「ラストソング」 〜第七話 「悲しき魔剣士」〜


ザシュゥッ!!

斬撃一閃。デーモンの一匹が空中に飛んだまま切り裂かれ、塵になる。
ヴァイツは着地すると間髪入れずに襲いかかってくる数十匹のデーモン達の爪をかいくぐり魔剣を振るう。
(不味いな・・・このままじゃらちがあかない。)
既にヴァイツは数匹を仕留めているもののデーモン達の数は一向に減りを見せない。
10匹や20匹では無いことは、もはや明確であった。
魔剣を力任せに振るい、黒き炎を放ちデーモンの群を退かせると後方へ飛び退き間合いを取る。
(あまり気は進まないが・・・・仕方ない。)
構えを解き、右手の魔剣を腰の鞘に納めた。
それを見たデーモン達は降伏の印とでもとったのだろうか、一斉に飛びかかってきた。
だが、ヴァイツは慌てることなく、手のひらを開き両手を顔の前でクロスさせる。
「見せてやる・・・・我らが誇り高き一族の力!!」
交差した腕を十字に切り降ろし、彼にしては珍しく、雄々しく、荒々しくデーモン達に飛びかかる。
そして、閃光が辺りを一瞬だけ包み込んだ・・・。



クルスが到着した頃には既に街は燃え尽くされていた。
「酷い・・・誰がこんな・・・。」
戦斧を握り身構えながら、油断無く辺りを散策する。
噴水広場のあたりで中位魔族であるミドルデーモンの翼が転がっていたが、彼女がそれに触れようと
する前に、黒い塵になって消え失せた。
「これは・・・!まさか、ミドルデーモンがアーツを!?」
不意に近くで強大な魔力を関知する。
魔力の数はちらほらと感じられるが、その中で、一つだけ異常に強大な力を離れた場所からでもひしひしと感じた。
「この魔力は・・・・一体、何が起こってると言うの。」
考えても答えは出るわけはない。クルスはその力の感じる方向へ走り出す。
一体何がなんだか全く分からない。
自分は、『宝玉』を奪ったあのヴァイツと言う男を追っていたのではないのか?
なのに、何故この街が燃えさかっているのだ。
何故、彼は関係もないこの街のために奔ったのか。
何も、彼女の疑問に答えをくれる相手など、居るわけもなく・・・、ただ彼女は走った。
燃え上がる民家、崩れ落ちる瓦礫の中を、彼女は走り抜ける。人一人居なくなった完全に朽ちかけている、この街の中を。
そして、『それ』は不意に彼女の前に現れた。
「ガ・・・・グガ・・・・アァ・・・・・。」
ボロボロになったデーモンの一匹が、フラフラと曲がり角からクルスの前に出てきたのだ。
「デーモン(下級魔族)っ!この街を襲ったのは貴方達ね!?」
とっさに身構えるクルスだが、デーモンは既に瀕死の状態で、その凶悪な翼ももぎ取られ、爪を叩き折られ、全身切り裂かれていた。
「なっ・・・!これは、何があったと言うの!?」
あまりに壮絶なデーモンの姿に思わず後ずさりしてしまう。
デーモンは、怯えていた。
何より人間の恐怖を好む、魔界の住人の中でも際だって残酷で、凶悪な魔族が。
この街の人々を恐怖と絶望のどん底に陥れたであろう、この魔物が。
今はただ、ひたすら何かに怯え逃げるようにもがいているのだ。
ギルドの一員として今まで多くの魔獣、魔族を見て、戦ってきたクルスにとってその光景は凄まじいものであった。
クルスが唖然と立ちすくんでいると、今度は更に別の方向から、だが決して遠くない場所から街中に届くほどの叫びが響き渡る。

−ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!−

地を揺るがすような咆哮。クルスは慌てて周囲を警戒するものの、その姿は見えない。
「ガァ・・・・ウゥ・・・・・ガァァアアァァアアアアアァッ!!!!」
怯えきったデーモンがその雄叫びから逃げるようにのたのたと歩き出す。
だが・・・・。

「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜ッ!!!!」

ドゴォォォンッ!!

クルスの直ぐ近くの民家の壁を突き破り、猛スピードで何かが飛び出してきた。
一瞬『それ』が何か、クルスは認識できなかったが、『それ』はデーモンに飛びかかると首根っこを掴み、背後の建物の壁に叩き付ける。
その力に建物は崩れ崩壊するが降り注ぐ瓦礫や埃にも目もくれず『それ』は弱り切った獣を離し、その腹部に強烈な蹴りを叩き込む。
デーモンはその蹴りに数メートル吹き飛ばされ、それでも何とか逃げようと立ち上がろうとする。
だがそれより先に『それ』は腕を振り上げ、その鋭い爪を真上から振り下ろし、瀕死のデーモンを5枚に切り裂いた。
「ギァグァッ!!?」
その身を引き裂かれ、デーモンは短い断末魔の声を上げ・・・・塵になった。
(な、なんなの・・・・この魔獣は・・・・!)
クルスは戦斧を構えながら『それ』から間合いを取るようにジリジリと下がっていく。
『それ』は、あまりにも暴悪な姿をした、魔獣のような存在だった。
バイオイメージを彷彿させる緑色の甲殻。人型ではあったが、踵や膝に鋭い突起物がついており、その手の爪も非常に鋭利であった。
昆虫系魔獣の甲殻ような、その体の殻は膝から下、肩、肘から下、胴についておりまるで生体鎧のようにも見えた。
顔もどちらかと言えば鎧のような感じで瞳らしき大きな赤い眼と額から伸びる2本の角状の短い突起がある。
だが、決定的に鎧と違うのはその強靱そうな顎や、直接体から生えている刃のような突起物だった。
(こ、こんな魔獣・・・・見たことも聞いたこともない・・・!)
ギルドにはあらゆる魔獣の文献やデータ、資料があるが、このようなタイプはクルス自身初めて遭遇するものだった。
いや、もしかしたら・・・誰もこんな魔獣に出会ったことなどないのかもしれない。
「ウゥゥゥゥウウウ・・・・・・・・!」
その人の形をした獣はクルスを見据え、低くうなり声を上げる。
クルスも迎撃の体制はできており、その獣を真正面から睨み付けていた。
しばらくの拮抗。
クルスの頬に一筋の汗が流れる。
下手に動けば、自分は簡単に切り裂かれ、この獣のエサになってしまうだろう。
かと言ってこのまま止まっていても始まらない。クルスが覚悟を決め戦斧を上段に構える。
だが、獣は自分やクルスの頭上を飛ぶ影に気づくと地を蹴り、凄まじい高さで跳躍した。
クルスもそこで初めてまだ残っていたデーモンに気づき、地の精霊士としての力で地面の一部を盛り上げ、それを足場にして燃え残った民家の屋根へ飛び乗る。
精霊士はその血統の力からか、詠唱無しでもある程度の自分の属性の操作が可能なのだ。
常人離れした魔力と属性干渉力の高さ。これが精霊士の凄まじき力の所以でもあるのだ。
それでも・・・そんな彼女でも、あの獣と対峙したとき、ハッキリとした恐怖が走った。
ヴァイツと対峙した時にも、彼の鋭い殺気と隙のない物腰に殺られると言う恐怖は感じたが、あの獣は・・・別次元だった。
(まるで・・・肉食獣に狩られる草食獣にでもなった気分と言えばいいのかな・・・。情けない、足がすくんで・・・・動けなかった。)
民家の屋根を飛び移り、飛び交うデーモンを追うクルス。相手に飛ばれては得意の大地魔術は効果が薄い。
かと言ってこの重たい戦斧を手にジャンプして戦うのも、至難の業だ。
だが、そんなことを思っている隙に一足早くデーモンと抗戦していた緑色の獣がデーモンに叩き落とされ地面に落下。土煙を立てる。
見ると、空には2匹のデーモンが手足の爪をキシキシと擦り会わせ、嘲笑していた。
「くっ・・・・!」
獣のことはさておき、クルスは宙を舞うデーモン達に向け、期待できないとは思うもののその戦斧を振るい走り出す。
崩れかけた民家の屋根はクルスが走ることによりボロボロと崩れ落ちる。
だが、それより先にクルスは飛び上がり、戦斧を振るう。
・・・はずだった。

「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ〜〜〜〜ッ!!!!」

獣がヨロヨロと立ち上がり、雄叫びを上げる。
あんな高いところからたたき落とされ地面に衝突したと言うのに、その凶暴なる野生の闘志は少しも衰えることなく、吠える。
「っ!」
獣の咆哮に慌ててクルスも飛び出しかけた足を止める。
空中ではデーモンの片方がニンマリと口元を歪め、急降下してくる。
再び起きあがった獣に対し、自分が絶対的に有利であることを確信したように、あざ笑うかのような笑みを浮かべて。
そしてその鋭利な足爪を突き立て獣目掛けて落下する。
その爪が獣に触れるか触れないか。そんな一瞬の瀬戸際で、それは起こった。
だが次の瞬間、デーモンには何が起きたか理解することは出来なかった。

「ウゥゥゥ・・・・・ウワゥッ!!!」
獣の角が2倍ほどに伸びたかと思うとその両肘から3連刃のエッジが飛び出る。
そしてそのまま身を屈めデーモンの爪を回避すると同時にすれ違いざまに肘を突き立て抉るように振るう。
飛び交い再び空へ昇ったデーモンは自身の腹が深く切り裂かれていることに気づき・・・・
忌まわしげな雄叫びを上げ、糸の切れた人形のようにフラフラと落下する。
まるで今思い出したようにその腹部から奇妙な色の鮮血が迸り、撒き散らしながら、地面に当たる前に塵になった。
「ウゥウウウウウウウウウウウウウウ・・・・・・!」
獣は腰を落とし、残り1匹となったデーモン目掛けて右手を突き出す。
するとシュバッと鋭い音を立て、拳の付け根あたりの赤い突起から鞭のような触手が伸び、宙にいたデーモンの片足に巻き付くとそのまま強く締め上げる。
「グガッ!ウガァァアアアアアッ!!」
ミドルデーモンのように高い知性を持たないデーモンは、ただ驚愕し吠えるしかできなかった。
「ガァアアアアアアアアアアッ!!」
触手を引き戻しながら力任せに右手を振り下ろす。
デーモンの体は放物線を描くように引っ張られ、結果、今度はデーモンが地面に叩き付けられた。
「きゃっ!?」
デーモンが地面に叩き落とされた衝撃で再び土埃が舞い、クルスは視界を遮られる。
獣はヨロヨロと立ち上がろうとしていたデーモンに猛然と駆け寄るとそのまま爪を突き立てた右腕をデーモンの胸板に突き刺した。
その爪が、腕がまるでデーモンの体を紙切れのようにめり込んでゆく。
「ギギャっ!!・・・グ、ガ・・・ァアア・・・・!」
獣の右腕は肘まで深々とデーモンの胸を貫いた。激痛に見まわれデーモンは必死にもがくが、所詮それも無意味な徒労に終わる。
デーモンは獣に必死に手を伸ばそうと足掻いて・・・・そのまま黒い塵になっていった。


「母なる大地よ、我が命に従え!!」
今だ辺りを覆う土煙に対しクルスは足下に転がっていた石や小岩を竜巻状に巻き上げ、吹き払った。
だがそこには既に獣の姿はなくなっていた。
「そんな、一体何処に・・・!」
何処か物陰に隠れ自分を狙っているのかとも思ったが、この辺りには既に魔力の気配はしなかった。
無論、デーモンの魔力も。
「何だったの、あの魔獣は・・・。」
既に街を包んでいた炎も鎮火してきていた。あいにく、街は完全に焼け落ち、致命的な被害ではあったが、それでも死傷者が半分以下だったと言うのは幸いだっただろう。
(そうだ。あの人は。ヴァイツ・クロフォードは!?)
魔獣やデーモンの遭遇に忘れかけていたがそもそも自分の任務は彼の逮捕にある。
(あの人も街に来てるはずなのに・・・・まさか、この火災に巻き込まれて・・・?)
ヴァイツと言う男がそう簡単に死ぬとはとうてい思えなかったが、それでもそんな考えが脳裏に浮かぶ。
彼には聞きたいことがまだまだあるのだ。

>
何故『宝玉』を奪ったのか?

何故詠唱も無しに黒い炎を使えるのか?

何故自分を助けたのか?


何故関係ないはずのこの街のため、奔ったのか?

何故、あんな顔で笑うのか・・・。



クルスは街中を走り回った。
既に火は消えているとは言え、いつ崩れるかもしれない民家が並ぶ街中は危険であったが、それでも彼女は探した。
あの男を、ヴァイツを。
(あの男の口から直接答えを聞きたい・・・。そうでなきゃいけないんだ・・・絶対に!)
何も分からずに死なれるのは納得がいかない。自分の中でいつの間にか生まれた、彼に対する憤りと、興味。
「何処?何処にいるの・・・!?」
探しても探しても、彼の姿は見あたらない。あの漆黒の衣服も、銀色の髪も。
(捕まえなきゃいけないんだ。ちゃんと罪を償ってもらわなきゃいけない。ちゃんと、理由を聞かせて欲しい、私の言葉に、答えを欲しい・・・。
 じゃないと、そうじゃないと・・・。)
任務第一だった筈だった。
ギルドに誓いを立ててから、自分自身に堅く誓ってから、この理念は崩れる事も曲がることも無いと思っていたし、そんな気もなかった。
だが、今の自分は何だ?今の自分は、ただただ個人的な『感情』に先走っているだけじゃないか。
それでも、彼女は走り続けた。足を止めはしなかった。
(納得できません・・・私は!)



ヴァイツは、街のはずれの火が回らずに燃えなかった木に背を預け足を伸ばし座り込んでいた。
「・・・・ぐぅ・・・・・っ、がっ・・・・・!」
体に激痛が奔る。その身に迸る「何か」に身をゆだね、任せたくなる衝動を必死に堪え張り裂けそうな痛みに翻弄される。
額はビッシリと汗に濡れ、強く握っていた腕は爪のせいか血が出ていた。
何とか落ち着きかけてはきたものの、動くこともままならない。
体に奔る「何か」も、完全に消えていた。
(チッ・・・少し無理しすぎたかな・・・。)
蝕まれる体、自分の手をふと見つめ何処か自嘲気味に、笑みがこぼれる。
彼はぼんやりと消えかける意識の中、目の前に写った影にいつものように無感動な声を掛けた。
「・・・・よぅ。」
声を掛けられたその人影は彼に駆け寄ると目線を合わせるように自身も腰を落とした。
「・・・・・っ!!怪我は、デーモンにやられたんですか!?」
クルスはヴァイツの体を急いで触れ、傷を探るがヴァイツはその手をやんわりと退け、
「・・・別に・・・怪我は、無い・・・。少し、力を使いすぎただけだ・・・。」
その言葉にもクルスは安堵の顔は見せなかったが、逆に険しい顔つきになる。
「・・・答えて下さい。私の質問に。」
「・・・・・。」
「何故、貴方は『宝玉』を奪ったんですか?」
「言った筈だ・・・あれは俺にとって必要だった・・・。それに、ギルドは『宝玉』の本当の力を知らない・・・。」
「本当の、力?あれは古代の知識が詰め込まれた物の筈でしょう?」
「・・・それは、その目で確認したのか?」
今度はクルスが黙り込んでしまった。
彼の言うとおり、自分はその解析現場を見たことは一度もなかった。あまりにも強いプロテクトがかけられているからと言う理由で『宝玉』の解析は長老に任せきりだったのだから。
かと言ってヴァイツの言葉はクルスにはにわかには信じられなかった。無理もない。クルスが彼の言葉を信用する理由は無いのだから。
彼は『宝玉』をギルド本部から奪った犯罪者。そして自分は、それを追い捕まえるギルドの一員。
「・・・仮にもしそれが本当だとしても、その『真の力』とは、いったい何なんですか?」
「・・・・お前達には関係ないことだ・・・。意味もないしな。」
「いいでしょう。では次です。・・・何故、・・・何で、貴方は・・・・・。」
一度息を吸い込み、改めて言葉を紡ぐ。
一番聞きたかったのは、これかもしれない・・・。
「何で貴方は・・・関係もないはずのこの街の為に、あんなに急いで奔ったのですか? 放っておけば良いはずでしょう。関係はないのだから。
 ・・・私を助けたように。」
クルスはそう言ってから、黙り込んだ。
彼の、答えを待つためだ。
「・・・・・。」
ヴァイツはまだ痛みと苦しみに苛まれながら、自分を真剣な目で見つめるクルスに向かってゆっくりと口を開いた。
「・・・あの魔獣達が許せなかっただけだ。・・・この街の人たちが何かしたか?何もしてないはずだ。
 だが、奴らはここの人たちを踏みにじり、嘲った。・・・戦う理由はそれで十分だ。」
クルスは何も言わなかった。
意外だとは思ったが、それと同時に、彼ならそんな理由を答えかねない。そんな気が何処かでしていたから・・・。
「俺は・・・俺の信じるままに生きる。誰に従うも無い、俺は・・・俺のまま、この信ずるものの赴くままに生きるだけだ・・・。」
それは、今にも気を失いそうなほど弱った男の口にしたにしては、力強い言葉だった。
何物にも揺るがず、ただあるがまま、信ずるままに生きるというのは決して容易ではない。
人は一人だと、どうしようもなく不安になる生き物なのだから・・・。
「・・・おかしな人ですよね。ひどく人道的なところもあれば優しさもあるのに・・・でも、S級のお尋ね者・・・。」
不思議な感覚だった。本当なら問答無用で彼を捕まえ、輸送すればいいだけなのに。
何故か、彼の言葉を聞きたかった。彼の口から直接、自分の中の疑問に答えて欲しかった。
そして、こういうのは自分の立場からでは本当におかしな話なのだが、彼は、ヴァイツと言う男は、決して悪い男ではなかった。
他人の悲しみを知り、誰かのために怒れる心を持った人。
悪と罪は、必ずしも同一ではないのだ。
(何でだろう。凄く安心した。本当に、何か不思議・・・。)
つい、可笑しくて顔がゆるみそうになる。
けど・・・、残念だが、彼女はギルド捜査官であり、彼は捕まえるべき対象であった。
「・・・大地よ、我が命に従え。」
クルスは静かに「力ある言葉」を放つ。
地精霊の地を引く彼女の命に大地が、その形を変え紡ぎクルスの言葉に呼応する。
「・・・・っ!」
よろけながら背の木に手を掛け立ち上がろうとしたヴァイツの両足、両手に地面の土や石等が枷状になり戒めとなって彼を封じた。
「大人しくしていて下さい。応援が到着次第貴方を本部へ輸送します。」
「・・・・。」
「罪は、罪ですから。・・・貴方がこの街のために戦ったことも、私を救って下さった事も報告します。多少の情状酌量は付くでしょう。」
「・・・。」
「罪を償って下さい。貴方を、悪人とは思いたくない・・・。」
体を拘束され、ヴァイツはただ黙って彼女の言葉を聞いていた。
そのうち、体のダメージからか、彼の意識は闇へと消えていった。


「それ、絶対違うと思います。おかしいですよやっぱり。」
「いいや、これでいいんだよ。そっちこそ変じゃないのか?」
「いーえ、アガートさんの方がぜーーーったい、おかしいです!」
「強情な奴だな・・・。」
「アガートさんに言われたくないです。」
何故かとある話題で押し問答になっている二人。
王都ボウスシェイバーにある大陸を統治する王家の居住する王城の一室。
ちょっとした因果から剣士アガート・ハーキュリーはその王城の中にいた。
しかも、王家室区内、第二王女の部屋に、である。
無論、彼が今面を向かい合わせて対話しているのはこの部屋の主、シンクレル王家第二王女パティソールであった。
「もしかして、王族ってのはそういう風習とか掟とかがあるのか?」
「違いますよ。そんなのありませんって。」
「じゃあやっぱ君がおかしいんじゃないか。」
「ふにゃ〜〜〜っ!違います〜〜〜っ!!」
「にゃ〜、って言われてもなぁ・・・。」

トン、トン

アガートとパティの論争が更に白熱し始めたちょうどその時、部屋のドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「あ、はい。何方ですか?」
「騎士団のレガーシーです、姫。」
「レガーシーさん、開いてますよ。」
「失礼します。」
ドアを開けて姿を見せたのは、紛れもなく王族近衛騎士団長、フィリップ・レガーシーその人であった。
当然かもしれないが相変わらず騎士団を表す青銅色の鎧に身を包んでいる。かと言って、この大岩を荒削りしたような強面にどんな服が似合うのか分からないが。
「どうかしましたか?レガーシーさん。」
パティはいたってのほほんとした口調で騎士団長に問いかける。
レガーシーの物腰から特に緊急や危険な事態ではないことは察知しているようだ。
(ボケボケなだけだと思ってたが・・・なかなかどうして、やっぱりこの娘も王女な訳だ。)
声には出さず、再び内心で彼女に対するイメージを変えるアガート。
声に出したり顔に見せたりしないのは言ったら多分、彼女は自分に向けて不満顔で抗議してくると分かっていたからだ。
レガーシーはチラリとパティの向かい側でソファに座っていたアガートを一別してから口を開く。
「いえ、自分はこれから数名部下を連れギルドの本部へ赴かねばならぬので、ご通達を。」
「ギルド?何かあったんですか?」
「ええ。つい先程例の『宝玉』強奪犯がアーツで捕獲されたとのことです。現在輸送車でこちらに向かっています。」
「えぇ!?あのギルドの本部に潜入して『宝玉』とかって言うのを盗んで行ったっていう、その犯人ですか!?」
「そうです。追跡していた捜査官が捕らえたらしいです。確か、地の精霊士だとか・・・。」
「精霊士さんかぁ・・・。流石ですね、やっぱり。」
「ええ、同感です。」
ふと、レガーシーはパティの目が好奇に満ちているのに気づき、
「・・・・姫様?くれぐれも申し上げておきますが、『見に行こう』などとお考えなさらないように。」
「・・・・あぅっ。」
「考えてたのか?おい。」
肩を落としたパティにアガートが呆れたように呟く。
それから彼は顔を上げレガーシーに
「それで、その前代未聞の窃盗犯はいつごろ首都に着くんだ?」
「うむ、小1時間ほど前に連絡があったのだから・・・・そうだな、もう2.30分後といったところか。」
レガーシーはパティの部屋の壁に掛けてあった『お目覚めカーパンクル時計』を見て軽く頭の中でざっと計算してみる。
「なるほど・・・。よし、じゃあ俺も行こう。」
「何だと?」
そう言ってソファから腰を上げたアガートにレガーシーが一瞬挙をつかれたような声を上げる。
「このどたばたプリンセスの代わりに俺がそいつを見てこよう。それに、万が一の事態に備えて、少しでも人手や戦力はあった方がいいだろう?騎士団長殿。」
「ど、どたばた・・・。」
不平不満に満ちた目をアガートに向け、ポツリと呟くパティ。アガートは・・・・無視した。
一方レガーシーは少し躊躇していたものの、特に自分たちにデメリットは無いと考えて承諾した。
「う、うむ・・・。まあ良い。邪魔だけは、くれぐれもするなよ?」
「承知の上だ。」
アガートは早速出発するというレガーシーに連れられ部屋のドアに歩いて行く。。
「じゃあ、後で感想聞かせてやるよ。」
「失礼します。姫様。」
そう言ってアガートはレガーシーと部屋を出ていった。
一人ポツンと残されたパティは閉められたドアを眺め、納得行かないと言った顔で、一言呟いた。
「・・・・どたばた・・・・・・・・・?」



実際護送車の中の旅路は悪くなかった。
あれからアーツに数名のギルド会員が応援に駆けつけクルスと合流しヴァイツはこの護送車に乗せられた。
両手には対象者の魔力を封じる封紋の施された手錠がしてあり、魔剣も前を行くもう一台の護衛車両の中にある。
おまけに護送車の後部席。つまり護送室にはヴァイツの他に監視員としてクルスが同乗していた。
「・・・・。」
ヴァイツは軽く伸びをしてから首を回したり倒したりして身をほぐす。
体のあちこちでボキボキと骨が鳴り、車内に響く。
「体調の方は大分良くなったようですね。」
「・・・まぁな。」
向かい側に座っているクルスにそう簡潔に答え、ヴァイツは車窓の外を眺める。
(・・・そろそろボウスシェイバーか・・・。)
実のところ、ヴァイツはその気になればこの場から逃げ出すことも決して難しくはなかった。
この手錠も高位の封印術を施されているようだが、フルパワーで魔力を放出すればパンクさせることもできたし、何より前方の車から魔剣をここに喚ぶことも簡単だった。
ギルドの連中は。否、ほとんどの人間は知らないが魔剣と魔剣士との関係とはただ単に魔力によって魔剣を喚んだり操ったりするものではない。
魔剣はその凄まじい力故、使用者を恐ろしく限定する。大抵は手にしても木の葉一つ斬ることもできなかったり無理矢理力を使おうとして逆に自身の命を削ったりする。
つまり、魔剣を使う物とは、魔剣が認めた、いわば『主』であり、その関係は持ち主と物と言うより主従関係に近い。
だから主であるヴァイツが喚べば、その魔力に関係せず、今この場に魔剣が転移してくるのだ。
だが、彼はその二つどちらもする気はなかった。
ヴァイツの目当てはただ一つ。ギルド本部。そして、そこである人物に会いたかった。
そんなヴァイツの思案も知らずクルスは物静かに外を見ているヴァイツに再び話しかけた。
「もうすぐギルドの本部に到着します。現地では王家の騎士団も構えているそうですが、心配はいりません。
 ちゃんと貴方を取り調べて、それから叱るべき処置をします。極刑、とまではいかないでしょう。」
「・・・。」
ヴァイツは黙ったままだった。外を向いたまま、振り向きもせずに。
クルスもそんな彼の振る舞いにも慣れたのか怒ることもなく、続けて
「あなたが私を助けてくれたことやアーツを襲ったデーモン達を退治してくれたことも全て報告するつもりです。情状酌量もつくでしょう。」
それを聞いて、初めてヴァイツは車両の中で彼女に目を向けた。
「・・・いいのか?そんなこと言えばあんたの評価に傷がつくんじゃないか?」
ヴァイツの口調は相も変わらず冷たい響きだったがクルスはそのセリフを聞いて可笑しそうに、少しだけ笑った。
「別に。私は出世のために働こうなんて考えていませんし、事実は事実ですから。」
「・・・そういうもんか。」
「そういうものです。」
「そうか・・・。」
「そうです。」
「・・・・・・・・・。」
妙なやりとりだった。
ついさっきまで追跡劇を繰り広げてきた同士とは思えないほど、二人の間の空気は静かで穏やかだった。
クルスはいつも通り生真面目に厳しい顔つきでヴァイツを護送していたが、どうしても彼に興味を抱く自分を押さえることが出来なかった。
別に、一目惚れと言う事ではなかった。言葉では説明しづらい、不思議な感情。
彼のことを何も知らないのに、自分の中には彼に対するあの種の信頼にも似た物があった。
彼は決して悪い人間ではない。どちらかと言えば・・・やさしい人。
クルスは単純な女ではない。知性も教養も高く、理知的で合理主義な性格だ。職務にも忠実で非常に生真面目な性格と言えよう。
それに職務のためなら、と言って権威を振りかざしたり強引な捜査もしない。
正方向で真面目。そのため周りからの信頼も非常に厚く、下士官や同性からの人気は非常に高い。
そんな彼女が犯罪者であるヴァイツにこのような感情を、しかも出会ってまだ数日しか経っていないと言うのにも関わらず・・・・。
(駄目よクルス。私はギルドの捜査官。使命をちゃんと果たすことだけを考えて。)
どこかで必要以上にヴァイツに興味を抱いている自分を自制し、クルスは自分の仕事のみを考えることにした。
もうすぐ本部。そこに着けば自分の捜査任務も終わりなのだから。



アガートとレガーシー率いる騎士団の面々がギルド本部に到着したころには既にギルドのメンバー達も外に待機していた。
騎士団に気づいたギルド員達は軽くこちらに向けて会釈をしてくる。その中から一人の男がレガーシーに歩み寄ってきた。
「ご苦労様です。騎士団の皆様。ギルド室長のダレス・ハーフシェルです。」
「自分は騎士団長のフィリップ・レガーシー。しかし、流石ですなその精霊士殿は。S級お尋ね者を予想以上の早期逮捕とは。」
「えぇ。私としても自慢の部下です。」
巨漢でガッチリとした顔つきのレガーシーと対照的にスラリとスマートな物腰と容姿のダレスが並ぶとどこか滑稽な図であったがギルド幹部と騎士団長がこうして対面するのは月に一度の国内会議ぐらいのものであり、かなり珍しい光景であった。
そうこうしているうちに首都の外壁門が開き、2台の車がギルド本部前からでも肉眼で見える距離にやってきた。
一台は前を先導する護衛車両。もう一台は護送車だ。
「来たようですな。」
「ええ・・・。」
レガーシーとダレス。それに騎士団、ギルドの面々も表情が少しこわばる。
(さて、見物させてもらうか。ギルド本部に潜入盗み出した前代未聞のS級お尋ね者君を。)
レガーシー達の少し後ろからアガートは興味深そうに護送車の到着を待っていた。



護送車がギルド本部の前に到着する。それと同時に騎士団とギルドの魔術師達が周囲を囲み警戒態勢を作る。
最初に車から降りたのは運転手役のギルド員だった。
そして、それから後部の扉が開き、手錠をかけられた銀髪相違眼の黒服の男が降りる。
最後に栗色のショートヘアの少女が黒服の男のすぐ後ろから出てきた。
ダレスは黒服の男に近寄ると男の顔を確認し、近くの部下に声を掛ける。
「連れていけ。取り調べをする。」
「はっ。」
「尋問は私が直接行う。管理者としてそれぐらいせねばな。」
ギルドの下士官達はそれを聞くと黒服の男の腕を両側から掴み連行して行く。
残されたクルスにダレスはポン、と肩を叩き
「ご苦労だった。流石だなクルス・ブラーエ。君の今回の功績は非常に大きな物だ。もしかすると昇進、と言うこともあるな。」
「はっ。ありがとうございます。・・・・・ですが・・・。」
声を掛けられたショートヘアの少女、クルスは語尾を濁しどこか気まずそうに
「あの、それであの人・・・、ヴァイツ・クロフォードはどうなるんでしょうか?」
「それはこれからの取り調べしだいだな。」
ダレスの口調はあくまで事務的だ。そう、本来これが正しき姿の筈だ。
クルスもそう思ってきた。・・・今までは。
(どうしてだろう・・・。私、いつの間にか迷ってる・・・。)
ギルドに大きく貢献したと言うのにクルスの心中は決して晴れなかった。



「・・・あの男か。随分細い男なのだな。」
「あんたがごついだけだろう?」
騎士団は連行されて行く『宝玉強奪犯』を眺めながらそんな談笑をしていた。
形式的とは言え、これでもう自分たちの仕事は終わったのだから。
(随分、大人しくつかまったじゃないか・・・。このまま何事も無ければいいんだけどな。)
アガートの目は黒服の男に油断無い眼差しを送っていた。
本能的、とでも言うのだろうか。これから先、あの男とはまた何処かで出会う気がする。
そんな予感が、彼の中に渦巻いていた。
そんなアガートの心中に、視線に気づいたのかのように、本当に不意に。ギルドの下士官達に連れられ歩く黒服の男の顔が、騎士団の佇むところに向かれた。
いや、正確には、騎士団の中の、一人の、もう一人の黒服の男に。
(・・・・あの男。)
銀色の視線と赤と蒼の視線がぶつかり合う。
そのやりとりはほんの一瞬だっただろうが、アガートにしたら2.3分ほどにも感じられた。
(・・・何もなければ、とは行かないかもしれないな・・・。)



「お〜、着いたぞ、首都だ。」
「見りゃ分かるっての・・・。で?何処なんだよ、古代遺産関係に詳しいって言うその店は。」
「ああ、大広間の近くだ。一見するとボロっちぃ店だけど古代文明に関する品物や古代道具に関しちゃあかなりの腕利きだぜ?」
「うきゅぅ〜〜・・・・。」
「おいおいキャリー。まだ酔ってるのか?」
「まぁ、慣れない人にはカーパンクルでの長距離移動はちと辛いわな。平気?キャリーちゃん。」
「平気・・・・だと思う・・・。う〜・・・、他に移動手段無かったの、ルシア〜・・・。」
「金がねぇっての。ファーウェルからボウスシェイバーまでいくらかかると思ってんだよ。」
「まぁまぁ。何はともあれ到着したんだ。少し休んだら早速この『鍵』を調べに貰いにいこうぜ。」
首都ボウスシェイバーの外壁門に3人の男女がやってきた。
尻尾状に黒い長髪を結んだ白いコートの青年と金髪三つ編みの魔法学校の制服に身を包んだ少女。
そしてややシワだらけのブラウンのレザージャンパーの茶短髪の青年。
ルシア一行もまた、首都ボウスシェイバーに到着した。



               −回り始めたは、運命の輪。−



          −けど、それはあくまで前兆。それは全てではない。−



    −それぞれはそれぞれの道を選び、進んで行く。己の信ずるまま、想いのまま・・・。−



      −たとえそれが、どのような結果を生むことになっても・・・。−





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