「ラストソング」 〜第十一話 「真の序章」〜



王都から山二つほど離れた空に一匹の巨大な翼竜(ワイバーン)が飛んでいた。
「ついに表だって活動、だな。ゼクロス。」
そのワイバーンの背中には二人の男が乗っていた。ギルドの最厳重牢から脱獄したゼクロス。そしてギルドを裏切り離反したダレスである。
「そうだね。もともとの計画通りじゃないか。ヴァイツに『宝玉』の在処をリークし、それをエサにギルドから『コレ』を盗ませる。そしてヴァイツにデーモンを仕向け、ギルドに捕らえさせる。」
「そうだな・・・アーツの街にあそこまで大損害を与えたのは、少々予想外だったが。」
「クス・・・まあまあ。多少の犠牲はつきものだろ?」
街一つをあそこまで破壊させておいて、「多少」と言ってのけるゼクロス。その横顔は微笑すら浮かべており魔獣を召還しアーツの街を襲わせた張本人とは、到底見えなかった。
(恐ろしい男だ・・・・つくづく。ゼクロス・オルタネート・・・。)
ダレスはゼクロスに付く事を間違いだとは思ってはいなかった。だが、それでもこう思わずにはいられないでいた。ゼクロスとは、そういう男であった。
彼が違法魔術研究の罪で彼を捕らえた時からの付き合いだが、よもや自分が今こうしてギルドを見限りこの男に付くなどとは、あの頃は夢にも思わなかった。
(だからこそ、この男が必要なのかもしれんな・・・この世界には)



ギルド本部。長老室にヴァイツ、クルス。そしてこの部屋の主である長老ギルバードがテーブルを挟みソファに座っていた。
「・・・・聞かせてもらおうか。ゼクロスが逃げた、だと?」
ヴァイツはつい先程までアガートとの激しい戦闘を繰り広げていたせいもあり、全身薄汚れており小さな傷が体中にある状態であった。それでもその瞳はギラギラと鋭い光を放っておりギルバードを睨み付けている。
「ほっほっ、そう睨みなさるな。ちゃんとお話しよう。」
長老はそんな視線も意に介さずのほほんとテーブルに置かれたハーブティを一口啜り、
「先程、ここより一匹のワイバーンが何者かに召還され、飛び去っていったのを情報部が察知した。反応は既に消えており、まあおそらくはゼクロスに探査魔術をジャミングされたのじゃろうな。」
「つまり、奴は既に逃げた後、だと。」
「うむ。」
ヴァイツも普段の冷静そのものに戻っており、長老の話を静かに分析し、素早く答えをはじき出す。
「貴殿も感じておるはずじゃ、ゼクロスの気配はもう近くにないということは。」
「・・・。」
ゼクロスと対面し復讐に燃えていたヴァイツももう幾分か普段の落ち着きを取り戻していたため長老の言葉の一つ一つに冷静に頭を巡らせていた。
元々、彼はそれほど感情的な性格では無い。それだけに思考の切り替えも素早かった。
「・・・確かに。それで、話とはそれだけか?」
用が済んだならもう出ていく。そう言わんばかりにヴァイツはソファーから腰を上げる。
「まあまあ、そう焦らずとも。貴殿とて、ゼクロスの行方は分からぬのじゃろう?」
「それはギルドだって同じ事だろう。」
「そうじゃよ。つまり、目的は一致しておる。そうは思わぬか?」
長老は終始穏和な笑みを浮かべのんびりと佇んでいたが、不意に声のトーンを落としギラリとしわだらけの顔の瞳に鋭い輝きが浮かべた。
「・・・正直、儂らはゼクロスを捕らえたはいいが、決して手を出せる状態ではなかった。ああやって閉じこめておくだけで精一杯じゃったのだよ。」
「そうです、私もそれが聞きたいです。」
それまで黙っていたクルスが軽く手を挙げ長老に尋ねる。
「長老、ギルドは何故ゼクロス・オルタネートを幽閉するだけで処罰を与えなかったのですか?」
「ふむ・・・儂らとて愚かではない。何度もそうしようとはした・・・。じゃが」
「ゼクロスは本気になればあの牢獄も抜け出せたはずだ。それほどの魔力の持ち主だ、迂闊に手を出せば返り討ち・・・。悪ければ抱き込まれる。」
長老の言葉をヴァイツが引き継ぎクルスに説明する。
「・・・ああいう類の輩には、カリスマ性と言うか、人を引きつける「人望」のような才能があるものだ。現にギルドの幹部の一人も、ゼクロスに付いて離反しただろう。」
「・・・ダレス室長、ですね。」
クルスの顔に陰りが浮かぶ。直属の上司が凶悪な犯罪者と組んでギルドを裏切った。この事実は流石に堪える。いや、もしかしたら彼はもっと前からゼクロスと組んでいたのかもしれない。
そんなクルスの思惑を見透かすように長老が髭をさすりながら
「ゼクロスを捕らえたのはダレスじゃった。・・・おそらくゼクロスはダレスの才能を買い、奴を引き込んだ。ダレスもまたゼクロスに魅了されたのじゃろう。」
「じゃあ、まさか・・・。」
「・・・そのダレスか言う幹部、ゼクロスを捕らえた時点で既に奴の仲間だったと考えて間違いないな。」
驚きを隠しきれないクルスと反対に淡々と分析しているヴァイツが交互に呟く。
「儂らも最近のダレスの行動には不信感をもっていたのも、また事実。じゃが、結果このざまじゃ・・・。ゼクロスには逃げられダレスも離反。・・・いや、ダレスにはこの前にも色々と情報をリークされていたりしていたようじゃが。」
「『宝玉』の在処を人づてに俺に流したのも、そのダレスとやらだな?」
「うむ。間違いなかろう。ゼクロスにギルドの内部を教えていたようじゃし、な。」
「そ、そんな・・・そこまで分かっていてどうして室長を放っておいたのですか!?」
クルスがソファーから勢い良く立ち上がり長老に詰め寄る。彼女らしからぬ行動ではあったが、こうも立て続けに信じていたものに裏切られてきた彼女は普段の落ち着きを無くしかけていた。
「決定的な証拠が無かったのも事実。また、泳がせていたというのも事実じゃよ・・・。どっちにせよ、儂らの完敗じゃ。ゼクロス・オルタネート。儂らはこの大陸で最も危険な男を逃がした。この事実はどんな言い訳を持ってしても、拭いきれぬ。」
「・・・それで、俺に話というのは、その言い訳をするためか・・・?」
「いやいや、ヴァイツ殿。貴殿の力を借りたい。率直に言えばこういう用件じゃよ。」
一変、今までの真剣な表情から再びいつものおどけた笑顔に戻った長老があっさりとそう言いのける。
「・・・俺が頷くとでも思ってるのか?それに俺も『宝玉』を奪った重罪人だろうが。」
「ゼクロスが貴殿に『宝玉』の情報を流したこと、何故だと思うかね?」
ヴァイツの問いには答えず、逆に質問を返す長老。
「・・・俺と会うため。そして・・・・宣戦布告のため、だろうな。」
「宣戦布告って、どういうことですか?」
今度はクルスがヴァイツに問いかける。
「これから表だって自分は動く。そう言うパフォーマンスだったんだろ。そして・・・」
「そして、ヴァイツ殿への勧誘の意味もあったのじゃろう。」
「勧誘?て、ダレス室長のようにヴァイツさんを仲間にしようとしてる、と?」
もう驚きの連続でクルスも流石に混乱し始めているようでヴァイツと長老の顔を交互に振り返ってはただただビックリの連続である。
「ゼクロスにとっては貴殿は唯一無二の存在・・・。世界がどうなろうとも、貴殿一人居れば奴は満足じゃろう。・・・そういう男なんじゃよ、ゼクロスと言う男は。」
「ど、どうして・・・ヴァイツさんとゼクロスはどういう関係があるんですか?そもそも、それが一番聞きたいですよ!」
「・・・・。」
クルスの方を見ようともせず、ヴァイツはただ静かに長老を正面から見据えていた。クルスはしつこくヴァイツの袖を掴み畳みかけるように問いかける。
「ゼクロスとどういう関係があるんですか?アーツを襲い、『宝玉』をエサにギルドにおびき寄せたのも全てゼクロスの計画なんでしょう?」
「・・・あいつは・・・・」
「ヴァイツ殿とゼクロスは、この世界で二人だけの存在、なのじゃよ。クルス嬢。」
「・・・・え?」
今度は長老がヴァイツの言葉を継ぐ。
「『魔竜族』、クルス嬢なら知っているじゃろう?」
「ええ・・・。確かかつては魔界に身を置きその強大な魔力と力で他の魔族からも畏怖されていたと言う、あの魔竜族ですよね。」
「詳しい話を知っておるかな?魔竜族について。」
「えっと・・・確か魔竜族、正確には魔竜。彼らは戦いしかない人生に虚しさを感じ闘争しか無い自分達の歴史に大きな悲しみを覚え始め、そして人間界の文化に憧れ魔界を捨て、人の姿を借り人として暮らすようになった、と。文献に出てくる『龍騎士』とは魔竜達と人間のハーフであり、彼らは本来の魔竜の姿にはなれないものの人竜の身がその本来の姿であり、古来の歴史書にも神々と邪神の抗争の中でも文献に多く残っている。・・・・と、魔竜族の話が関係しているのですか?長老。」
スラスラと学生時代の教科書や文献に書かれていた文を話し上げるクルス。だが語り終えるとその頭上に疑問符が幾つも浮かんでいく。
「その魔竜族は人知れず里を作りひっそりと人として暮らしていた・・・。彼らは明確な寿命が無く、半永久的な生を持っている・・・。」
「で、ですから・・・それが今回の事件とどういう・・・・。」
そこまで言ってから、クルスはハッと何かに気づきヴァイツに振り返る。
「ま、まさか・・・。」
「・・・・。」
「そう、ヴァイツ殿はその魔竜族なんじゃよ・・・。」
「・・・お前、何者だ?どうしてそこまで知っている・・・。」
驚きに硬直までしているクルスには目もくれずヴァイツは正面の長老を鋭く睨み付ける。
「なあに。貴殿はもう覚えておらんじゃろうが・・・儂は50年ほど前にも貴殿に会ったことがあるんじゃよ。」
「・・・・何?」
「魔竜の里がゼクロスに滅ぼされる数年前・・・。そこで儂は貴殿と、貴殿の父君に命を救われた事があるんじゃよ。もっとも、貴殿には50年など瞬きほどの時間じゃて、覚えておらんかも知れぬがな・・・。」
そう言われてヴァイツは記憶の糸をたぐり寄せるように目を閉じ、しばらく考え、
「・・・・里に迷い込んだ人間・・・・。まさか、お前が・・・?」
「ほほう、覚えてくださってたのか?光栄じゃ・・・。」
感慨に耽るように、また懐かしさとうれしさが混じったような笑顔でギルバード長老が遠くを見るような目でヴァイツに頷く。
「あの時貴殿ら魔竜族の方々に救われ街に戻った儂はギルドに戻り、数年後、貴殿らの里が滅んだ事を知った。上層部は全て知っておるよ。魔竜の一族が貴殿とゼクロスを除き滅んだ事も。今回の事件の真実も・・・。」
「・・・・なるほど。俺にゼクロスを倒させる、そういう腹づもりか。」
「儂らには奴に対抗するほどの力がない。だが貴殿にはそれがある。ギルドはゼクロスの情報を一番に貴殿に教える。貴殿にギルドに入れと言うつもりはない。これは共闘じゃ。・・・フィガロ殿の、魔竜の里の恩方達の弔い合戦なんじゃ・・・。」
「・・・。」
ヴァイツも長老もそこでひとたび沈黙する。ヴァイツも何か考えるように顔を伏せ、長老もいつになく感情を露わにしていた。憎しみと、そして悲しみの。
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
クルスがその沈黙をうち破るように声を上げる。
「い、今『貴殿とゼクロスを除き』って言いませんでしたか!?」
「おお、言ったが?」
「まさか・・・じゃあ、魔竜族の生き残りの二人って・・・まさか。」
「俺とゼクロス・・・。二人だけだ。」
「そんな・・・!だって、魔竜の里はゼクロスが滅ぼしたんでしょう!?」
「ああ。あいつが・・・殺したんだ。みんな・・・みんなを・・・・!」
ヴァイツもその光景を思い出しているのだろう。拳を握りしめ押し殺したように声を抑えているものの、その殺気はにじみ出てくるのだけは止めようがないでいる。


−魔竜族−


今でも多くの文献や物語に画かれている魔族の一種であり、また魔族の中でも非常に異質な存在である。元々は魔界に生息するドラゴン族の一流派であり、5メートル以上もある巨体に大きな翼を持ちその魔力も凄まじく魔界でも魔鳥(ジーネ)、魔狼(フェンリル)に並ぶ魔竜(バハムート)の位(ランク)を持つほどの力を誇っていた。闘争と破壊の日々をつくしてきた彼らは、ある日突然戦いに疑問を抱き始める。それが魔竜族の大きな分岐だった。
彼らはしばらくし、人間界へと降りていった。戦うことしか知らない彼らは独自の「文化」を持つ人間に興味を持ったのだ。
魔竜達は人里離れた森の奥など、人気の少ない場所に里を作り人間として生活を始めた。それまで戦いしかなかった彼らにしては、何もかもが驚きと何とも言えない心地よさを感じられた。
彼らは人間を愛し、人間の文明を好み穏やかに、何の争いもなく生きてきた。
彼らの存在は実際に目撃された例などもあり空想上の存在ではない事は早くから知られていた。
人間の中には彼らを捕らえようとする者も少なからずはいたのだが魔竜と人間ではその力は雲泥の差があり、人間達も彼らには手を出さずお互い直接的な干渉もなく暮らしていた。



「ちょ、ちょっと待って下さい?」
クルスが片手でこめかみを押さえ、もう片手を正面に突きだし話題をストップさせる。
「ちょっと整理しますね。えっと、ヴァイツさんとゼクロス・オルタネートが魔竜族で、魔竜族は既に二人を残し滅んだ、と。それでその魔竜の里を滅ぼしたのがゼクロス・・・・。」
「ああ・・・。」
「そ、それじゃあゼクロスは自分の同胞達を手に掛けたと言うんですか!?そ、それに。それだとゼクロスはどうしてヴァイツさんにそれほど執着するのか・・・。」
「ゼクロスはの、ヴァイツ殿を自分の相棒にしたがっとるのじゃよ。」
「ど、どうしてですか?」
「それは・・・・おそらくヴァイツ殿が・・・」
「ギルバード。」
長老の言葉をすさかずヴァイツが遮る。長老はヴァイツと目を合わせると、軽く咳払いをしてその話題を強引に打ち切った。
「・・・?」
クルスも訝しげに長老とヴァイツを交互に見比べ、軽く首を捻る。
「・・・・それで、つまりは、だ。俺にギルドに対し協力しろ、と言うんだな?」
「うむ、表向きには、ヴァイツ殿は今回の罪を帳消しにするために、ゼクロスの追跡を任命、という事になるじゃろ。」
「でも、それだとギルドの団員達にどう説明すればいいんですか?それに・・・ヴァイツさんは事情はどうあれ、『宝玉』を盗んだんですよ?長老とどんな関係があるにしろ、公私混同みたいなことは・・・。」
「ほっほっ、まあまあ。待たれぃ、クルス嬢。」
今度は長老が手でクルスを制する。
「『宝玉』はクルス嬢が、人々が思っているような代物ではないのだよ。元々のぉ。」
「・・・・?」
「・・・『宝玉』。正確には『竜硝石』と言ってな・・・。あれは本来魔竜の里にあったものなんだ。」
「『竜硝石』は魔竜が人間の姿を保つために必要な特殊な魔石の事だ。そして、俺のようなハーフが『龍騎士』の姿になってもその「理性」と「自我」を保つのにも、それは必要になる・・・。」
「えと・・・ちよっと待って下さい?じゃあ、もしかして・・・・。」
クルスはそこまで言われ、脳裏で素早く推理を働かせる。ずっと驚かされつぱなしでは流石に情けない。
「『宝玉』、『竜硝石』は元々魔竜族の物で、それがギルドにあって、その情報を流させたのはダレス室長・・・・そして室長はゼクロスと繋がっていて、そのゼクロスは魔竜の里を滅ぼした張本人・・・まさか!」
「そう・・・。ギルドに『宝玉』を持ち込んだのはダレスじゃ。つまり、ゼクロスはダレスにギルドに『宝玉』を保管させ、その情報をヴァイツ殿にリークした。この理由はおそらく3つ・・・。」
「一つは、ヴァイツさんと会うため、ですね?」
「うむ、ゼクロスはその素性故目立った行動が出来ずにいた。それに自分はギルドに捕らえられている。奴がヴァイツ殿に会うためにはヴァイツ殿を「犯罪者」に仕立て、ギルドに捕らえられるよう手回しをする事。」
「・・・二つ目は、ヴァイツさんと出会った時、さの混乱に乗じ逃亡。同時に自身がこれから表だって動くことをアピールする・・・。」
クルスの言葉に長老も低く頷く。
「3つ目は・・・ヴァイツ殿に『宝玉』の在処をリークする見返りに、ギルドの宝物庫から『あるモノ』を盗み出す事・・・。」
クルスとヴァイツがハッと顔を上げ長老に向き返る。
「これは、ヴァイツ殿自身に尋ねた方がよいじゃろう?」
長老は咎める事もなく、のんびりとした口調でヴァイツに声を掛ける。
ヴァイツは軽く目元にかかってくる銀髪を掻き上げながら一度嘆息し、ゆっくりと声を絞り出す。
「・・・チッ。予想以上に奴に利用されていた、と言う訳か・・・。」
「ど、どういう事ですか?一体何を盗んだと言うんです?」
クルスが何処か不安げにヴァイツの横顔を覗き込む。ヴァイツはいつもの無表情でクルスに目だけを向けて、
「・・・よく分からない・・・。ただ、言われた通りの古ぼけた一冊の書物を盗っていった。俺もその本の価値は知らない。」
「本?本・・・・。」
クルスはチラリと長老に視線を送る。長老はフルフルと左右に首を振りテーブルの上のハーブティーを啜る。
「儂らも盗まれてから調べたんじゃが・・・『宝玉』とは異なりあの本はどこぞかの遺跡から偶然発掘したものでな。」
「内容は?」
と、これはヴァイツ。だが長老はそれにも首を横に振る。
「まったく。さーーーーーーーっぱりじゃったよ。ふははははははははは。」
「ふははは、って・・・。」
「要するにお手上げって訳か・・・。」
困ったように呟くクルスと呆れ顔で瞳をとろけさせるヴァイツ。
「いや、まあまあ。じゃから、解読できるまで宝物庫に入れておいたのじゃろう。・・・・まあ、ゼクロスが狙うと言うことは、なかなか洒落にならない代物じゃったようだな・・・。」
長老が皮肉げにヴァイツにニヤニヤと視線を向ける。ヴァイツは相変わらずの仏頂面で顔を背けた。
「記されていたのは全て古代天人文字らしいものでな・・・。学者達も総出で手を挙げた代物じゃった。」
「だが、ゼクロスがここまでして手に入れたがっていた物だ・・・。只の本、という事はまずあり得ないな・・・。」
「じゃな。ここでそこいらの見知らぬ相手の日記帳だった、などというコケティッシュなオチも期待できそうにない。」
「・・・・。」
元より期待していない、と言いかけヴァイツはそのまま押し黙ってしまう。
「まっ、冗談はさておき。どうかなヴァイツ殿。この取引、そう悪くはないと思うが・・・。」
顎髭を指でさすりながらこちらを伺うような視線を向ける長老にヴァイツは数秒黙止するが、すぐに口を開く。
「・・・いいだろう。ただし、ゼクロスを生かしておく保証は無いがな。」
「致し方ないじゃろ。それぐらいはのぉ・・・。」
元よりゼクロスにはそれだけの罪状がある。別段殺害してしまったところで問題ではない。
だが長老の表情には何処か陰りがあるのを、クルスは見逃さなかった。
「あ、そう言えば・・・結局『宝玉』はどうなったんですか?取り調べでもその在処は分からなかったと聞きましたが・・・。」
クルスの問いにヴァイツは一瞬キョトンとした顔になり、ゴソゴソとジャケットのポケットに手を入れ何やら手に丁度収まるぐらいの光り輝く深紅の球を取り出した。
「あぁっ!?」
本当に何気ない動作で取り出されたその「モノ」にクルスはつい大声をあげてしまった。
「ほ、『宝玉』・・・!ど、どうして?」
「どうして、と言われても・・・。ずっとこうやって持ってたんだが・・・?」
淡々とした口調のヴァイツ。逆にクルスは今まで自分達が躍起になって取り返そうとしていた代物が突然目の前に現れたことにまたも混乱してしまっていた。
「で、でも、取り調べでも在処は分からなかったって・・・」
「その取り調べをしたのも、そう言ったのも誰だったかな?クルス嬢。」
「え?・・・・・・あっ・・・・。」
長老の言葉に何かを思いだしたようにクルスが目を見開く。
「ダレス・・・室長・・・。」
「全部あやつの一人芝居じゃったんじゃよ。ゼクロスもダレスも『宝玉』にはさほど興味を持ってはおらん。ヴァイツ殿から無理に取り上げる必要も無かったと言う訳じゃ。」
これでようやく、この「宝玉強奪事件」の真相が明らかになった。全ての元凶はゼクロス・オルタネート。彼がこの事件の裏で何もかも操っていたのだ。
そして現在、彼はギルドを脱走。幹部であったダレスもゼクロス側に付き離反した。
結局、『宝玉』は無事だったが、結果的にはギルドは『宝玉』強奪事件以上の大打撃を受けたことになる。
「・・・分かった。その話、乗ろう。」
「ありがたい。ギルドは全力を持ってゼクロスの情報をかき集め貴殿をサポートしよう。クルス嬢も、それで異存はないかな?」
「え、あ、私は全然。」
「よぅし、では正式にギルド長老として、ヴァイツ殿。貴殿にゼクロス・オルタネート追跡および捕獲を頼む。」
「ああ・・・。」
そう答えるヴァイツの瞳には、底の見えない深く暗い光が宿っていた。



「アガートさん!!わ、わわっ!!こんなボロボロ・・・・。」
三度王城にやってきたアガートは出会い頭にパティから思い切りそう言われた。
「悪かったな。俺だって好きでこんなになった訳じゃないぞ。」
ややふてくされ気味に言い放つアガート。それもそのはず、ヴァイツとの戦いも中途半端に終わりギルドの長老が出てきて何やら訳の分からない話になり、自分はいつの間にか蚊帳の外でおいてけぼりにされたのだ。
これで不機嫌にならない人間が居たら一度見てみたい。そんな思いを内心渦巻かせながらとりあえず黙ってファーウェルに戻るのも気が引けたのでこうして王城に戻って来たのだった。
「と、とにかく手当て、手当てをしないと!」
あたふたと慌てふためくパティ。意味もなく部屋をドタバタと走り回り、そのたびに床に転がるぬいぐるみを容赦なく踏みつけている。
(・・・哀れな。)
心なしか、ぬいぐるみと目があったアガートはその表情がどこか悲しげに見えた。
「おいおい。別にそんな大きな怪我も無いし、気にするなよ。」
「で、でも!あの強奪犯と戦ったんでしょう?」
「確かに、な。強かったよ。物凄く。」
アガートの格好はいつも通りの黒いコート姿だったがあちこち破けていたり切れていたり、もちろん自身の体にもいくつもの打撲や切り傷擦り傷があった。
「けど、途中でギルドの団員に止められてな。お陰でお互いそれほどダメージはないさ。」
言いながらコートを脱ぎ近くにあったフックにかける。
アンダーシャツ姿になったアガートはいまだにオロオロしているパティの頭にポン、と手を置き
「いいから落ち着け。って言うかいい加減ぬいぐるみ踏むのやめてやれ。」
「え?ああっ!シメサバっ!?」
そこで初めて自分の足下に無惨に踏みつぶされているカーパンクルのぬいぐるみに気づき慌てて拾い上げる。
「ごめんね、痛かったよね。踏んじゃってごめんねシメサバ〜。」
ギュッとそのカーパンクルのぬいぐるみを抱き締めるパティ。
「・・・とてつもなく最低なネーミングセンスだな。」
「わ、わわっ!何か物凄く失礼な事言ってません!?」
「言ってるなあ・・・。」
アガートは何気ない気持ちで部屋の中にいくつも置いてあるぬいぐるみに目を向ける。
「・・・あのぬいぐるみの名前は?」
そう言ってアガートが指さしたのはベッドの上に置いてあった蝶ネクタイをしたカーパンクルのぬいぐるみだった。
「えっと、あの子はカルビです。」
「・・・じゃあ、あれは?」
続いて指さしたのはクローゼットの横にあったパティの背丈ほどもあるカーパンクルのぬいぐるみだ。
「あの子の名前はブロッコリーです。」
「なら、あれは?」
「チャンプルー。」
「あれは?」
「メタルゲラスです。」
「・・・・・・あれは?」
「ヴァル・ヴァロ君です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ど、どうしたんですか、アガートさん?」
不意にこめかみに何やら痛みを覚えたアガートは思わず頭を押さえてしまう。
「お前・・・センス最低。」
「わわっ!また、酷いですよ!!」
「ぬいぐるみ達に哀れみを感じるぞ・・・。」
「どうしてですかぁ、大事にしてますよぉ!」
「それ以前の問題だと思うが・・・。」
何故かヴァイツと戦っていた時以上に精神的な疲れを感じ、アガートは大きく深く溜息をついた。




最厳重牢からゼクロスが脱走しダレスも離反し、ギルドはおろか、王都全体が大騒ぎになっていた。
「あ〜あ、結局この鍵もよく調べられなかったな。」
「仕方ないよ。あんな事があったんだから。」
ギルドに調査を依頼した『鍵』は結局よく分からないまま、ルシア達はギルドを後にした。
「しっかしまあ・・・。最厳重牢から脱走とはねぇ・・・。怖い世の中だな。」
「すごかったよねぇ。あんなにボロボロになっちゃって、壁にあーんな大きな穴が開いてて。」
「あれじゃしばらくはギルドもゴタゴタしててコイツを調べて貰うのはもうちょいおあずけだな。」
そう言ってルシアは隣を歩くキャリーの肩から下げられているカバンに『鍵』を押し込む。
「わっ、ちょっと!」
そんなキャリーの非難の声も無視しルシアはふと後ろを振り返る。
「・・・何死んだ魚みてぇな面してんだ?ロナード。」
ルシアとキャリーから数メートル離れた後方からトボトボと歩くロナードがいた。
「あぅ〜・・・・。」
「ど、どうしたんですか?ロナードさん。」
キャリーもつい心配になりロナードに駆け寄る。
「あ〜あ・・・・・クルスさん、もっとお話したかったんだけどなあ・・・。」
「・・・あ、そ。」
「ああ、やっぱりそういうオチなんですね・・・。」
つい二人も足を止め呆れ顔で顔を見合わせる。
「んで、これからどうする?一度帰るか。」
「う〜ん・・・。でも折角王都まで来たんだし。もう少し観光しない?」
キャリーは三つ編みを持ってクルクルと回しながら辺りの町並みを見回す。
ファーウェルとは何もかもが規模が違うこの大陸の首都、ボウスシェイバー。あまり来る機会が無いためキャリーとしてはもっともと色んなものを見て回りたいと言うのが本心である。
「ん〜、でも俺もお前もここに来るのは初めてだろ?迷子になるのが関の山じゃねぇの?」
「あ、でもロナードさんは何か詳しそうだったよね。ほら、ギルド本部の時も・・・。」
「確かにな。・・・・『アレ』が案内役として勤まれば、の話だが。」
そう言って後ろ手でいまだにフラフラ意気消沈と歩いているロナードを示すルシア。
「うきゅ〜・・・観光〜・・・。」
「諦めろ、ザ・迷子センターマスター。」
「そんなに迷子になったこと無いもん!!」
「ああ、違ったか。方向感覚欠落症患畜、か?」
「何か思い切り嫌な言い方になってる!それに畜!?患者じゃなくて患畜!?」
三つ編みを振り乱しルシアにくってかかるキャリー。
「ああ、やっぱり。どこかで聞いた声だと思ったら。」
そんなやりとりをしている所に二人も良く知る声が聞こえてくる。
ちょうど直ぐ側の雑貨屋からひょっこりと顔を出したのは着崩したYシャツとジージャン、ジーパン。というラフそのものな格好をした金髪ポニーテールの女性だった。
「カリン?」
「カリンさん?」
「やっほ。」
気軽に片手をヒラヒラと振りながらこちらへと歩いてきたのはカリン・エンプレシアであった。ボタンを開けたYシャツからは胸元から微かに覗きジーパンもややよれているその出で立ちからは到底思え無いものの、彼女はれっきとしたプリーストなのである。胸から下げている金色のロザリオと手に持っている東国の錫杖がなければ100人中99人は分からないであろうが・・・。
「どうしたの?こんなところで二人して。」
「そっちこそ、何してんだよ王都なんかで。」
「失礼ね、私がここに居ちゃいけない?」
顔なじみというせいか、はたまたその性格ゆえかカリンもルシアとキャリーに対して非常に気さくな程度で接してくる。と、言うよりあまり態度や物腰と言う事に気を持たないタチなだけかもしれないが・・・。
「えっと、ちょっとギルドに用事があって来たんですけど・・・、何か大事件があって。それで仕方ないから観光でもしようかと。」
「んで、俺等は王都なんざ初めてで迷子間違いなしだから観光も諦めようか、って話してたところだ。」
「うきゅっ!諦めてないっ!」
「なるほどねぇ・・・。」
ルシアとキャリーのやり取りに慣れているカリンは2.3度フムフムと頷き、ポムと手を叩く。
「なんだ、だったら私がガイドしてあげようか?ここいらは良く知ってるし。」
「えっ、いいんですか?」
カリンの提案に目を輝かせるキャリー。
「もちろん。どーせ私もヒマしてたのよねぇ♪」
「働けや、お前は。」
半眼で突っ込むルシア。だがカリンはそんな突っ込みにも涼しい顔で返す。
「あ〜ら、どこぞの性悪居候に言われたく無いわね。それに私はちゃんと働いてるわよ?フリーのプリーストとして。」
「居候っつーな!俺だってキッチリ家賃払ってんだよ!」
「あんましキャリーちゃん苛めてると家賃上がっちゃうわよ?」
「ぐぅっ・・・・!」
ちなみにルシアとカリンも顔を合わせれば大抵こんな感じだったりする。
「ささ、カリン姉さんのとっとこ王都観光ツアーにご招待。行くわよ、キャリー、居候。」
「うきゅ〜〜♪」
「居候っつーなぁ!!」
ギャーギャーと喚くルシアを半ば引きずるようにキャリーとカリンが両腕を抱えていく。



この後、ルシアとキャリーがロナードをほったらかしにしていた事を思い出したのはそれから約30分以上後の事だった。






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