「ラストソング」 〜第九話 「交差点」〜


「えっと・・・・た、たのも〜〜〜っ!!」
がすっ
「それじゃ道場破りだろうが。もっかいボケたら叩くぞ?」
「もう叩いてるじゃない〜・・・うきゅ〜・・・」
「ほれ、それじゃやり直し。」
「う〜んと・・・・お、お届け物です〜!」
どすっ
「痛っ〜!もう、女の子の頭ペシペシ叩かないでよ!さり気なくさっきより強いし」
「お前狙ってねぇか?ホントに狙ってやってねぇか!?」
「だって、ギルドの本部なんて緊張するに決まってるじゃない・・・。」
頬を膨らませ非難の眼差しを送るキャリーとその視線を無視するルシア。
二人は今首都にあるギルド本部の正面口前にいた。
ちなみに、何故かルシアの手には厚紙製のハリセンが握られていたが・・・。
「ったく・・・だいたいチャイムもねぇのに何で郵便ネタにいくか?」
「ネタじゃないわよっ!緊張してるんだってば」
「物凄い緊張感のない緊張だよな・・・」
後ろの方で二人のやり取りを今まで黙ってみていたロナードがポツリと呟く。
「ルシアもキャリーちゃんも。こんなところでコントしてないでさっさと行こうぜ?」
そう言って二人を尻目に一人スタスタと本部の中へと足を進めていくロナード。
「いつまでもこんなところで漫才してたら不審者扱いされてしょっぴかれるぜ?」
「・・・・。」
「・・・・。」
ルシアとキャリーはしばらく顔を見合わせ、思い出したように後を追いギルド本部の中へと踏み込んでいった。


アガートは再び王城へと戻ってきていた。ちなみにレガーシーやその他王家の騎士団達はまだギルド本部に残っている。色々と手続きが残っているらしいので彼だけ一足先に戻ることにしたのだ。
(とは言え、律儀にお姫様に報告に行く義理も無いんだけどな)
心の中で軽く呟き、さきほども訪れた王室区域の扉の前にやってくる。
2度目とは言え、相変わらず豪華な装飾が施された巨大な扉を前にアガートも微かな躊躇すら感じる。
ゆっくりと扉を手で押すとその大きさにしては軽い力で開かれ、更により一層豪華なその室内が彼の目に飛び込んできた。
扉が開いたことに反応し部屋の中にいた彼女とアガートの視線が重なるのはほぼ同時だった。
「あ、おかえりなさい。どうでした?例の凶悪犯。」
「おかえりなさい、って言うのは変だろう?俺は王族じゃあない。」
彼を出迎えた金色の長髪の少女、パティはそんなアガートの言葉も意に介さず彼の手を引き部屋のソファに半ば力任せに座らせる。
聞いているだけだと到底分からないが、これがこの大陸を統治する王家の第2王女パティソールその人である。もっとも今はただの野次馬だが・・・。
「そうだな、想像してたようなのとは、ちょっと違ったな。」
「と、言うと?」
パティはアガートの話に興味津々とばかりにソファの隣りに腰掛け顔を覗き込む。
「年の頃は俺と同じか、もう少し若いかも知れないな。静かな男だったよ。・・・一瞬目があった。」
「そ、それで・・・?」
(あの人混みの中で俺にだけ目を向けやがった・・・。あの男、大人しく捕まったままでいるか?)
「あのアガートさん?それで、その続きは?教えてくださいよ〜〜。」
「ん?あ、ああ・・・。思った以上に・・・・危険だろうな、あの男は・・・。」
「危険、ですか。」
「・・・・このまま何も起きなければいいけどな・・・。」
アガートは思わずそう呟いたが、彼は「何も起こらない訳がない」と言うことを既に察知していた。
「アガートさん、恐い顔してます。」
「ん?ああ・・・・そうか?」
パティに言われ思わず自分の顔を触る。
考えすぎだろうか・・・頭を軽く振り懸念であることを願いつつパティに向き直る。
「さて、他に聞きたいことはあるか?」
「そうですねぇ、もう十分です。」
「そうか?聞きたいことがあったら今のうちだぜ?こっそり抜け出して見学しになんて行ったらそれこそ大目玉だぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、はい。大丈夫ですよ♪」
「なんだ、そのえらく長い間は。」
ちなみにこの後しばらく二人は「カレーにソースをいれるのは邪道か否か」について激しい討論をしたのは、また別の話である・・・。


クルスと長老ギルバードがヴァイツの留置されている最厳重牢に付いたときには既に先客がいた。
「ダレス室長?」
「クルスか、それに長老まで・・・。どうしたのです?貴方様がこのような場所に。」
先客、ダレスはクルスの横にいる長老に気づくと超然とした口調で問いかける。
ダレスがいかにギルドの幹部とは言え相手はギルドの最高権力者、長老ギルバードである。クルスの目から見てもダレスには悪いが・・・彼と長老とでは威厳も風格も、何もかも格が違う。
もっとも、この大陸でこの長老以上の権力を持っているのはせいぜい王家ぐらいなのだが。
「なに、ちと面会したい者がおってな。話でも出来ればと思ってのぉ。」
「・・・ヴァイツ・クロフォードですか?」
ダレスの言葉にクルスは微かに驚きの色を見せるが長老は涼しげに
「おぉ、そんな名前じゃったかの、単身ギルド本部に忍び込み盗みを働く勇者の顔をこの目で一度見たくてな。お前さんは何の用かね?」
「私もあの男に用があるのです。奴が奪った『宝玉』は今だ発見されていない。まだ本格的な尋問の手続きは完了しておりませんが出来る限りはしておくべきかと。」
「そうか・・・。ふむ、では儂らはまた時間を改めて来るとしよう。」
「いえ。長老のご用事ならば、お先に。」
「いやいや、いいんじゃよ。儂らはまた時間を改めることにする。」
「そうですか。」
「ダレス・・・。」
ダレスが軽く頭を下げ最厳重牢の扉に手を掛けたところに長老が思いだしたように声を掛ける。
「お主はとても有能な幹部だ。常に君の出す結果は完璧だ。」
「・・・もったいないお言葉です。」
突然突拍子もないセリフに思わず怪訝そうな表情を、と言ってもほんの僅かの変化だったが。
そんな表情を浮かべダレスがポカンとしていると
「いやいや、いいんじゃよ。年寄りの戯言だと思っとってくれ。」
そう言うなりスタスタと180度回れ右して歩いていくギルバードにそれまで二人の大上司のやり取りを聞いていたクルスは数秒間をおき、慌ててダレスに一礼するとギルバードの後を追っていく。
「・・・。」
そんな二人の後ろ姿を神妙な眼差しで眺め、二人の姿が遠のくと彼は最厳重牢の扉を開き、その中へと消えていった。



「クルス、お主は今回の宝玉の一件についてどう見てる?」
元来た道を並んで歩いているクルスに長老が不意に尋ねかける。
その口調は世間話をしているような軽いものであったがクルスは生真面目に瞬時に頭の中で事件の全容を整理し、一瞬躊躇したが自分の中の疑問点を口にした。
「・・・・考えたくはありませんが、ヴァイツ・クロフォードが宝玉の在処を事前に察知していた事は明確です。つまり、これはギルド内部に内通者がいたと言う可能性が・・・強いと思っています。」
「ふむ・・・。それも、かなり重要なポストに立つ人物、という線が濃いのぉ。」
髭を撫でながらあくまで呑気に言ってのける長老にクルスは器の大きさと観察眼の鋭さに内心敬服しながら、それでも何も動きを見せない上層部に小さな不満を覚えた。
「長老、あの・・・。」
「ああ、すまないが儂はここらでまた戻らねば。早めにと言われておった書類をサボってきたものでのぉ。」
「えっ?あ、はい・・・。承知しました。では、ここで。」
相変わらずつかみ所のない長老の言動にいまだに慣れないクルスは慌てて敬礼し、スタスタと去っていく長老の後ろ姿を見送った。
(もしかして、上手いこと話を逸らされたかしら。)
敬礼の手を降ろししばらく長老の去っていった方向をぼんやりと見つめながら心の中で小さくそう呟いた。



「ここがギルド本部かあ・・・。」
「うきゅ・・・・広いよ、大きいよ、綺麗だよぉ。」
「そりゃあ、狭くて汚い本部なんて威厳も風格もへったくれもねぇもんなぁ。」
田舎者丸出しで中をキョロキョロと見回すルシアとキャリーに対しロナードはスタスタとハンター対応受付に向かい歩いていく。
「あ、おい。置いてくなよ!」
「あんまりはしゃぐなよ。こっちが恥ずかしいじゃんかよ。」
「うきゅ・・・・ごめんなさい。」
「あぁ、キャリーちゃんはいいんだよ♪見苦しいのは野郎だけだから。」
「・・・・殴って良いか?いいよな。っつーか殴るぞ。」
「ギルド本部で喧嘩しないでよ〜。」
拳を振り上げかけたルシアに慌ててキャリーが二人の間に入る。
「ああ・・・やさしいねぇキャリーちゃんは。どこぞのガラの悪いチンピラ居候とは大違いだ。」
「具体的すぎて嫌み通り越してらぁこん畜生。」
睨み付けるルシアから逃げるようにロナードはミラ遺跡最深部で入手した例の「鍵」を持って受付にスタコラと逃げていく。
「ったく・・・。」
受付の事務員と何やら話しているロナードを眺めつつルシアが軽く嘆息する。
「ルシアとロナードさん、仲がいいのか悪いのか分かんないね。」
「あんなスチャラカパーと同一するな。」
ぺしっ
「うきゅっ!叩いたあ、ルシアが叩いたあ!」
キャリーが叩かれた頭を押さえルシアを見上げながら非難の声を上げる。
「こらこら、キャリーちゃん虐めるなよ。」
「いいんだよ。躾だ、躾。」
「家賃・・・・。」
「ごめんなさい許して下さいもうしませんお代官様。」
毎度の事ながらあっさり平伏するルシア。ロナードはそんなやり取りに可笑しそうに笑いを含んだ声で
「ああ、この「鍵」なぁ。ちょいと掘り出し物かもしれないぜ?」
「どういうことだ?」
ロナードの言葉にルシアとキャリーも改めてロナードの手の「鍵」を眺める。
「どこの遺跡にも無い物質で構成させているそうだ。しかも本格的な設備でないと解析もできないってよ。」
「あの遺跡にそんなもんが・・・。」
「もしかして、世紀の大発見とか?」
「まっ、これでそこいらのハンターの落とした家の鍵とか。って言うファンタスティックなオチは逃れられたな。少なくとも。」
「それはそれで笑い話にゃなるけどな。」
「ロックゴーレムまで相手にして笑いとってもしょうがないよぉ・・・。」
3人がしょうもない談話を続けていると受付の事務員が誰か別の人間を呼んできた。
「お待たせしました。よろしかったらもう少し詳しく話をお聞かせいただけませんか?解析にも時間がかかりそうですし入手した経緯もこちらとしても知りたいので。」
やって来たのは受付にいる事務員とはあきらかに服装の違う女性だった。
「え、えっと・・・貴女は?」
「申し遅れました。私ギルド所属精霊士クルス・ブラーエと申します。」
ぺこりと軽く頭を下げ会釈するクルス。普段は緊迫感のある捜査官として働いているためやや堅い印象の強い彼女だが実際は礼儀正しく実直で穏やかな性格なのである。
ましてクルスは女性にしては身長も高い方でスタイルも非常に良く常日頃からひねくれ者のルシアでさえ軽い緊張を覚えてしまうほどであった。
キャリーも自分の体を見下ろしクルスと交互に見比べ小さく溜息などをついてたりする。
ロナードはロナードでお約束とばかりに素早くクルスの手を取ったりなんかしてたりする。
「ロナード・エアハルトです。時間ならいくらでもありますからご心配なくクルスさん。ささ、何でも聞いて下さい。貴女になら事務室だろうと牢獄だろうとゴミ焼却除だろうとついていきます。」
「いっそゴミに出されろや。」
「ロナードさん、わかりやすすぎ・・・。」
ルシア達のいつものやり取りにクルスも困ったように苦笑してしまう。
「ええ、では事務所の方でお話をお伺いできますか?」
「もちろんですとも。」
「・・・・まっ、異存はねぇよな。キャリー」
「うん。」
先を歩き出すクルスとそれをピッタリと追いかけるロナードに続きルシアとキャリーも歩き出す。


        −動き出した歯車はもう誰の手にも止めることは出来ない。−


         −運命に静止は無い、ただあるのは邂逅とと別離。−


       −「偶然」はやがて「必然」と化し「運命」へと昇華する。−


         −自らの足にて踏み出したその一歩。交差点は、今。−





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