「ラストソング」 〜第八話 「ギルドの闇」〜


ダレスが最厳重牢のゼクロスの元に再びやってきたのはヴァイツの取り調べを一通り終えた後だった。
ゼクロスはダレスからの報告を一通り聞き終え嬉しそうに口元を緩ませる。
「ふ〜ん・・・。あれだけの数のデーモンを。なるほど、ますます腕を磨いているみたいだね彼も。」
「そうだな。・・・・それでどうする?私としてはギルドへの面目上『宝玉』を奴から取り上げねばならないが・・・。」
「だろうね。でも、長老やギルドの上の連中はもうとっくに気づいてるみたいだよ?あの日ギルドから無くなったのが『宝玉』だけじゃないってことには。」
「あぁ。・・・そろそろ、だな。」
その言葉に薄紫の髪の青年が楽しそうに笑みをこぼす。その外見同様に少し幼く、だがどこか禍々しく邪悪な。底冷えのする笑みだった。
「ま、とりあえずは彼と会わせてよ。僕の愛しいあの彼に。」



「クルスさん、聞きましたよ?凄いじゃないですか!」
クルス・ブラーエがその声を聞いたのはちょうど報告を終えギルド本部の通路を歩いていたところだった。
彼女に駆け寄ってきた下士官の少女は瞳を輝かせて彼女に今にも飛びつかんばかりに詰め寄る。
「『宝玉』をこんな早く奪還するなんて凄いです、凄すぎです!」
「あ、でもまだ『宝玉』が返ってきたって決まった訳じゃないし・・・。」
謙遜する事もなく、クルスは本心からそう答える。
そう、取り調べは受けたものの、ヴァイツの所持品の中に『宝玉』は無かったのだ。
売り払った、とは考えられない。あの強奪事件から直ぐにギルドは大陸中の店に情報提供と懸賞を出していたのだから。
「そんなの、あの凶悪犯をギュ〜〜〜っと絞ればすぐ吐きますって。」
「・・・。」
クルスは困ったように苦笑した。流石にここで「彼は悪い人じゃない」とは言えなかった。
確かに彼、ヴァイツ・クロフォードはクルスを助け、アーツの街を襲ったデーモン達を倒した。
かと言って彼の行った行為はどう言い繕っても犯罪である。
人々が彼を凶悪犯と呼ぶことにも無理も無く、ごく自然な反応と言えた。
それに比べ助けられたとは言え、追うべき対象に対し好意的な感情を持っている、まさにギルドの中でも優等生、エリート的な立場のクルスらしからぬ事であった。
(やっぱり、私の方がどこかおかしいのよね・・・。)
クルスが内心そんなことを考えてると、下士官の少女は思いだしたように
「そう言えば・・・あの強奪犯。どうやって『宝玉』のある場所を知ったんでしょうね。」
「え?」
危うく聞き逃しそうな、そんな何気ない発言ではあったが言われてみれば、そうである。
「だって。その男は真っ直ぐ『宝玉』のある部屋に侵入したんですよね。他の部屋や区域に荒らされたりした形跡も無かったですし・・・。基本的に古代の遺産とか、そういう貴重な物は一部の人しかその隠し場所を知らないはずでしょう?」
そう。ギルドでは危険な遺産の流出や盗難を避けるためそう言った魔力の強い品物や遺産は魔道具管理班か幹部以上の人間しか知らないはずだ。
ギルドに賊が侵入しない理由の一つは、その物品管理の徹底と秘密主義によるものがある。
一般人はおろか、ギルドのメンバーでも、貴重な品物の保管場所は知らされていないのが基本である。
そして、そんな状態にも関わらず、ヴァイツは迷い無く『宝玉』を奪っていった・・・。
そう、つまり考えられることは一つ。
(ギルドの関係者が、彼に情報を流した・・・・。)
クルスの中で、それまで靄の掛かっていた何かが朧気に見えてきた。
「もしかしたら・・・・。」
そう考えると、どこかつじつまが合う。だが、しかし・・・。
自分は何を考えている?
今まで信じてきた、忠誠を誓ってきたギルドに疑いを持っている?
そう、こんなのはおかしい事だ。凄くおかしい。だが、それでも・・・。
(何か・・・私たちが思っている以上に今回の事件には物凄い裏が隠されてる・・・・そんな気がしてならない・・・。)
クルスは足を止め逆方向に振り返ると隣を歩いていた下士官の少女を置いて走る。
「え、ク、クルスさん!?何処に行くんですか!」
「ごめん!ちょっと確認したいことがあるの!」
ぽかんとしたまま立ちつくす少女にそう言い残しクルスはそのまま去っていった。



ヴァイツが最厳重牢に連れられたのはギルド本部に着いてからおよそ4.5時間後の事だった。
ダレスによる尋問。経歴の調査等々・・・。
だが、それでも結局『宝玉』の在処も彼の素性も一切判明しなかった。
ギルドはいったんヴァイツを牢に入れ調べ直しを計ったのだ。
(ひとまず・・・やれやれ、だな。)
最厳重牢の中でヴァイツは軽く伸びをしてから辺りをうかがう。
魔剣も取り上げられ丸腰の状態。しかもここでは魔力を使用できないために黒き焔を使う事もままならない。
幸い、手錠は既に外されてはいたが・・・。
牢屋の中は至って静かだった。
防音設備もさることながら何よりギルド本部の高所に位置しているため、窓から見える風景も高く街のざわめきも人々の喧噪もここまでは聞こえないのだ。
(これからどう動くか・・・)
勿論ヴァイツにじっとしている気は無かった。大人しくここまで連行されて来たのも消耗していた状態で騒ぎを起こすのは懸命ではないと判断しただけであった。彼にとってこの牢から脱出する事は不可能ではない。
冷たい床に尻餅をついているため少し肌寒さは感じるが立っているのもどうかと思い、ヴァイツはそのままの姿勢で再び思考を巡らせた。
さっきから頭の中でひっかかっているのは、あの時アーツ市街を襲ったデーモンの群れ。そしてミドルデーモンの断末魔の言葉。
(・・・ゼクロス・・・。)
その名を心の中で噛み締めるように呟く。自然と握った拳に力が入り、爪が掌に食い込む。
知らない名前では無かった。そしてやりかねない男だと言うことも、彼は知っていた。
魔獣を召還、使役し何の罪もないアーツの人々を絶望と恐怖のどん底に叩き落とした男。
(闇の召還術師、ゼクロス・オルタネート・・・。)



――いいよ。素晴らしいよ君は。混血であるがための無限の成長性。進化への可能性。


――君はこれから先この一族をも越える進化をする可能性を秘めているんだよ。もっとも、その混血故の、不完全な君だけどね。



――「月下の咆哮」(ハウリングムーン)か・・・。確かにそれなら僕を倒せるかもしれないけど、君に扱えるのかい?その状態でさ。



――僕を殺したいかい?いいよ、なら強くなるんだ。さらなる力を、何もかもを凌駕する力を。そしてそれは僕の望みの糧になる。



「ゼクロス・・・・・!」
赤と蒼の鋭い眼差しに冷たい決意と殺気の光が宿る。不思議な感覚だ、頭の中は氷のように冷静なのに胸の奥では荒れ狂う嵐のように闘志と憎しみが渦巻いているのがよく分かる。
(俺にはもう失う物など何もない・・・。俺は、お前を倒せればそれでいい・・・!)



「はぁ・・・。」
一息呼吸を整え、目の前の扉に向き合う。心の準備は整った。後は手を伸ばしこのドアをノックするだけ・・・。
そう、ギルド最高峰、長老室のドアを。
(私みたいな下士員が直接行ったらゃっぱり怒られるかな。でも下手に室長方に言っても・・・。)
心の中で再度自問自答。決心は揺るぎなく。手を伸ばす。拳を握り、軽くドアに・・・。
「何か用かね?」
「ひゃっ!?」

ドムッ!!!!

不意に背後から声を掛けられ思わず力んでしまった拳はそのまま上質のメトル木でできたドアに大穴を開けた。
「ち、長老様!?」
クルスが振り返るとすぐ後ろにローブ姿の老人が立っていた。
老人、と言っても70代半ばと言ったところで何より実年の数倍若々しく見える。
老獪さと温情を併せ持ったような柔らかい物腰と顔つきに肩からギルドの紋章の入ったマントを羽織っている。
「おぉ、長老じゃぞ?」
慌てふためくクルスに対し大らかに笑い声を上げるこの老人こそ、このギルドの最高権力者。
長老ギルバード・ステイメンである。
「あ、ぃえ、その・・・少し報告したい事がございまして・・・あぁドアっ!?」
すっかり心の準備を崩されたクルスはいきなり現れた雲上人の前で一人コントを繰り広げるハメになった。
「あ〜、とりあえず中に入らんか。ゆっくり聞こうじゃないかね。クルス・ブラーエ」
「私をご存じなのですか?」
いきなり自分の名前を出されクルスはいつもの冷静さを取り戻す。
「無論じゃよ。儂を誰だと思っとる。このギルドの創設者じゃぞ?」
長老ギルバードは胸を反らし大口を開け笑い飛ばす。長老と言う肩書きからすれば、かなり気さくな人物のようだ。
「クルス嬢ちゃんとは一度ゆっくり話もしてみたかったしのぉ。この世界でも100人と居らぬ精霊士であり非常に優秀な団員だとな。」
「あ、ありがとうございます・・・勿体ないお言葉です。」
「そして、『宝玉』を見事逮捕した・・・・のぉ。」
「・・・・。」
「話とはその事じゃろ?」
「・・・本当に何もかもお見通し。と言うわけですか。」
長老はそこで再びカッカッと笑い、ニンマリと宝物を自慢する子供のような笑みを見せた。



「なるほどのぉ・・・。」
「私もギルドに所属する身、こんな事は考えたくも無いのですが・・・。」
「だが、目の前にある真実は変わらぬよ。クルス団員。」
長老室のソファーに腰掛けハーブティとクッキーの乗ったテーブルを挟むようにクルスと長老はお互いそれぞれ沈黙する。
「『宝玉』の在処はギルドでもごく限られた者しか知り得ません。そしてヴァイツ・クロフォードは正確に『宝玉』の在る部屋に侵入した。荒らされた形跡も無く。」
「つまりギルドの中に情報を流した者がいると言うことじゃな。それも、下士官ではなく幹部クラスの内密者が。」
「どうしても、そうなりますか・・・。」
クルスは今日この部屋で何十回目かの溜息をもらす。一方の長老は暢気に顎髭をさすったりしている。
「それも大問題じゃが、クロフォード殿が来るとは・・・ワシにはそっちの方が驚きじゃわい。」
「・・・?長老はあの人をご存じなのですか?」
「ふむ。なに、ちょっとした・・・の。」
「?」
疑問符を頭上に浮かべ始めたクルスに長老は話題を変え逆に問いかける。
「クルス、君は彼の事をどう思うかね?」
「それは、人間性を。と言うことですか?」
「個人的な感情でも構わんがの。」 「・・・・・悪い人では無い。そう思いました。捜査官としては失格かも知れません。ですが私には彼が、ヴァイツ・クロフォードがただ単純な私利私欲のために犯行に及んだとは・・・思えません。これが素直な私の感想です。」
「精霊士は精霊の血を直接引いている事から常人より遙かに自然や目に見えぬ感受性が強い。おそらく、君の感じたそれは間違いでは無かろう。」
「・・・やはり知ってるんですね長老は、あの人のことを。」
クルスの言葉に長老はゆっくりとソファーから腰を上げ、やれやれと背筋を吊るように伸びをする。
「付いてきなさい。君は真実を知る権利があるようじゃしな。」
長老の言葉にクルスも立ち上がり、後に続く。
(やっぱり長老様にお話して良かった・・・。流石はギルドの創始者、凄い人・・・。)
「ああ、そうそう。」
ふと思い出したように長老が足を止める。部屋のドアの前で。
「扉の修繕費は、ちゃんと頂くからの。」
「・・・・・。」
クルスは心の中で密かに前言撤回した。



「ここ、だよなぁ。」
ルシアは目の前に聳える建物の壮観さにやや後ずさりながら呟く。
「私、首痛くなっちゃったよ。」
今までずっと建物を見上げていたキャリーがブルブルと三つ編みを振り回すように首を振る。
「そりゃあ全大陸に支部を持つギルドの本部なんだ、これぐらい偉そうな外見じゃねぇと。」
田舎者丸出しなルシアとキャリーに対しロナードは以外にも冷静だ。
「ロナードさん、ここに来たこと在るんですか?」
「まあね。遺跡で拾った魔道具の換金程度ならな。」
「本部で換金かよ。ま、この国には本部があるせいか支部が少ないからなぁ・・・。」
「そんな事より早く行こうよ。『これ』を調べて貰いにきたんだから。」
キャリーはミラ遺跡で拾った『鍵』をポケットから取り出す。
「意外に値打ちモノだったりしてな。未開発区域で発見された鍵・・・。いいねぇマロンだねぇ♪」
「マロンは栗ですよ・・・?」
「んでもって、仮にそうだとしてもお前にゃ分け前ねぇぞ。」
「んなっ!?」
冷ややかにボケ殺された上に辛辣なルシアの態度。ロナードは思わずうなり声を上げる。
「お、俺だって活躍したじゃん!」
「でもロックゴーレムも闇コウモリも倒したのは俺だぜ。」
ニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべロナードで遊ぶルシア。そこに二人の漫才を黙って聞きながらその横に並んで足を進めていたキャリーが思い出したように横にいるルシアに向き直る。
「あ、そうそう。ついでにルシアのあの変な力も調べて貰ったら?」
「変な・・・?あぁ、あの光の剣の事。」
「変って言うな、助けられた奴らが。」
ジト目で二人を睨むルシアに対しキャリーとロナードはわざとらしく視線を背ける。
「・・・別にいいよ。面倒な事になりそうだし、これと言って問題在るわけでもねぇしよ。」
「でも、もしかしたらルシアの事何か分かるかもよ?ほら、少しでも記憶が戻せるかも・・・。」
名案とばかりにパンと手を叩く。
「・・・別に、自分が何者かなんて今すぐ知りたいって訳じゃねぇよ。ゆっくり俺のペースでやってきてぇんだよ。」
ルシアはポム、とキャリーのブロンドの頭に軽く手を置きいつもの少しひねくれた笑みを見せる。
「そっか・・・・うん、そうだね。」
「そのうち思い出すだろ、きっとこの力も大したオチじゃねぇさ。」
少しだけ後ろから付いて歩いていたロナードはそう言ってキャリーの三つ編みを掴み虐め始めたルシアに普段の気軽さの無い鋭い視線を送っていた。
(当人はそう言ってるけどよ、俺はお前にかなり興味が沸いてきたぜ?ルシア・アルシオン。)
その心の中の呟きは誰に聞こえる事もなく、静かにロナードの内に止め消えていった・・・。



          ――集うのは己の意志か、はたまた天命か。――



        ――運命という名の暴風は容赦なく彼の者達を吹き付ける。――



         ――まだ、彼らは知らない。自分達の近い未来を。――



       ――「偶然」と「信念」によって奏でられし、「協奏曲」・・・――





  一覧