「ラストソング」 〜第十三話 「記憶の断片」〜


 首都、王都ボウスシェイバーにある王城敷地内にある大型の多目的ホール。その大きさはギルド本部並であり色々な設備も設置されている。
 夕暮れになると王城の門が開かれ正装した人達が次々と王城へと入っていく。門の番兵も敷地内に配備された騎士団の数も普段よりも明らかに多い。
 ゼクロス脱走事件から一週間、王宮舞踏会の日が来た。


「・・・」
 煌びやかな装飾を施されたホールの中は招待状を受けた数十人の人達とテーブルの上に並ぶ豪華な食事によって彩られていた。
 そんな中ヴァイツ・クロフォードは壁にもたれ掛かり仏頂面で腕組みをしていた。
「なんだか面白くなさそうですね」
「そうだな」
 隣から話しかけてくるモコモコした毛玉に対しても心なしかいつもより素っ気ない態度。
「ゼクロスの情報を一番に教え処罰、逮捕の任を任せられる代わりに普段はギルドに協力し活動の任を受けなければならない。そういう約束なんですから仕方ないしょう?」
「分かってる」
 そう言いながらもヴァイツは何処か不機嫌そうにホールの中を見回す。ガヤガヤと談笑する声に優雅な音楽。ちなみに最初ヴァイツは普段のままの黒いジャケット姿で着たのだが
「いくら警護のために来てるとは言ってももっとキチンとした格好じゃないと失礼です」
 とクルスに言われ渋々パリッとしたタキシード姿になっている。
 他のギルド団員や王家の騎士団はホールの外で警備をしていたがヴァイツとクルスはホールの中での警備についていた。
 クルスは精霊士のため常人離れした怪力と魔術があるし、ヴァイツも詠唱無しにも発動される黒い炎と瞬時に手元に呼び出せる魔剣がある。そのため二人はこれと言って武装する必要もないため舞踏会に紛れて警備をする事になっていたのだ。
「こういう雰囲気は苦手みたいですね」
「・・・」
 隣のモコモコとした毛玉、カーバンクルの着ぐるみが再度話しかけてくる。ヴァイツは無言で小さく頷き、それからチラリと横目で隣の着ぐるみに声を掛けた。
「そっちはどうなんだ?」
「・・・・・思い切り心外です」
 カーバンクルの着ぐるみがその短い手(単に胴体がずんぐりし過ぎてるだけなのだが)を頭に伸ばし、スポッと着ぐるみの頭部を脱ぐ。
「この中物凄く蒸れるんですけど」
「だろうな」
 大きな耳を揺らす着ぐるみの頭部を抱えクルスが顔を出す。額やら顔中に汗を掻き見てるだけでそのなんとも言えない暑苦しさが伝わってくる。
「どうして私がこんなのを着てるんでしょう・・・」
 普段はどんな過酷な任務でも愚痴一つこぼさないクルスも思わずそんな言葉が出てしまう。
「ドレス姿になるのを嫌がったからじゃないのか」
 ヴァイツが冷淡にそう呟くとクルスは着ぐるみの手で器用にハンカチを掴み汗を拭きながら
「私もこういう場所は苦手なんです。けど、これも任務の一環。文句は言えません」
 あくまで生真面目なクルス。言っている事は扱く理知的で彼女らしいのだが、如何せん格好が格好だけに、なんとも珍妙な光景だ。
 ヴァイツも笑いこそしないが奇妙な物を見るような目でクルスの姿を数秒眺め、口を開く。
「仕事熱心で実直。良い団員だな・・・」
「ありがとうございます。・・・皮肉っぽいのがちょっと気になりますけど」
「・・・しかし、そんな格好でちゃんと警護が務まるのか?」
「・・・・・・・・・・」
 さも当たり前の事を今更目の前で言われ、クルスはしばらく目をパチクリさせ・・・。

 結局仕方なくドレス姿になることを選んだ。


「いや〜〜〜、いいねぇいいねぇ。綺麗なご婦人方がこれまた綺麗にドレスアップして・・・。ここは何か?天国か?」
 キョロキョロと周りを見回しながらロナード歓声を上げる。ちなみに何故か彼は自前のタキシードを持っていたらしく不思議にキッチリと着こなしている。
「じゃあ死ね。本当の天国に行けるぞ?」
 と、その後ろからはこっちは借り物のタキシードを着たルシア。こっちはあまり似合ってはいなかったが・・・。
「しかもここに来てるのは貴族階級や商社の上役ばっかりだぞ?俺達みたいなのが居る事自体浮いてるんだからあんまし騒ぐなよ」
「はいはい、つまらないねぇお前は。こう、何か無いのか?運命の出会いへの期待とか、一夜限りの夢幻とか・・・」
「ねぇよ」
 天を仰ぎクルクルと回っているロナードにルシアがあくまでも冷たく言い放つ。更にその後ろからテクテクとドレス姿のキャリーがやってきた。
「もぅ、こんなところでまで騒がないでよ?ルシア」
「俺かよ!」
 キャリーが来るとロナードは回転を止めススッとルシアの前に立ちキャリーに向き直る。
「おお〜。キャリーちゃん待ってたよ。いやいや・・・やっぱ思った通り可愛い可愛い♪」
「う、うきゅ・・・」
 しきりにウンウンと頷き一人感慨に耽るロナードに対しキャリーは恥ずかしいらしく赤面し俯いた。
「お母さんのお古なんだけど、ちょうどサイズが合ってたんで貰ってきちゃった」
 ヒラヒラと着慣れないドレスの端を摘み上げながら嬉しそうに顔をほころばせる。
「おいルシア。お前も何か感想無いのか?」
 ロナードがボ〜〜ッと突っ立っていたルシアの脇をつつく。
「ん?あ〜・・・孫にもいしょ・・・」
「うきゅ?」
「いや、似合ってます最高ですあんたが大将、以上」
「投げやりだ〜〜! これ以上無いってぐらい投げやりに言われた〜〜!!」
 喚き出すキャリーにロナードが慌ててポンポンと肩を叩きフォローにはいる。
「落ちついてキャリーちゃん。ルシアはただ照れてるだけだって」
「おいコラ待てや」
「ホントは内心萌えまくってるに決まってるさ。なあ?」
「こいついっぺん窓から放り投げてぇ・・・」
「うきゅ〜・・・」
 キャリーはロナードを睨むルシアの正面に立つ。ルシアもなんとなくそれに吊られてキャリーに振り返る。
「似合わない?この格好」
 少し不安そうにルシアを見上げるキャリー。ルシアはポリポリと頬を掻き視線を逸らし
「・・・似合ってる、それなりにな」
「うきゅっ」
 嬉しそうにニッコリと微笑むキャリー。なんとなく恥ずかしくなったルシアは照れ隠しにキャリーの頭に手を置きクシャクシャと撫でる。
「うきゅっきゅきゅっ!?」
「頭ボサボサにしてやる」
「うきゅっ、なんで〜〜!?」
 撫で回され揺さぶられてるキャリー。ロナードはそんな二人をのんびりと眺め手元のテーブルからカクテルの入ったグラスを取り、一口啜る。
「これもまた青春だねぇ〜」
「ジジ臭いぞロナード」
「お前がガキなだけじゃないの?ハンターの腕は一流でも精神的にはまだまだ未熟だねぇ、ルシア君」
 カクテルをグイッと煽り呑気な声でケタケタと笑うロナード。
「ああ・・・これでカリンさんも来られたら最高だったのになぁ・・・」
「まだ言ってるよ・・・。仕方ないだろ? 何か用事があるらしい」
「今度みんなで招待状のお礼、何かしないとね」
 舞踏会の前日、ルシア達が王都で取っている宿にカリンが現れ3人分の招待状を持ってきたのだ。一体どんな手を使って入手してきたのか、そのルートは気になったがカリンが素直に答える訳もない。
 ルシアは招待状が正真正銘本物であることにかなり驚いていたがキャリーとロナードは逆に素直に喜んでいた。
 だが当のカリン本人は何やら急な用があると言ってこの場には居なかったが・・・。
「ま、今はこの宴を楽しもうじゃないか。それにどこかに素晴らしい出会いがあるかも知れないし」
「ねぇよ」
 ルシアを無視しロナードは行き交う人達(女性限定)を見回し、そこで何かを見つけパッと表情を明るくし目を大きく見開く。
「おっ! あそこにいるのは、やはりこれは運命なのかマイハニー!」
 ロナードはそのまま人混みをスルスルとかき分け目当ての場所へ突き進んでいく。
「・・・あいつ今日は妙なテンションだな・・・」
「うきゅ、見失っちゃうよ〜」
 ルシアとキャリーもロナードの後に続く。談笑する人々の群から少し離れたホールの壁側でロナードは目当ての人物を発見した。
「クルスさん! いやいや、ここで貴女に会えるなんて・・・」
「えっ? ああ、確かこの前の・・・」
「ロナード・エアハルト。よもや再び貴女に会えるとは夢にも思いませんでしたよ」
 着ぐるみ姿から一変しドレス姿になったクルスにロナードが歩み寄る。クルスのドレスは他と比べ多少シックではあったがそれが逆に彼女にはよく似合っている。
「あ、クルスさんだ」
「なんだよ、またナンパか。飽きねぇ奴だな」
 続いてルシア達もやってくる。
「こんばんわ。貴方方も来ていたのですね」
「ええ、ちよっとコネがあって」
 小さく微笑み会釈するクルスにキャリーも釣られてニッコリと微笑む。
「捜査官のあんたがここにいるって事は警護か?」
「おっしゃる通りです。私ともう一名でホールの中の警備を務めているんですよ」
「もう一名って? それらしいのは見あたらないけど」
 キャリーが周りを見回すがこれと言って騎士団やギルドの団員らしい人物は見あたらない。
「ああ、もっと向こうの方に居るはずです。ご紹介しましょうか?」
 クルスはそう言いながらさっきまでいたテーブルの元へと歩いていく。ルシア達もなんとなくそれに続く。
「それって、女性ですか? 野郎ですか?」
「男性ですよ」
 さり気なく聞いたつもりなのだろうが、クルスがそう答えるとロナードの両目がクワッ! と大きく開かれる。
「あ、そういう関係じゃないですよ。任務上パートナーとして組んでいるだけですから」
 パタパタと手を振り否定を主張するクルスにロナードはあからさまに溜息をついて安堵する。
「聞いていませんか? ヴァイツ・クロフォードさんと言うのですが・・・。先日の『宝玉強奪事件』の犯人ですよ」
「「「うげっ!?」」」
 クルスの言葉にルシア、キャリー、ロナードが同時に呻き声を洩らす。
「そ、それって・・・あのS級は賞金首だった・・・?」
「ええ、今はゼクロス・オルタネートの事件を任せられると言う条件で罪を帳消しされています。大丈夫ですよ、悪い人じゃありませんし。物静かな人ですよ?」
「そ、そうは言っても・・・」
 流石についこの間まで大陸中を揺らしていた犯罪者を紹介すると言われ萎縮してしまう3人。
 だが既に4人はヴァイツのいるテーブルにまでやってきていた。
「ああ、あの人ですよ。ヴァイツさん」
 クルスが軽く手を挙げ合図すると壁にもたれ掛かり腕組みをしながら目を閉じていたヴァイツがゆっくりと目を開ける。
「ご紹介しますね。こちらがヴァイツさんです」
「・・・?」
 ドレス姿になって戻ってきたと思ったら今度は見知らぬ3人組を連れてこられヴァイツは怪訝そうにルシア達を見た。
「ヴァイツさん、こちらはルシアさんにキャリーさんとロナードさん。以前ギルドに遺産の調査で来られてお知り合いになった方々です」
 クルスが丁寧にヴァイツとルシア達をそれぞれ紹介する。
「ルシア・・・・だと?」
 ヴァイツがその名を聞いて小さく呟く。不意にその目が鋭く細められルシアを睨む。
「・・・・」
 一方のルシアも何故かヴァイツと対面してから何かに驚いたように呆けていた。
「ちょ・・・ルシア?」
「ヴァイツさん?」
 キャリーとクルスがそれぞれの反応に気づき声を掛ける。ヴァイツはしばらくルシアを睨みつけながら何かを思い出すように黙り込む。
(違う・・・『奴』じゃない・・・。人違いか)
 ヴァイツは軽く頭を振りクルスに振り返り小さく呟いた。
「いや・・・何でもない」
「そう、ですか?」
 クルスはまだ何処か気に掛かりながらもとりあえず頷く。対するルシアはハッと気づいたように顔を上げ、今度は突然の頭痛に頭を押さえる。
「う、ぐ・・・っ!」
「ルシア!?」
「おい、どうしたんだよいきなり」
 そのままうずくまるルシアにキャリーとロナードが慌てて駆け寄る。
(なんだ・・・なんだ・・・?頭が・・・割れるみてぇだ・・・!)
 あまりに突然の頭痛、ルシアは混乱しながらも頭の奥に引っかかっていた物に指先が触れたような感覚を覚えていた。だがそれ以上に激しい激痛が走る頭を押さえルシアはただうめき声を上げるしかできないでいた。
(なんなんだ・・・一体どうしたってんだよ・・・俺は・・・!!)
 頭の中から何かに食い破られるような痛みの中で、どこからか遠い場所から声が聞こえる。


−白い天井。いや、天井だけではない。その部屋は壁も床も真っ白に統一されているのだ。
 自分は何故、ここにいるんだろう。自分は、自分は一体・・・誰なんだろう。
 ふと、部屋の窓から外を見る。だが窓の向こうには外ではなく、大きなパイプや機械で埋め尽くされた大きな空間があるだけで、それを見ている窓も窓ではなく、ガラスの覗き窓だった。
(あれは・・一体なんなんだろう)
 何故、自分はそんな疑問を持ったのだろう。答は簡単、自分はその物を知らないからだ。だが、それとは反対に心の何処かで自分はその物が何であるかを知っているのが分かる。
 答は簡単、自分は単に、知ってて当たり前の物をただ忘れているだけなのだから。


 忘れている?


 何を?


「俺は・・・・」


 見慣れているはずの光景。良く知っているはずの世界。


「俺は・・・・」


−ルシア・・・。お前だけでも・・・−



(これは・・・誰の声だ?)



−転移装置か・・・、くそ! 動力炉が・・・これじゃあ出力が安定できない!−


(何なんだ? 一体何の話をしてる・・・)


−くっ、もうここまで・・・だがこれだけは、このハイドベノンだけは絶対に守らないと・・・!!−



「・・・・・・・ア。・・・・・・シアッ!!」
 突然現実に引き戻されルシアの視界に入ってきたの肩を掴み自分を揺さぶるキャリーの顔だった。
「・・・・・え、ああ・・・・?」
「ちょっと、一体どうしたの?」
 不安顔でルシアの顔を覗き込むキャリー。だが当のルシアも突然襲ってきた頭痛も意味の分からない光景も全く見に覚えがないものだった。
「いや・・・大丈夫だ。何でもねぇよ」
 まだ痛みの残る頭を振りながら声を絞り出す。気づけばビッシリと額に汗を掻いている。
「もしかして・・・何か思いだしたの? 過去のこと・・・」
「・・・」
 キャリーは恐る恐るルシアに訪ね、その沈黙を肯定と取り今度はヴァイツに視線を移す。
「・・・悪いが、俺はそいつとは初対面だ」
 ヴァイツはキャリーが口を開く前にそう言い放つ。ルシアの様子とキャリー達の反応から記憶喪失だと言うことを見抜いたのだろうか。
「でも・・・貴方と会ってこんな事が起きたんだから少なくとも貴方が何かルシアの記憶に関係してるって事じゃあ・・・」
「まぁまぁキャリーちゃん。他人の空似って事もあるだろ? それに・・・」
 ヴァイツに問いかけるキャリーの肩を叩きロナードがやんわりと諭す。代わりに彼はルシアに向き直り
「んで、一体何を思い出したんだ? お前は。生まれた場所とか、家族とか、そういうのか?」
「いや・・・。俺もよく分からない、ただ・・・」
 脳裏に浮かび上がった景色。
 あれは明らかにこの辺り、下手をすればこの大陸の何処にもあるような場所ではなかった。恐ろしく高度な文明と科学のある場所だろう。そして、自分はそこの住人で、そこで何かがあった・・・。


−ルシア・・・。お前だけでも・・・−


(俺は、誰かに逃がされた・・・? でも一体誰に。それにそもそも何が起きてたっていうんだ・・・)


−転移装置−


−ハイドベノン−


 どちらも聞き慣れない単語だ。転移法陣は古代文明の魔術に実在する物だがそれを装置化するのは今の科学ではまず不可能である。それに「ハイドベノン」とは・・・。
(何かの名称か、それとも名前か・・・・? くそ、これ以上はわからねぇ・・・!)
 それ以上記憶を探ろうとするとすぐに頭の中に白い靄がかかり行く手を遮る。
「ルシア・・・いいよ。無理しないで」
「記憶喪失の場合、無理に思い出そうとするのはかえって逆効果なんです。ゆっくり時間をかけて思い出すのが一番ですよ」
 キャリーとクルスがルシアの肩に手を置き慰めるように優しく言いかける。
 ロナードはチラリと横で無表情ににルシアを眺めているヴァイツに声を掛ける。
「なぁ、あんた・・・。ホントにコイツに思い辺りが無いのか?」
 ロナードはクルスがルシア達を紹介した時にヴァイツがルシアの名前に微かな反応を見せたのを見逃していなかった。普段は軽薄な仮面を被っているものの、ロナードは元々周りの空気に敏感な鋭い洞察力の持ち主なのだ。
「・・・知らないな。嘘をついて俺に何の得がある」
 ヴァイツはロナードに目も合わせず淡々とした口調で言い放つ。その表情はいつも通りの仏頂面で特にこれといった感情の色は見えない。
「少なくとも・・・・俺の知っている『ルシア』じゃあない」



「さて、と・・・。どうしたものか・・・」
 アガートは煌びやかな会場を一人ウロウロと彷徨っていた。別段誰かと一緒に来た訳でもなければ知り合いもいない。ちなみに彼は普段通りの黒いコート姿で、それがかえって彼を周りから浮かせていた。
(招待されたのはいいが、いざ来てみると特にすることもないんだな)
 適当に料理を摘み申し訳程度にカクテルに手をつける。それでも時間はほとんど潰れない。
 だが幸いな事にアガート自身舞踏会に訪れた時間が遅かったせいか宴もそろそろ終盤と言った頃合いになってきていた。
(ん・・・? あいつは・・・。)
 何気なくその辺を見回していたアガートはホールの隅でじっと腕組みしながら自分と同じように退屈そうにぼんやりと舞踏会を眺めている男の姿を見つけた。
(あれは確か『宝玉』の強奪犯、ヴァイツ・クロフォード・・・そうか、ギルドの警備ってのはあいつのことか・・・)
 国王もよくついこの間まで大陸中に名を轟かせた犯罪者だった男を舞踏会会場に入れるのを許可したもんだ、と半ば呆れまじりに心の中で嘆息する。よほどギルドはあの男を信頼しているか、何かしらのイザという時の手を持っているのか。もしくは単に大らかなだけなのかも知れないが、その可能性は色んな意味で怖いので止めておく。
「・・・っと、そろそろあのどたばた姫さんの所にも顔出してやらないとな。後々五月蠅そうだし」
 とりあえずヴァイツの事は今のところは放っておく事にし、アガートはパティの姿を探しに人混みの中に入っていった。



「おいルシア、本当に大丈夫か?」
 水に濡らしたハンカチを額に当て天井を喘ぐルシアの隣でロナードが話しかける。クルスとヴァイツは警護の任があるからと既に席を外し再び任務に戻り、キャリーは飲み物を取ってくると言いその場には居なかった。
「ああ・・・何とかな。もう頭痛も大分引いたし」
 そう言いながらもルシアの顔には酷く疲れたような疲労の色が浮かんでいる。ブルブルと何かを振り払うように頭を振り、2.3度頬を叩く。
「・・・うし、もう大丈夫だ。しかしまぁ、一体なんなんだったんだろうな」
「そりゃ俺が聞きてぇっつーの。お前の事だろ? 何か思い出したんじゃねぇの? 記憶を」
「・・・分かんねぇよ。いくつか断片的な光景と誰かが何か喋ってるのを思い出しただけだし、それが何処で誰が何の話をしてるのかはサッパリだ」
「ふ〜ん・・・。でも、あのヴァイツって奴と会っていきなりそれを思い出したってことは、やっぱお前の過去に何か関係してるんだろうな、あの宝玉強奪犯が」
「それも分かんねぇよ、他人のそら似なだけかも知れねぇし。これが本当に俺の過去に関係してるのかだって怪しいんだぞ?」
 自分で言いながらクシャクシャと頭を掻き苛立たしげに軽く舌打ちする。
「チッ・・・ここで考えてもしょうがねぇ。まっ、いつか思い出すだろ」
「アバウトだなぁ・・・」
 そういうロナードも別段呆れた様子も見せずに軽く笑みを浮かべながらいそいそとテーブルから料理を取っている。
「そういうもんだろ。焦ったってどうにもならねぇんだから」
 ヒラヒラと手を振りルシアはもう一度顔を上げ天井を見上げた。
「例えどんな過去だったって・・・俺は俺さ」




「いいな、手筈は計画の通りに。しくじるなよ?」
「分かってる。支配者面の王家の連中の驚く顔が目に浮かぶぜ」
「『あの連中』も既に森の中で配置に付いてる。救助隊、追っ手への対策も完璧だ」
「OK・・・もうそろそろ開始するぞ。あんたは戻ってていいぞ」
「ええ、そうさせてもらいますわ」
「あんたがくれた『アレ』、遠慮なく使わせてもらうぜ?」
「もちろん。そのためにあなた方に差し上げたのですもの」
「よし・・・じゃあ始めるぞ!」
 王城の後ろにある樹海の入り口に3人の男と1人の女が居た。薄暗い夕暮れと森の陰に隠れその姿はよく見えない。
 だが彼らの遠く前にはキラキラと眩しい明かりに照らされた舞踏会のホールが見える。
 男の一人がペロリと舌なめずりする音が静かに響く。
「さぁ、パーティーはこれからだぜ・・・」
 草を散らし、3つの人影が樹海から飛び出す。その獰猛な瞳は、しっかりと王城を映し出していた。


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