「ラストソング」 〜第十話 「両雄激突」〜


事務室のテーブルを挟みクルスとルシア達はソファーにゆったりと腰を下ろす。テーブルの上には事務員が用意してくれたアップルティーとクッキーが鎮座している。
「そうですか、お二人方はファーウェルから。」
『鍵』の調査の間軽い形式的な身元調査と入手の経緯を聞くためクルスは3人からメモを取りながら話を聞いていた。
「キャリーさんはファーウェル2番街住宅街在住・・・と。魔術師学校の2年生ですね。」
「あ、は、はい。」
幾分か緊張してるのか、キャリーが慌てて返答する。クルスはクスクスと微笑しながら今度はルシアに視線を移し
「ええと、ルシア・アルシオンさん、ですね。貴方は・・・正式な住民登録はなされてないようですが?」
「ああ、こいつは拾いモノですから。」
がすっ
「のぉっ!?」
隣りに座っていたロナードの脇腹に無言の肘鉄がめり込む。
「ああ・・・俺は・・・・。」
どう説明していいのか、と困り顔で思案するルシアに横からキャリーが助け船を出す。
「あ、この人は2年前に近くの森に倒れていたんです。その前の記憶も無くしてて、だから・・・。」
話しながらちょっと胡散臭いかなぁ、等とも思ったが実際真実なのだから仕方ない。
クルスも少し訝しげにルシアを眺め、当のルシアは記憶喪失の人間らしからぬあっけらかんとした態度で居る。
(・・・もしかして、疑われちゃってるかなあ。)
(あっさり信じちまうような奴でもそれはそれで問題だけどなぁ。)
思わず耳打ちする二人に対しクルスは以外にも数秒考え込み、ニッコリと社交的な笑みで返した。
「そうですか。そう言えば以前そんな話を聞いたことがあります。ファーウェルで行き倒れの記憶喪失者がいた、と。
貴方だったんですね。」
「おや、意外に有名人?」
「現在は民家の一室を間借りしハンター家業をしているそうですね。確か。」
「居候、でいいんですよ。」
どすっ
「はうっ!?」
思い切り足を踏まれロナードが小さく声を上げ悶える。
「・・・ま、そんなもんです。」
「・・・はい、結構ですよ。じゃあ、次はそちらの・・・。」
「俺ですね?」
足の痛みも忘れたようにクルスの視線を受けると瞬時に座り直し姿勢を正すロナード。
「ロナード・エアハルト20歳。生まれも育ちもボウスシェイバー。趣味はトレジャーハント特技はスリーサイズ当て好みのタイプはネギが嫌いな人!」
息継ぐ暇もなく速読のように自己紹介するロナードにルシアとキャリーが何処かトロンとした眼で同時に
『わかりやすい・・・』
と洩らす。無論、本人は聞いてないようだったが。
「あ、・・・・は、はい。えっと、ネギ・・・・」
「いや、そこか?重要所は」
ロナードの勢いにクルスも僅かにたじろき手に持ったメモ用紙にペンを走らせようとしてルシアに突っ込まれる。
「ささ、俺達の事はもういいでしょう。次は貴女のことを聞いても良いですか?」
「わ、私・・・ですか?」
「貴女以外にいませんよ。」
どことなく芝居がかった口調でロナードが懐からメモ帳を取りだしペンを構える。
(何故・・・・表紙にカーパンクル?)
(事務員さん困ってる困ってる・・・)
ルシア達も呆れ返り今更突っ込もうともしないでいる。ついでに言えば、止めもしないが。
「クルスさん、でしたよね。趣味は?お好きな食べ物は?好みの男性像は?ネギはお嫌いですか?」
(だから、何でネギ・・・?)
今度は二人とも同じ突っ込みを思い浮かべた。
「あの・・・ちょっと。そういうのは困ります。」
きっぱりと事務的な口調と表情でクルスが堅く言い放つ。流石にロナードもしつこくするのは本人のポリシーでは無いのだろう、あからさまに残念そうに顔を伏せる。
「・・・あ、そう言えばクルスさんて精霊士さんなんですよね?」
今度はキャリーが思い出したように質問する。フォローのつもりか彼女なりに気を使ったのだろうが、学生の性か、何故か右手を上げている。
「ええ、精霊士ですよ。」
クルスの来ているギルド配給のジャケットにはそれぞれの階級や所属部門を現すマークや色の付いたラインがあり、精霊士であるクルスの場合は右胸に銀色のラインがあり捜査官である証の犬を象った紋章が入っている。
「そのマークだと、クルスさん、事務員さんじゃないんですか?」
「今は事務の係のものも手が放せないらしく・・・。ですが支障はありませんのでご心配なく。」
ニコリと微笑むクルス。捜査官と言うにはいささか端麗すぎるそのスタイルと顔つきや物腰に思わずキャリーが小さく息を付く。
「もう少ししたら調査も終わると思うので、しばらくここでゆっくりして下さって結構ですから。」
どこまでも社交的なクルスの笑みはギルド本部という場に緊張していたルシアとキャリーに良い安心感を与えた。



牢の中というのは退屈なものだ。楽しい場所ではないと言うことぐらいは子供でも理解している事ではあったが。薄暗い牢の中、静かに片膝を立て壁に背を預け目を閉じている人影−ヴァイツは特に喋る必要も相手も無く、ただ黙って瞑想していた。
静かな場所は彼も好むところではあったが、だからと言っていつまでもここにいる訳にもいかない。
「さて・・・そろそろ頃合いか。」
一人小さく呟くとゆったりと腰を上げる。全力で黒炎を使えばこの牢に施されている封魔印も破れるだろうし魔剣を使うこともできる。脱出しようとすれば手段は無い訳ではないし、大人しくしているつもりも、端から無い。
(そうさ、俺は奴に会わなきゃならない・・・こんなところで立ち止まっているわけには・・・!)



燃えさかる家々

当たりに響く悲鳴

飛び交う魔獣

もう二度と動くことのない、仲間達。

そして、目の前で笑みを浮かべる、一人の男。

覚えているのはそこまで。その後はよく思い出せない。
それだけ逆上していたのだろう。だが記憶などは大した問題ではなかった。少なくとも、彼には。

−「いい眼だ・・・。僕が憎いかい?」−

あの男はそう言って自分に微笑んだ。虐殺の張本人とはとうてい見えない、穏やかな笑み。

−「仇を取りたいなら、もっと強くなる事だね。君はもっともっと強くなれる。」−

−「僕には君が必要なんだよ・・・。楽しみにしてるよ、君の成長を。」−



「勝手な事を・・・・!」
ドンッ、と力任せに壁を殴りつける。拳の皮が裂け、グローブ越しに小さく血が滲む。
この憎しみを忘れたことは一時もなかった。長い年月を経ても、それだけは永劫不滅のものだと彼は思っていた。そして多分それは間違いではなかった。
「ゼクロス・・・・・・・・!」
これ以上無い憎悪と殺意を混め、その名を呟く。誰も返事をする相手も居ないはずの、この場所で、何故か今度は彼の呟きに応える声があった。
『呼んだかい?』



一瞬、ヴァイツは何が起こったか理解できなかった。この最厳重牢は隣同士で会話が出来るほど声が届く作りの壁ではない。それに、今の声は・・・。
『こっちは読書中なんだ、君らしくないなあ。静かにしてないなんてさ。』
状況を省みないいたく軽い口調で隣人が語りかけてくる。
「−−−−−−っ!!」
すかさず壁から飛び退く。
ヴァイツの頭の中で物凄いスピードでパズルのピースが組み立てられていく。
この状況は−
この声は−
隣の牢に入っているのは−
− ヴァイツの意志に呼応し手の中に魔剣が陽炎のように出現する。片刃の長刀で、うっすらと刀身の黒い暗い輝きを放つ、暗黒の刃。
「ゼクロスっ!!」
魔剣に漆黒の炎がまとわりつく。まるで巨大な炎の剣のように超高熱の紅蓮が収束し・・・

辺りに大きな衝撃と轟音が響き渡った。



「ゼクロス・・・・貴様ぁ・・・!!」
「おやおや、せっかくの最厳重牢がボロボロだ。だいぶ力をつけたみたいだね、ヴァイツ。」
牢獄の壁に大穴が開けられ隣同士だった牢獄に出入り口が出来る。そして、その壁の向こうにいたのは薄く紫がかった黒髪に金色の瞳をした青いコートを着込んだ成年だった。
ヴァイツの睨み殺すような殺意に満ちた眼差しを向けられてもニコニコと柔和な笑みを浮かべており手には文庫本を携えている。牢獄の住人と言うにはあまりにも穏やかな印象だったが、それと同時に何処か不気味な雰囲気も感じさせる。

ゼクロス・オルタネート。それがこの青年の名前だった。



「な、なんだぁ今の?」
突然の激しい轟音に思わず飲んでいたアップルティーを吹き出しそうになるロナード。
「上から、だよなぁ・・・。カーパンクルでも走り回ってるのか?」
ルシアも音源らしき上の方へと顔を向け呑気な声で呟く。だがクルスだけはその表情を堅くしソファーから立ち上がった。
「あれは・・・まさか、最厳重牢・・・・!?」
現在あの牢にいるのはヴァイツ。そしてゼクロスの二名。どちらも脱走すれば国中を揺るがすような人物だ。
「申し訳有りません。少々席を外します!」
言うが早いかクルスは一目散に事務室を飛び出していってしまう。後に残されたルシア達は唖然としながらその後ろ姿を見送るだけだった。
「ね、ねぇ・・・。もしかして何か事件でもあったんじゃない?」
「ギルド本部の中でか?」
「だって、クルスさんあんなに慌ててたし・・・。」
キャリーもクルスとは今日で初対面ではあったが彼女が非常に落ち着きのある女性であることは今までの会話や物腰からも判断できた。そんな人が、あれほどの反応・・・。
「行ってみるか?だったら。なんか面白そうだしよ。」
「る、ルシア!?何言ってるのよ。本当に何か物凄い大事件だったらどうするの?」
「まあ・・・そしたら逃げればいいし、な?」
ルシアに続きロナードも興味があるらしく乗り気である。野次馬精神丸出しの二人を交互に見比べ・・
「・・・・はぁ。ホントに危なそうだったらすぐ帰るからね?」
仕方なく、アップルティーを一口すすりキャリーは内心で深々と溜息をついた。



最厳重牢からだという根拠は何処にもない。
それなのにクルスは何故か最厳重牢に向かって走っていた。普段は冷静そのもので判断力にも優れる彼女にとっては、いささか似合わない行動ではあったが、不思議とクルスはこれを不思議だとは思わなかった。
(何もなければ、それに越したことは無いけど・・・)
牢のある階に到着すると既に団員達が何事かと人混みを作っていた。
(やっぱり・・・・最厳重牢・・・!)
団員達はクルスに気づくと今度はいっせいにクルスに群がる。
「クルスさん!何が起こったんですか、まさか、脱走!?」
「おれ達下士官じゃこの牢には入れないんです」
「これ・・・修繕費かかりますよねぇ・・・・」
それぞれがガヤガヤと騒ぎ立てる中でクルスは人混みをかき分け最厳重牢へと踏み込んでいった。
近づいていくにつれ、次第に予感は確信へと変わっていく。
(もう、間違いない・・・・ヴァイツさん・・・!)



「久しぶり・・・かな?『あの日』以来だね、こうして顔を合わせるのは。ヴァイツ。」
「ゼクロス・・・・!」
ニコニコと笑みを浮かべゼクロスは旧友との再会を楽しむような優しい口調で語りかけてくる。もっとも、彼は心からそう思っているのかも知れないが。
「・・・そう、だな。会いたったぞ・・・ゼクロス。お前の顔を忘れた時は一時も無かった・・・。
お前に村を滅ぼされ・・・全てを奪われたあの日からな・・・!!」
今にも喉笛に喰らい付かんばかりの殺気を込めヴァイツが低く唸る。常人なら目があっただけで絶命しかねない、そんな勢いだ。
「おやおや、随分だなあ。僕たちはもうこの世界で二人だけの一族じゃないか。」
「よく言う、村のみんなを殺したのは・・・お前自身だろうが!」
右手に握った魔剣を薙ぎ払う。魔力の疾風に黒炎が乗せられ牢獄の壁を容赦なく焼いていく。
ゼクロスは小さく口の中で詠唱を唱えると右手を差し出し防御壁を生み出し、その熱波を受け止めた。
「流石・・・。魔剣シルヴァイザー、そこまで使いこなせるようになってたとはね。・・・でも、半竜(ハーフ)である以上、君はシルヴァイザーの力の全てを使うことは出来ない・・・。」
「関係ない。お前を倒すなら、リミッターが掛かったままで・・・。」
「十分、とでも?無理だね。全開でこないと僕は倒せないよ?まあ、半竜の身で魔剣の魔力を解き放ったら血が暴走するのは確実だけどね。」
ゼクロスは決して笑みを絶やさず、本当に親友と語り合っているような口調で続ける。
「今の君では僕には勝てないよ。力だけじゃない。君と違って、僕は他の人間には容赦しないからね。」
「何を・・・・!」
そこで初めてヴァイツは牢獄に第三者がいる事に気づいた。
「ヴァ、ヴァイツ・・・さん?」
何時からそこにいたのか、息を切らしているところを見るとついさっき、と言ったところだろうがヴァイツは彼女が、クルスが後ろからやってきた事にすら気づかないほど、目の前の宿敵に捕らわれすぎていたことを痛烈に後悔した。
そう、彼はいつだって、広い目で先の先を見ている。
冷酷に、最も効率よく効果的な手段を用いてくる。
一瞬、後ろを振り返り、また顔を戻すとゼクロスが右手に魔力を集中させ、クルスに向けている姿が飛び込んできた。
「くっ・・・!」
すかさずクルスとゼクロスの間に立ちはだかるように飛び込み魔剣を下から振り上げる。
魔力を帯びた刃がゼクロスの放った魔力波と衝突し、真っ二つに切り裂く。
切り裂かれた魔力波はそのままヴァイツとクルスを避けるように通り、すぐに四散した。
「ゼクロス!!」
ヴァイツが剣先を向けるのとゼクロスが移送法陣を描くのはほぼ同時だった。
「ここで君とやり合う気はないよ。悪いけど、僕もやらなきゃならないことがあってね。」
「待て!」
その姿がみるみるうちに透明になっていく。ヴァイツは強く床を蹴りゼクロス目掛け剣を斬りつけるが、数瞬遅く、既にゼクロスの姿はその場から消えていた。
「・・・・逃がすか・・・ここまで来て逃がすか・・・!」
「ヴァイツさん!!」
壁に大きく空いた穴から外へと飛び出していくヴァイツに慌てて手を伸ばし引き留めようとするクルス。だがその手が不意にピタリと止まってしまう。
「・・・っ!」
ヴァイツはそのまま外へと飛び降りて行く。クルスはその後ろ姿をただ眺めるしかできないでいた。
誰もいなくなった最厳重牢の中でポツンと一人佇む、牢はもはやボロボロでしばらくは使い物にもならない。魔術を封じる封魔印も彼らの戦いで完全に断ち切られてしまっている。
(動かなかった・・・体が、動けなかった・・・)
引き留めようとした瞬間、チラリと覗いた彼の横顔。
怖かった。
思わず手が止まってしまうほどの、本能的な恐怖をクルスはあの瞬間覚えた。もしあのまま止めていたら、もしかしたら自分は容赦無く斬られていたかもしれない。
「・・・止めなきゃ。あの人を止めないと・・・。」
無意識に震える自分の体を奮い立たせるように肩を抱き心の中で何度も自分に言い聞かせる。
彼は悪人だ。たとえどんな事情があるにしろ、ギルドから宝玉を盗んだ事は犯罪である。
それに自分は彼の事を何一つ知らない。ここまで気に掛ける理由は、何一つ無い。
心の中で何度も考えてきた疑問。自分らしくないと、何度も何度も思っていた。
ただ、頭からどうしても離れない、彼の見せたあの微かな寂しさ。
今も彼は自分を助けてくれた。森の時もそうだった。アーツの村が襲われた時だって。
(悪い人じゃない・・・だから止めなきゃ。絶対に・・・!)
ヴァイツを追うべく牢から飛び出すクルス。だが牢の前の人だかりは先程と違いぽっかりと中心を開けており、そこには・・・。
「おお、クルス。」
「ちょ、長老!?」
相変わらずの笑みを浮かべた長老ギルバードが、そこにいた。



移送法陣というのは瞬間的な移動ができるもののその飛距離はそう長くはない。
(まだこの近くにいるはずだ・・・。逃がすか、逃がすか・・・!)
ギルド本部の裏庭は幸いにも最厳重牢の騒ぎで誰もいなかった。
移送法陣の紋様から、この方向に逃げたことは間違いない。ヴァイツは抜き身の魔剣を持ったまま裏庭を走っていた。
裏庭は手入れの施された芝生とシックな石柱だけの空間で、主に昼休みにはここで団員達が昼寝をしたり食事をとったりする場所であった。
もっとも、ヴァイツにとってはそんな事はどうでもいい事であったし、場所がどこであろうと興味は無かった。


ヒュンッ!

突然、石柱の影から何かがヴァイツ目掛け飛来する。とっさに足を止め軽く身を捻ると足下に細いスローナイフが突き刺さる。
「何処に行くんだ、そんなに急いで。」
いつからそこにいたのだろうか。人気のない筈の裏庭に静かな声が聞こえてくる。
ヴァイツがその方向に目をやると石柱に持たれかかり腕組みしながらこちらを睨み付ける自分と同じ黒ずくめの男がそこにいた。
腰からは二本の刀を下げ、黒いコートが裏庭に吹く風に揺られなびく。
その神秘的な銀色の双眸は何処が冷ややかであったがヴァイツを鋭く射抜いていた。
「誰かは知らないが、邪魔をするな・・・。」
ヴァイツはゆっくりと右手の魔剣を掲げ、小さく吐き捨てる。
次の瞬間。

キィイインッ!!

目にも留まらぬスピードでコートの男との間合いを詰めたヴァイツがシルヴァイザーを真上から振り下ろす。だが男も同様のスピードで腰から刀をそれぞれ両手で引き抜き逆手に取り、シルヴァイザーを双刀で受け止めた。


(こいつ・・・早い!)
男は軽く舌打ちすると剣を受け止めたまま右足を振り上げヴァイツを蹴る。ヴァイツもとっさに左腕で蹴りを受け止めると後方へと飛び退き、一端間合いを取る。
「宝玉強奪の次は脱走か。・・・やっぱりこのまま何事も起こらずに、って訳にはいかなかったな。」
両手の刀を持ち直し、体を左斜めに小さく捻り左足を踏み込み、左手を前に出す。
二刀流においてその構えは攻防ともに隙のないものであった。
「邪魔だ。退け。」
「退くと思うか?そう言われて。」
皮肉気に男が口元を歪める。笑み、と言うにはいささかシニカルすぎるものではあったが・・・。
コートの男、アガート・ハーキュリーはもたれ掛かっていた石柱から背を離すとヴァイツに向き直り・・・

キィイインッ!!

今度はアガートの方からも斬りかかっていった。再び金属音が鳴り響く。踏み込みの速度はほぼ互角であった。
両手に1本ずつ持っているとは言え、アガートの刀は細身で斬撃のスピードは上回っていたがヴァイツもそのやや大きめな刀身を誇るシルヴァイザーを振るい流れるような動きでその攻撃をさばいていく。
重心と刃の長さを絶妙の力加減とバランスで滑らかな動作でまるで舞うように逆に責め立てる。
「やるじゃねぇか、剣術の心得もあるのか。」
だが、アガートもまたその細身の刀でヴァイツの魔剣を受け流しもう一方の刀で斬りつける。流石に手数では勝ち目のないヴァイツは捌き、受け、避けるもののアガートの刃先が髪やジャケットをかすめ始める。
「・・・退けと、言ったはずだ・・・・!」
力任せにシルヴァイザーを薙ぐ。アガートは軽々とその一撃を跳躍し避けるとそのまま空中で一回転し着地する。
「退くかよ。大人しく牢屋に戻りな。」
両腕を左右に広げ身を低くし疾走する。だがヴァイツの足下に漆黒の炎が渦巻き始めるとアガートは慌ててダッシュの勢いを止めず真横に飛び退く。その直ぐ後にアガートが居た空間を黒炎が焼き払っていった。
(厄介な炎だな・・・詠唱も無しに使えるのか・・・。)
2.3度地面を転がり体を起こすと刀を構える。ヴァイツの体に漆黒の炎が蛇のように巻き付いていき、それらが無数の弾丸のようにアガート目掛け襲いかかる。
「ちぃ・・・!」
その数に切り落とすと言う選択肢を素早く消しアガートは強く地面を蹴り近くの石柱の上に飛び乗り回避する。だがヴァイツもまた間髪入れずその石柱目掛けシルヴァイザーを袈裟懸けに振り下ろす。
一瞬タイムラグを置いてから真っ二つに崩れ落ちる石柱から再び飛ぶと空中で体制をなおしながら着地する。
アガートが構え直すとほぼ同時にヴァイツが斬りかかってくる。アガートは右手の刀でそれを受け流すとクルリと背を向けた。
一瞬遅れてコートがフワリと翻りヴァイツの視界を覆い隠す。
「・・っ!」
本能的に身を屈めたヴァイツの頭上を鋭い足刀が通り過ぎ銀髪が数本宙に舞う。
アガートはそのまま足を横薙ぎに振り抜きその遠心力を利用し回転しながら斬撃と蹴りを織り交ぜた連続攻撃を繰り出してくる。
刀の切っ先が頬や肩口を掠め容赦なく鋭い蹴りが繰り出されてくる。一瞬でも気を抜けばどちらかの攻撃、または両方同時に喰らってしまっているだろう。
スピードに物を言わせラッシュを仕掛けるアガートに対しヴァイツは獲物である魔剣も大型の剣でありアガートほどの体術も無くジリジリと後退しつつかろうじてその攻撃をしのいでいる状態である。
「くっ・・・。」
軽く舌打ちし攻撃を捌きながら再びその身に黒い炎が巻き付いていく。漆黒の焔はまるで意志があるようにアガートの刀を受け止めヴァイツの体を守るように螺旋状にまとわりついていく。
ヴァイツは左手に黒炎を収束させ、それを盾代わりにしてアガートの蹴りをガードするとそのまま炎を爆発的に燃え上がらせる。
「うおっ・・・!?」
眼前で凄まじい勢いで燃え上がる黒い炎にチリチリと焼け付くコートを振り払い飛び退くアガート。
飛び退く瞬間胸元をヴァイツが横薙ぎに振り払った剣先が掠めていく。
((この男・・・・強い。))
ヴァイツとアガートはお互い油断無く対峙しながら同じ事を考えていた。互いに睨み合い一部の隙も無く身構える。
(長引かせる訳にはいかない・・・ならば、)
(一気に片を付けるか。)
アガートが両手の刀をそれぞれ腰と肩に引きつけ、腰を落とす。それに対しヴァイツも魔剣を両手で持ち直し身を引き絞る。
「ハーキュリー剣術・・・」
「剣牙闘術・・・」
アガートの双刀に「気」が込められていく。そしてそのまま刃を薙ぎ何度も空を斬る。
ヴァイツもまたシルヴァイザーで目の前の空間を抉るように刀身を振り風を巻き込み魔力と相乗しアガート目掛け鎌鼬状の疾風を生み出す。
アガートが斬った虚空が「気」によって固定され、真空の剣となり一つ一つがヴァイツ目掛けて放たれる。ヴァイツの放った疾風もまた大地を抉り芝生や土などを巻き上げながら竜巻となって真っ向から向かっていく。
「『無限斬刀』っ!!」
「『剣牙風冥刃』!!」

ブォオオオオオオオオオオオオッ!!!

無数の真空刃と剣風の竜巻が真正面から激突する。大気が振るえ、ビリビリと空気が振動するのが全身に伝わってくる。二つの技は激しくぶつかり合い二人の間の空間が振るえ上がる。そして次の瞬間、お互いの技が相殺し辺り一帯に凄まじい風と衝撃波が巻き起こった。
「ぐっ・・・!」
「・・・っ!」
アガートもヴァイツも両手でガードするもののその突風に吹き飛ばされる。全身を相殺され飛び散った真空刃や鎌鼬により浅く斬られていが、どちらもそれほど大きなダメージではない。
二人は素早く起きあがり剣を構え再びにらみ合う。互いの技の威力も、ほぼ互角。
スピードではアガートが優っているもののヴァイツには魔剣シルヴァイザーの破壊力と黒炎がある。
実力が均衡しているだけに、精神的なものが大きく左右される状況だった。
「どたばた姫さん置いてきて正解だったな・・・これは。」
十数分前まで、一緒に付いていくと駄々をこねていた少女の顔を思い浮かべ、この状況にも関わらず思わずアガートの顔に苦笑の色が浮かぶ。
(チッ・・・こんなところで足止め喰っている暇は・・・!)
ヴァイツの内心で次第に焦りが生まれ始めていた。一刻も早くゼクロスを追わねば。だが、今目の前の敵も手強く・・・。
ヴァイツは無言でシルヴァイザーを眼前に構える。
「・・・殺してでも通らせてもらうぞ・・・。」
シャキッ!とシルヴァイザーの2枚羽の唾飾りが6枚羽に展開する。それと同時に魔剣から膨大な魔力が溢れてくる。
「・・これは・・・一体!?」
何の前触れもなく突然膨れ上がった魔力にアガートも思わず後ずさる。ヴァイツは魔剣を振り上げると同時に大きく跳躍し、アガート目掛けシルヴァイザーを振り下ろしながら落下していく。
シルヴァイザーから溢れ出る魔力はヴァイツの全身に響き渉り魔力の暴走を押さえつけながらも刀身に集中させていく。
「『ブレイクアウト』!!」
シルヴァイザーの刀身が暗く輝きその太刀筋が光のラインとなってその光の軌道を残していく。
「ちぃ・・・っ!!」
アガートは頭上に刀を交差させその攻撃を受け止めるべく握っている柄に力を込める。
シルヴァイザーの刃がアガートのすぐそこまで迫り・・・。

ギィイイイイイイイイイイイ−−−−!!!!

耳障りな音を立てて、魔力を帯びた魔剣はアガートの40センチほど手前でうっすらと輝く障壁に阻まれていた。
「これは・・・・?」
身構えていたアガートも何が起こったのかしばらく理解できないでいたが、自分達の後ろを数十人のギルド団員達が囲んでいる事に気づく。
「やれやれ。フルパワーでの魔力防御壁が一撃で消し飛んでしまったわい。」
ギルド団員達の中心でのほほんとヒゲをさすりながら笑っているのは長老、ギルバードであった。
「二人とも剣を納めよ。このまま続けられては儂等の裏庭が面白可笑しいオブジェになってしまうでの。」
「・・・・。」
先程の強力な防御壁は長老の魔力障壁だったのだろう。アガートは助けられた形にいささか不満を覚えたものの比較的素直に両腰からベルトに下げた鞘に二本の刀を納める。
「さて、ヴァイツ殿。貴方もじゃよ?」
「・・・邪魔をするな。」
ヴァイツはギルバードに対してもギラギラと鋭利な眼で睨み付ける。その迫力に回りの団員達がそろってズサ、と後ずさりする。
「・・・ゼクロス・オルタネートはもうおらんよ。我がギルドの幹部、ダレス・ハーフシェルと共に既に何処かへ逃走してしもうた。」
「・・・何?」
そう訪ね返すもヴァイツは表情を変えること無く睨み付けたままでいた。
「こんな嘘を言っても仕方あるまいて。事実じゃよ。ギルドとしてはこれ以上ない大失態ではあるがのぉ。」
「・・・・一体何の話だ?」
長老とヴァイツの会話をさっぱり理解できないアガートはつまらなそうにポツリと不満を漏らす。
興ざめしたせいもあるだろうが、なんとも不完全燃焼な気分で、どうにも不愉快だ。
「さ、積もる話は中でしようではないか。貴方とは久しぶりにゆっくり話たいこともあるしの。」
「・・・・そうか、あんた、あの時の・・・。」
「ほっほ、覚えておってくれたか。もう50年以上前だというのに。」
「・・・。」
「貴方達にしてみれば50年など瞬きほどの時間なのじゃろうがな。ささ、参ろうではないか。」
一人で勝手に話を進めスタスタと歩いていくギルバード。団員達もヴァイツにビクビクしながらもその後をゾロゾロと付いていく。
「・・・・。」
仕方無しにヴァイツも腰にシルヴァイザーを納めるとその方向に向かい歩み始める。
「ったく・・・俺はほったらかしか?」
その場に一人取り残されたアガートだが不愉快そうに誰にともなく呟いた。



                  −加速していく。−



            −一度動いた歯車は巻き戻すことなどできない。−



     −彼らは出会ってしまった。この出会いの意味を、まだ当人達は知らない。−



              −物語は、これから始まるのだ・・・。−





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