁ。」
「うんうん。キャリーちゃんみたいな可愛い娘が持つとなお映えるよね〜〜。」
ロナードはいつもの軽い調子だったがそれでもキャリーは嬉しかったらしく、右手を頬に当てて締まりのない顔で笑っている。
「お世辞だ、馬鹿たれ。」
「むっ・・・・わ、分かってるわよ〜。」
にべもなく一蹴するルシアにキャリーは頬を膨らませ抗議の声を上げる。
外見もそうだが、どこかそう言った言動は実年齢より幼さを感じさせる。
「いやいいや、お世辞なんかじゃないって。いやホントに。」
ルシアはふとロナードの持つ槍を見た。
さっきまでは布にくるんでいたのに今はただ刃の部分に革製の鞘をつけているだけの処置だった。
何故くるまないかのか?と訪ねたら「面倒くさい。」と、実に簡単な答が返ってきた。
「じゃあ何で布でくるんでんだよ。」
そう、ルシアが訪ねたら今度は
「いや〜、使うとき『シュルッ!』っと布を引き剥がす方が何か格好良いだろ?」
・・・実にロナードらしい答えだった。
(・・・いつもはこんな軽い言動してやがるけど・・・)
ついさっきのロックゴーレムとの戦闘でも、彼の腕は十二分に見せつけられた。
あの身のこなし、槍捌き。一流のハンターと言っても決して過言ではない。
(・・・もしかしたらこいつ・・・、かなりの食わせもんかもな。)
ルシアは一番後ろからキャリーと何やら話しているロナードに少しだけ警戒心を抱き始めた。



ボウスシェイバー。4大陸の一つ、シンクレルの首都であり、ギルドの本部や王家がある別名「王都」である。
この世界の4つの大陸の中で最も文明的発達の進んだ大陸であり、また西の大陸特有のかつてはアームと呼ばれていた遠距離武器「銃」の存在も大きいこの大陸の中心を担う場所。
巨大な繁華街、数多くの施設、店、人口。ちょっとした田舎出の人間が初めて目にしたら確実に三回は迷いそうな、広大な街である。
最先端の技術、メディアが揃っており、大陸中の流行もここから広まる。他大陸との貿易船も出ておりあらゆる面に置いてシンクレルの中心となっている。
無論、他大陸からの観光客も多く、その街の人々の人種も色とりどりだ。
そしてその街の最奥に聳える大きな城、王家の居住する王城の一室に、彼女はいた。



王城。A級の遺跡ほどもある大きさがあり、門前には厳重に兵士が数人で構えている。
ここに住む国王家により、このシンクレルと言う大陸であり、また国であるこの地の政治は統治されていた。
つまり、大陸シンクレルにおいて、最も偉大であり、神聖な場所が、この城である。
中も広く、そのあまりのスペースに城の中で区域ができており、「近衛兵区域」や「メイド室区域」 等から始まり「貨物区域」や「食料庫区域」、はてには「娯楽区域」などがあり、何故かビリヤード台やバーもある。
その一室、王城の国王家区域にある一室で、彼女は今日何度目かのため息をついた。
「ねぇ、もういいでしょう?レガーシーさんの言いたいことはよ〜〜〜く分かりましたから。」
レースのカーテンや大きなベッド、ふもふもカーバンクルのぬいぐるみなどで豪華に飾られた部屋の中。上質な絨毯の上に置かれた椅子にちょこんと腰掛け、彼女は上目遣いに向かい側に立つ初老の男に言った。
艶やかなストレートの金髪を腰まで伸ばし、宝石の付いたティアラで止めている。紫色の何処か神秘的な瞳は今は少し怯えているようにも見える。
服装も部屋着用にと控えめながら上等なドレスを纏っており、王城の住人として相応しい出で立ちであった。
「いいえ。姫様は何も分かっておっしゃらない。いいですか? 姫様はこの国の王女で有らせられるのですぞ!? そんなお方が城を抜け出て勝手にあのような街まで・・・。何かあったらどうするおつもりですか!?」
「そ、それは・・・・・何もなかったんだし。・・・・ね?」
「何かあってからでは遅すぎます!!」
ドン!とテーブルを叩く男。
巨岩のようなガッチリとした体格の上に青銅色の鎧を着込んでいる。髪は白髪混じりのブラウンでそのごつい顔つきには少し不似合いな口髭を生やしていた。
そしてシンクレル王家近衛兵の証である青銅色の鎧の胸には、近衛隊騎士団長のエンブレムがついていた。
彼の名はフィリップ・レガーシー。シンクレル王家近衛隊騎士団長である。
そして何を隠そう、その彼に現在説教されているのが、このシンクレル王家第2王女、パティソール・リン・エンプレシアであった。
「いいですか?姫様。姫様はこの国を統治するエンプレシア家の王女なのですぞ?もう少し自覚をお持ち下され。我々が姫様が城を抜け出す度にどれだけ胃を痛め・・・もとい、気を揉んでいる事か・・・心中お察しください・・・。」
「国の王女って言っても・・・第2王女じゃないですか・・・。」
「・・・・。」
「姉さんがいてくれれば・・・・私だってもう少し遊んだり・・・」
「姫様?」
レガーシーが静かに窘める。
パティソール、パティ王女も首をすくめて
「・・・分かりました。ご免なさい、レガーシーさん。」
「姫様・・・・。」
「私も少し悪戯が過ぎました。ご免なさいね。あなた達の心配も知らずに。」
「いいえ!ご理解を頂けただけで、自分は満足です。」
「もう心配しなくていいですよ。さ、レガーシーさん。職務に戻って下さい。私のために貴重な時間を使わせてしまいました。本当にご免なさい。」
「お気遣い、有り難きお言葉・・・。では、自分はこれにて。」
「ええ。」
レガーシーはそう言ってパティの部屋のドアを開け、出ていく。
・・が、途中で一度振り返り
「ああ、ちなみに脱出用のロープとフックは没収させていただきましたので。」
「・・・・う゛っ。」
「では、自分は失礼いたします。」
トドメをさして、レガーシーは今度こそ部屋を出ていった。
一人残されたパティはぐて〜〜っとテーブルに突っ伏し、つまらなそうにふるふると首を振る。
「あ〜あ、折角知恵絞って考案した『お城抜け出し大作戦1号』が・・・。レガーシーさんもその辺の私の苦労分かってくれればいいのに・・・。」
かなり無茶な要求ではあるが、彼女は実際、退屈だった。
連日続く作法や習い事の日々。壊れ物を扱うような周り。息が詰まるのも無理のないことだった。
それに18歳の遊びたい盛りにとって、テラスから見える城下街の活気や喧噪は非常に魅力的なものであった。
(抜け出すなって言われても、出かけるって言ったらやたらとゴチャゴチャ護衛つけるし・・・あれじゃあ買い物もできないよ・・・。)
不満げに手を伸ばして本棚の上に置いてあった人形を掴み、壁に軽く投げつける。
色彩鮮やかな壁紙の敷かれた壁にぶつかり人形は床にコロコロと転がり落ちた。
その衝撃でぬいぐるみのボイス機能が「ふも、ふも」と喋り、踊り出す。
「あ〜・・・・何で王家なんかに生まれたんだろう・・・。」
テーブルからフラフラと立ち上がり、窓を開けテラスに出る。
真昼の爽やかな風がパティの髪をそっと撫でて行く。
遠くに見える街は大勢の人たちに溢れ返り、遠巻きにもその賑やかな物音が聞こえてきそうだった。
パティは部屋から双眼鏡を持ち出し、いつものように城下街に向けてレンズを向ける。
このひとときが彼女にとって数少ない楽しみであり、またこれが彼女を城を抜け出させる理由の要因でもあった。
(あ、今日って雑本店の新刊到着日なんだ!うわ〜〜〜〜、行きたい〜〜買いたい〜〜〜〜っ)
街のあちこちにレンズを向け、色々な店の商品をチェックしたり、街の人たちの様子を見たり。
簡単な話、単なる覗きだが。それでも彼女にとっては毎日日記に書くほどの大きな楽しみであった。
(・・・・・・・あっ!)
不意にパティの双眼鏡が街の一点で止まった。
特に何もめぼしきものも無いように見える、路地。だがそこには彼女の知る顔があった。
「あの人は・・・・・。レガーシーさん、レガーシーさん!!」
パティは部屋に戻り立てかけてあった携帯用魔動電話をプッシュする。
直通で近衛隊やメイド室などに繋がる特別品で、ボタン一つで誰でも呼び出せる代物だ。
パティはレガーシー騎士団長に電話をつなげると少し慌てながら受話器を耳に当てる。
「ちょっと頼みたいことがあるんです!・・・ええ、そんなことじゃないですっ!!ちょっと街に・・・。」



(相変わらず、ここは賑わってるよな。)
彼が知る限り、この街が静かだった日は無かった。人通りが少なかった日も。
漆黒の髪の、そこだけ青みかがった前髪を掻き上げ、アガート・ハーキュリーは目当ての店を出た。
「しかしまぁ・・・。こんだけ街全体繁栄してんのにあのオヤジの言い値だけは下がりゃしねぇ。」
もうすっかり顔なじみの武器屋に頼んでおいた新品の手裏剣を懐に入れながらそんな愚痴めいた言葉が思わず口に出る。
(東国の辺境にしかないのは分かるが・・・いささか値が張るのがネックだな・・・。)
そう思っても長年使ってきた物が一番だと言うことも、彼は分かっていた。
黒いデニムジーンズに鉄の仕込まれたグリープ。古代文字のロゴの入った黒シャツの上から薄地の黒いコートを羽織っている。
ちなみにロゴの意味は・・知らない。
コートの肩と腕にはプロテクターと手甲がはめられており、ベルトの右腰には鍔のない片刃の剣が2本、下げられていた。片刃と言っても東国の「刀」と言われるものであり、通常の「剣」より突く力は無いものの、斬るという行為においては優れている。
そしてアガートが下げるその刀には、ヴァイツの魔剣とはまた別の、異質な魔力が微かに漂っていたが、幸いそれに気づく物はよほどの魔術士か魔剣使いぐらいなものだろう。
そんな訳で彼は別段特殊な封印も施さず、普通の鞘にそれを納め歩いていた。
人通りが多いので思うように進むことが出来ない。もっとも、そんな活気溢れるこの町並みを彼は結構気に入っていたのだが。
特に何をするでもなく気ままに街を歩き回る。ゆったりと喧噪に身を任せ足を進める。
少し後ろで人々が退き、何かに道を譲っていくのにも、その時アガートは気づかなかった。
いつの間にか彼の周りだけ人混みが無くなりポツンと空間が出来る。そこにズカズカと数人の鎧を着た兵士がアガートを取り囲んだ。
「・・・?」
特に襲いかかってこられると言う感じも無かったのでアガートはそのままポケットに手を入れたままで刀も抜かずにキョトンと兵士達にその銀色の双眸から視線を送る。
「・・・・何かしたか?俺。」
口に出してみても思いつくことと言えば・・・
(セシルさんとこのこの前のツケがまだだっけ・・・・。あ、カリンのカシスソーダの中にウィンナー落とした事まだ謝ってなかったっけ・・・・あとは、うーん・・・・・)
至極くだらない事ばかりだった。
「・・・あ゛〜・・・・。で、何用だ?あんた達。」
いたって平静顔で近くの兵士に声を掛ける。別段、彼がここで慌てる理由は、無かった。
だが、彼への返答は別方向から来た。
「アガート・ハーキュリーだな。」
そう言ってアガートの前に出てきたのは・・・。
「お、この前の盗賊。」
「盗賊ではない!!貴様、自分らのこの鎧が目に入らぬのか!?」
「冗談だって・・・。山賊、あんた等王家の騎士団だったのかよ。」
「山賊と呼ぶな・・・!そうだ。いかにも自分は王家近衛隊騎士団長フィリップ・レガーシーである。」
「ご丁寧に。・・・・・で、その騎士団長様が俺に何か用なのか?」
アガートは内心男の肩書きに少々驚いてはいたが顔には出さず、冷静に続ける。
「・・・貴殿に用件があるのは自分ではない。我らの主殿だ。」
「・・・・?」
「ご足労願えるか?主は無理は言うなとおっしゃられているが。」
「・・・・いいだろう。行ってやるよ。その物好きのとこにな。」
レガーシー達の先導のもと、アガートは彼らに連れられ王城へと歩き出した。



「お主がかの有名なアガート・ハーキュリーだったとはな。」
王城までの道のりの途中、前を行くレガーシーが振り返らず言ってきた。
「調べはついてる。って訳だ。」
「無論だ。お忍びだったとは言え、我ら騎士団を相手にたった一人で圧倒するなどと言った男、黙って見過ごすとでも思っていたか?」
「盗賊相手だと思ってたんでな。悪く思うなよ?」
「フン・・・承知の上だ。」
口ではそう言っていても、流石に騎士団のプライドに傷がついたのだろう。周りを囲む騎士団員達の視線もどこか刺々しい。
「シンクレル中のハンター達の間でその名を知られる剣豪、アガート・ハーキュリー。我々も何度かその資料は見ていたのだがな・・・気づかぬとは。」
「よっぽど慌ててたんじゃなかったのか?なら。」
「・・・かもな。」
そう言って、再びレガーシーは黙ってしまう。
足下の砂利を踏む音だけが響き、周りもシーンと静まり返ってしまった。
アガート自身もそれほど饒舌ではない。むしろ寡黙な方と言えよう。
だが流石にこの周りの視線や雰囲気の真ん中に立たされ流石に多少、滅入ってはいた。
(・・・何か、気まずいな、この空気・・・。)
早く着かないかな・・・アガートは心中静かにそう呟いた。



「ここだ。」
王城の一室。王家室区域の応接室に通されたアガートは何処か居づらい空気にブルブルと体を振るわせた。
「何か、落ち着かないな・・・こういうの。」
「だろうな。ハンター如きが本来なら入れる場所では無いのだからな。」
ねぎらいのかけらも無い言葉をかけるレガーシー。アガートはそんな彼にうらめしそうな視線を送る。
「有り難いご忠告感謝する。・・・涙も出てきそうだ。」
「情けないな、最強のハンターと呼ばれる男も。」
「・・・・盗賊、あんたこの前やられたこと根に持ってるだろ・・・?」
「まさか。」
レガーシーは応接室のドアに手を掛ける。
「・・・言っておくが、くれぐれも無礼な真似は慎め。貴殿には雲の上の御方なのだからな。」
そう言い残し、ドアを閉め立ち去っていった。
(・・・俺が呼ばれたんだろう・・・。全く。)
そう思っても別に怒る気にはならない。
アガート・ハーキュリーと言う男はそういう男だった。
歳以上の落ち着きと冷静さを持ち、常に全てを客観的に見据えることの出来る洞察力を備えた、
それでいてその実力も二刀流においては若き達人としてハンター達の間でも一目置かれているのだ。
「ああ、それと・・・。」
手近なソファーに腰掛けようとしていたアガートにレガーシーが思いだしたように再びドアを開け、
「盗賊と呼ぶな。」
そう一言言って、今度こそ。出ていった。
「・・・・・・・。」
しばらく盗賊呼ばわりしてやろう。内心そう決め、アガートはソファーに腰掛け直した。
このソファー一つだけでもどれだけの値がするのだろう。
そう考えると、どうも落ち着かない。
(さて・・・どうする?アガート・ハーキュリー・・・。)
応接室の向かい側のドアを見据え、慣れない緊張感を拭うように心の中で自分に言い聞かせる。
そうこうしているうちに、向かい側のドアの取っ手がゆっくりと回された。
「・・・・・っ!」
一瞬驚いてソファーに座り直してしまう。
冷静沈着なアガートも、流石に一大陸を統治する王家の城の中、しかもその王族の人間に会うと言うことなど、自分の人生にまずありえないと思っていたのだ。
ドアが開かれ、美しいドレスの裾が見える。
「・・・・・・っ。」
内心では緊張が高のぼる。自分は部外者。しかも身に余る存在・・・・。
そして・・・ドアの向こうから少し遠慮がちに、その相手が姿を現せた。
それは容姿やルックスに無関心なアガートから見ても、魅力的な女性だった。
黄金のようなブロンドのロングヘア。ラピスラズリのように淡く光る紫の瞳。純白のドレスの裾は彼女が歩くたびに微かに揺れ、それはまるでどこか天使の羽を彷彿させた。
一瞬王家特有の気品あるその姿に気づかなかったが、その人物は見ればまだ少女であった。
「・・・・。」
言葉を失い、王族を前にしていると言うにも関わらずアガートはソファーから立ち上がることも忘れていた。
だが、ふと我に返るとある点に気づく。
「君・・・・いや、貴女は・・・。。」
遠慮がちにしていた少女は向こうから声を掛けてきたことに安心したのかパッと顔を輝かせてアガートに近寄ろうとして・・・・。

びたっ!

コケた。
「ふにゃっ!」
ドレスの裾を自分の足で踏みそのまま垂直方向に鼻から床に倒れる。幸い下はフカフカの絨毯が敷き詰められているので怪我はしなかったが。
「うぅ・・・・鼻打ったぁ〜・・・・。」
「・・・・・・。」
少女の真横で、まだ座ったままの姿勢でアガートはどうしていいのか分からず困ったように眉をひそめた。
「・・・・裾。」
「ふぇ?」
「ドレスのスカートの裾。・・・直した方がいいぞ?」
「え?・・・・・・・・・・・・えぇぇえぇぇえぇえっ!!?」
指摘されてからきっかり5秒後。慌ててスカートを直す。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「白か。」
「ふ、ふぇええええええええええええええええええええええええええええ〜〜〜〜〜!!!!」
思い切り後ずさり背後の壁にぶち当たる。アガートはまぁまぁと軽く苦笑いを浮かべ
「・・・気にするな。」
「気にします!!」
「だろうなぁ・・・。」
「うぅ〜・・・・・・。」
恨めしそうな目で睨まれアガートも流石にやりすぎたと思ったのか
「いやいや、悪い悪い。ちょっとからかい過ぎたな。」
「酷すぎます!!貴方は初対面の人にこんな事するんですか!?」
「いや、初対面じゃないだろ?」
飄々と少女の抗議を聞き流しサラリと言ってのける。
「あっ・・・・・!お、覚えていたんですか?」
「まぁな。・・・・なるほど。じゃああの時は城を抜け出して逃げ回ってたってところか。」
「えぇ。まぁ・・・・。」
脂汗を一筋垂らし遠慮がちに呟く。
「んで、あのゴッツイおっさん達はその君を連れ戻そうとしていた、と。」
「ええ・・・そうです・・・・・ね。」
「・・・・・俺、思いっきり叩きのめしてしまったぞ・・・・おい。」
「重ね重ね申し訳ないです・・・・うぅ〜・・・。」
どんどん小さくなってゆく彼女にアガートは再び苦笑し
「・・・・それで、君は一体・・・。」
「あ、紹介が遅れました。私はパティソール・リン・エンプレシア。シンクレル王家の第二王女です。貴方は・・・アガート・ハーキュリーさんですよね?」
「ああ。そうだけど・・・・・・って、王女!?」
流石に驚きの声を上げる。
「・・・・何でそんな目で見るんですか・・・。」
「いや・・・近頃の王女は城を脱走したりいきなり出会い頭にすっ転んだりするもんなんだな、と。」
「忘れて下さいよ〜、さっきのは。」
「はいはい、忘れた忘れた。」
「全然心がこもってないです。」
「気にしたら負けだぞ。」
「ふぇ・・・。」
ちょっと泣き出しそうになったところでアガートは話題を変える。
「それで。おてんば姫様が俺なんかに何の用なんだ?」
「おて・・・。」
どこか引っかかりのある物言いだったが、これ以上からかわれるのも嫌なのでパティはポム、と両手を胸の前で合わせ
「とりあえず、先日のお礼と謝罪をと思いまして・・・。あの時は助けて貰って本当にありがとうございました。」
「まぁ・・・子供一人に大の男が大勢だったしな。」
「それと、ご免なさい。本当に・・・。私のせいで、色々と。」
「俺は別に何でも無かったし、構わないさ。まぁ、あの騎士団の連中にはちょっと悪かったなとは思うけどな・・・不可抗力ってところか。」
「う゛・・・・・。」
パティの脳裏にレガーシーのどっぷりとした説教が再来する。
「律儀だな、そんなことで。」
「いえ・・・。あの、ご足労させてご免なさい・・・。私が直接行きたかったんですけど、本当は」
「まぁ、それは無理な事だろ?いいよ。最初に『強制はしない』って言ってくれてたようだし。」
申し訳なさそうな顔で沈むパティにアガートはそう言って優しく笑いかける。
それに安心したのかパティもつられて笑顔を見せた。
「君は、いつもああやって脱走してるのか?城を。」
「あ、私のことはパティでいいですよ?アガートさん。」
「・・・そう言えば王族相手に何て口聞いてるんだろうな・・・俺も。」
今更そんなことを思い出しのアガートは自分に呆れてしまう。
「いいえ。そういう態度で接してくれる方が私としては嬉しいです。城だとみんな過保護に私を扱うので・・・。」
「そりゃあ、王女だから仕方ないだろ?」
「それは分かってます。でも・・・・私だって色んなところに行きたいし、色んな事をしたいんです。」
「・・・・。」
一口に王族。と言ってもかなり色々あるものだな。とアガートは内心感心していた。
アガートは王族に会うのはこれが初めてではない。まだ子供だった頃、彼の父親は一時王家の剣術指南役をしていたこともあったからだ。
その時の王族の印象と言えば、優雅で上品な、高潔な人たちと言うのが一番だった。
だからこそ、逆にあまりにも頼りなく遠い存在とは微塵も感じさせることのない彼女に、アガートは何故か急に可笑しくなってしまった。
「あの・・・何か変なこと言いました?私」
いきなりクスクスと笑いだしたアガートに怪訝そうな顔でパティが訪ねる。
「いや、変な王族だな。君は。はは、はははははは。」
声を出して笑い出したアガートに憮然とした顔でパティが
「だから何で笑うんですか〜〜〜〜っ。」
応接室にしばらくパティの抗議の声とアガートの笑い声が響いた。



「ここが私の自室です。・・・・って、どうかしたんですか?アガートさん。」
応接室からパティの部屋に移動したところでアガートは内心に強く引っかかるモノを覚えた。
「いや、いいのか?俺みたいな一般人がここまで入って。」
「平気ですよ。扉の前にはちゃんと兵士さんもいますし。」
「まあ、な・・・。」
王女にしてはいささか不用心すぎるが、確かにここは王城の中。ここでもし王女に危害を加えるなり拉致するなり企てても逃げ出すことは容易ではないい。何しろここは都。ギルド本部もあるのだ。
ここで何かしら悪事を企てようものならギルドの全魔術師と王家の騎士団を一度に敵に回すことになる。
「何か飲みますか?アガートさん。」
「いや、いい・・・。」
「そうですか?」
「そうです。」
パティは何処か嬉しそうだった。多分、彼女にとっては生まれて初めて普通に話の出きる相手なのだろう。
そう思うと、何やら複雑な思いがこみ上げてくる。
(本棚の中は遺跡の資料や古代文明に関する著書ばかりだな。・・・何でだ?)
アガートが部屋の一角にある大きな本棚を見ているのに気づきパティは待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ
「趣味なんですよ、私の。」
「趣味?王女様のご趣味にしては・・・・・何というか。」
(普通、もっと優雅な物を想像してたが・・・こんなものか?王家って。それともこの子がちょっとズレてるのか?)
「へへ、だって良いじゃないですか。古代人の遺産、未知なる発見と冒険が待つロマンと夢溢れる遺跡!トレジャーハンターの皆さんが危険を省みず挑み!戦い!嗚呼・・・甘美です。」
(そうかぁ?)
内心で力強く否定する。流石に目を輝かせどこか明後日の方向を見ているパティに言えはしなかった。
「アガートさんもハンターですよね。遺跡の話、聞かせて貰えませんか?あ、もちろんご都合があるのなら無理強いはいたしません。」
「都合と言っても、どうせ暇だから構わないけど・・・。俺は元々剣士であって、ハンターを名乗った覚えはない。・・・まぁ、やってることはハンターと大差ないんだけどな。」
「えぇっ!?」
露骨に驚きの声を上げるパティ。そんな彼女にアガートはフォローするように付け加える。
「でも、一応遺跡にも行ったことは何度もあるし、そんな話で良いなら、構わないが?」
「え?あ、はい!是非聞かせて下さい!」
パッと顔を輝かせて身を乗り出すパティ。そんな仕草に思わず「本当に好きなんだな・・・」と、妙に関心してしまう。
「何から話そうか、そうだな・・・・・。」



ギルド内にある区の一つ。『牢室』の最深部の最も厳重かつ強固な牢獄。『最厳重牢』。
強力な封魔印が施されている牢の中では一流の魔術士でも魔力を使用することは出来なくなっている。
魔術犯罪者や重犯罪人が投獄される場所。それがここであった。
そんな場所に、ダレス・ハーフシェルは足を踏み入れていた。
牢番に一言二言告げてから牢室を進んで行く。
基本的に面会もなく、食事や呼び出し以外に人の交流のない牢獄の中から足音に反応しけたたましい罵り声や野次が響く。もっとも、それをいちいち気にするほど、ダレスも暇ではなかったが。
目当ての牢の前に着くと、こちらから声を掛ける前に牢の中から若い男の声がかけられてきた。
「やぁ。待ってたよ、ダレス。」
ダレスは躊躇無く、その牢の扉に鍵を差し込み、扉を開けた。
最厳重である筈の、決して開けてはならない筈の牢の鍵を。
牢の扉についている格子窓からでは薄暗い牢の中でその姿をハッキリと見ることは出来ないが開け放たれた扉から射す光でその姿が浮かび上がる。
その中にいたのは、声と同じく若い男だった。多分、見た目だけでは20歳もいかないかもしれない。
金色の瞳に薄紫色のショートヘア、何故か左側だけ少し長めに垂れていたが。
少し色あせたブルーのズボンに髪と同じくパープルのシャツ。
牢の壁には青地に白のラインの入ったコートがかけられていたが、彼の物だろう。
顔立ちもその優美な響きの声に相応な端正な顔立ちだった。一見するだけだと女性にも間違えそうな、整った顔。
彼は薄暗い部屋の中、読んでいた本を閉じると来訪者に向かってにこやかに微笑んだ。
ほとんど人の来ることのない、まして隣の牢でイビキをかこうが壁を殴ろうがほとんど聞こえないような防音の暗い牢獄の中に閉じこめられている人間にしては、その表情はあっけらかんとしていた。
まるで昨日ぶりに会った旧友に対するような至って軽い口調と仕草である。
「・・・さきほど部下から報告があった。『宝玉』を奪って逃走中の男の名が判明した。」
「へぇ・・・。」
「紅と蒼の瞳の銀髪の魔剣使い。ヴァイツ・クロフォード。・・・・間違いない。『奴』だ。」
その名を聞いて青年はようやく興味をそそられたらしく、ニヤッと笑みを浮かべる。
「こういう偶然ってあるんだねぇ。」
「そうだな。まさか人づてに盗みを依頼したとは言え、まさかあの男だとは・・・。」
「道理で、『宝玉』なんてただの人間にとっては価値の低い物を欲しがる訳だ。」
「・・・で。どうするゼクロス。あの男が『宝玉』を手にしたと言うことは『あの力』を完全にできると言うことではないのか?」
ダレスの言葉にゼクロスと呼ばれた青年は軽く笑ってから
「心配はいらないよ。既に下級のデーモンを30匹ほどアーツに向かわせたしね。いくら彼でもあの数相手には不完全なまま『あの力』を使わずには居られないはず。」
「・・・なるほど。そして消耗した隙に我々ギルドが逮捕。・・・そういうことか。」
「フフ・・・。『宝玉』のありかと引き替えに『もう一つ』ついでに盗んできてもらってその後は、ギルドに捕まえさせて余計な事がバレないうちに始末する。・・・我ながら良いアイディアだったと思わないかい?ダレス。」
「そうだな。実に効果的だ。そして・・・合理的だ。」
「でも相手がヴァイツだったのはかなり驚いたなぁ。それじゃあ始末するわけにはいかないな。・・・ダレス。彼を捕まえたら僕のところに寄こしてくれないか?彼とは少し話もしたいしね。」
「分かった。」
そう完結に答えるとダレスは牢から出ていく。
「・・・あまり長居すると怪しまれる。奴を捕獲出来次第、そちらへ送る。」
「うん、ありがとう。」
扉が止まり、再び鍵が閉められる。
そうしてまた、牢の中にはゼクロス一人になった。
「さぁて・・・。懐かしき再会と行こうじゃないか・・・同胞よ。」



一通り話が終わったところでアガートは本棚の一角に一つの本を見つけた。
普段寡黙なだけに、いざここまで長話をするとかなり疲れる。
やや精神的疲労に見舞われながら出されたシナモンティーを一口啜り、その本を手に取る。
「あ、それですか?それは結構自慢なんですよ〜。あまり出回ってない著書だし、何よりレアだし。」
パティがお目が高いと言わんばかりにアガートが手に取った本の解説をする。
だが、アガートはそのほんの表紙をそっと手でなぞり、パティの言葉もあまり耳に届かせていなかった。
『焔の伝説』
そう書かれたタイトルの下には著者の名前が書かれている。その名は、名字か名前か、何故か完結に‘ヴァレリア’とだけ書かれていた。
(これは・・・・)
「昔、シンクレルのどこかで起きた魔人と人間達の戦いを綴ったものなんですけど。何か、凄くドラマがあって・・・。」
「・・・・。」
「その中でも凄く格好いいのが伝説の剣士って呼ばれた人なんですけど。確か名前は・・・え〜っと・・・・ディ、ディなんとか・・・」
必死に記憶の糸をたぐろうとしているパティ。
自慢の一冊なのに名前をド忘れしてしまっているのに格好が付かないのだろう。
だが、彼女が思い出す前にアガートがポツリとその名を呟く。
「・・・『守護士』ディスフォード・ハーキュリー・・・・だろ?」
「ああ、そうですそうです!あ、かといってちゃんと読んでなかったって訳じゃないですからね?」
慌てて手を振るパティ。だがそこでふと気づき・・・
「あれ?そう言えばアガートさんもハーキュリー性ですよね。もしかして・・・・」
伝説の剣士の血縁か何かかと思ったのだろうか、パティは心なしか興味津々と言った眼差しをアガートに注ぐ。
その視線をくすぐったそうに顔を背け、諭すように落ち着き払った口調でアガートが告げる。
「ハーキュリーは本名だけど、別に同姓なんてゴロゴロいるだろう?世の中。」
「そう、ですか?う〜ん・・・偶然ってあるんですね。」
「そうだな・・・。」
そう相づちを打つものの、アガートの顔は晴れなかった。



          −そういう運命だとか、そんな陳腐な言葉は聞き飽きた。−



              −けど、今の俺は何をしている?−



      −滑稽と言われるかも知れないな。結局、俺も同じ道を歩んでいる。−



                  −いや、違う。−




            −これは・・・俺自身で選んだ、道。−



  一覧