「ラストソング」 〜第十六話 「二人の精霊士」〜



「ほらほらどうしたぁ、こん程度か?」
 目まぐるしく左右から繰り出される斬撃にロングソードで懸命に防御に徹するルシア。両手にハンドアクスを構え笑みを浮かべながら凶暴な攻撃を繰り返す赤髪の男の声が深い森の中、木々に響く。
「くそったれ・・・! 調子に乗りやがって・・・」
 ルシアも決して弱くは無い。剣術の腕も一流と言えるものなのだが今はひたすら防戦一方の状況である。
「ガラ空きだぜぇっ、気をつけなっ!」
 ドゴッ! と鈍い音を上げて赤髪の男の蹴りが鳩尾に食い込む。ちょうど剣でハンドアクスの攻撃をガードしたため、両手が上がった瞬間に蹴りが来たのだ。
「かっ・・・・」
 突然のことに腹筋を締めることもできずまともにダメージを受ける。強い衝撃が内臓に伝わり声を上げたのか、息を吐いたのか、ままならなくなる。
「くっ・・・・んなろっ・・・!」
 地面を踏みつけ、なんとか倒れずこらえる。容赦なく横薙ぎに繰り出される斬撃にロングソードが甲高い金属音を立てて受け止める。
「頑張るじゃないか。その調子だぜ、兄ちゃん」
「あんまし・・・・調子に乗んなっ!!」
 ギリギリとハンドアクスがルシアの顔に近づく。両手でそれぞれ押し込んでいく赤髪の男に対しルシアは剣一本である。その上体重をかけられ、今力を抜いたら瞬間、顔面から切り裂かれてしまう。
「にゃろ・・・・っ!」
 ルシアはロングソードの先端を近くの木に突き刺し固定すると、押さえていた片手を腰のベルトに滑らせ金具でベルトに固定している鞘を斜めに叩く。
 クルリと鋭く回転した鋼鉄製の鞘が、下から振り上げるように前のめりに体重をかけていた赤髪の男の顎を叩き上げた。
「んごぉっ!?」
 間抜けな声を上げてゴロゴロとそのまま転がる。戦闘中にもかかわらず大声で喚いたため、打撃が必要以上に脳天まで響いてしまったのだ。
「おいおい、おたくの相棒、ちょいと頭弱いのか?」
「それは組んでいる私が一番理解しているよ」
 一方、ルシアたちから少しはなれたところでロナードと青髪の帽子の男が互いに槍とスピアを構え睨みあっていた。
 距離は互角。ロナードは魔力武器である自分の槍に威力の有利を見ると素早く一歩踏み込み、槍を引き腰溜めに構える。
 帽子の男もそれに習い手に持ったミドルスピアを滑らかな手つきで斜めに構えガードの体制を作る。
 だが、ロナードはそのまま槍を突き出さず反対に柄の部分から横から振り上げた。
「・・・っ!」
 帽子の男は冷静にスピアでそのまま柄を受け止める。だがロナードはそれも予想していたらしく、軽く口元に笑みを浮かべ打ち付けた柄を真下に下ろし、切っ先を真上から180度回転させ振り下ろす。
「もらった!」
 切っ先に魔力が帯び、薄く発光する。並の鉄や金属ならそのままガードの上から切断できる力を帯びた一閃である。
 だが、それでも帽子の男は眉一つ動かさずスピアを真横に構えたまま片手を添え、ロナードの一撃を受け止めた。
「魔力武器・・・珍しいな。レザノフに伝わりし魔槍、グングニルか・・・」
「チッ・・・そっちも魔力武器ってか。それに・・・レザノフに詳しいみたいじゃねぇか」
「あの寒国の出なのでね・・・。君も同郷、ということかな?」
 同じく淡く発光するスピアを振り上げ槍を払いのけ飛び退る。
「さあね。どの道今の状況にゃ関係ない話だろ? 相手がナイスバディの婦女子なら別だがなあ」
 ロナードの軽口にもほとんど反応を見せず、淡々と針のような切っ先を突きつける。帽子から青い前髪がハラリと風に吹かれ目元に落ちる。それでも彼は、小さく目を細めただけだった。
「確かに。関係は無いな。・・・我が魔槍フェンブレンが凶ッ風、見切れるかな?」
 言うや否や、突風のような一突きがロナードの鼻先を掠める。とっさに横に退いたものの軽く左肩がスピアに切っ先に切り付けられ血が小さく飛び散る。
(うおっ・・・! こいつ・・速ぇ・・・!)
 チラリと横目で自分の「相棒」に視線を送る。偶然にも向こうも同じようにこちらに目を向けたところだった。
(お互い、こりゃ骨が折れそうだな、ルシア)
 ランザー・ドラゴード、ナイブス・レイダー。ルシアとロナードの前にはこれまでに無い強敵が立ちはだかっていた・・・。



 同時刻、スケロスを撃破したヴァイツ達はバイクを止め森の中立ち止まっていた。
 クルスは近くの樹に手を置くとその表面に刻み付けていた目印を確認する。
「やっぱり・・・。さっきから同じ所をグルグル回っています」
「妙な魔力の気配も感じるな、さっきから」
「結界、ですね。それもかなり高レベルの」
 周囲を見回すクルス。以前に仕掛けられた結界のように魔符などは見かけられない。
 ヴァイツもそれに気づいているらしく瞳を細め周囲の気配に気を配っていた。
「誰かが意図的に私達を足止めしているようですね。テロリストグループの中にかなりの腕の魔術師がいるのでしょうか」
「・・多分、違うな」
 ヴァイツが静かに答える。その右手の中に、小さな火種のような黒い炎が浮かび上がる。
「さっきから魔獣の気配も無い。こんな未開の森なのに、な。王女誘拐時もそうだ。ナイトバットを使い、ついさっきもスケロスだ・・・」
「・・・! どちらも、通常の野生の魔獣ではない・・・・何者かが、召喚した・・・?」
「・・・そう考えるのが普通だろうな」
「でもナイトバットもスケロスも魔界にしかいない魔獣。それを召喚するなんてどれほどの魔力を持った召喚術師・・・・・・まさか・・・!」
 推論を声に出し自分に言い聞かせるように頭の中で推理を築くクルス。そして、ある一つの仮説に辿り着くと、隣で目を閉じ黙り耽っているヴァイツに振り返る。
「ゼクロス・・・オルタネート・・・」
 無意識にその名を漏らしてしまう。その名前にヴァイツがすっ、と瞳を開ける。その目には心なしか暗い光が灯っているようにも感じられる。
(・・・やっぱり、この人にとってゼクロスの存在は根深いんだ・・・)
 いつもより増して目つきの悪くなったヴァイツに、何故かクルスが顔を曇らせる。表には出さないが、何故か胸の奥が小さく痛むのを感じた。
 そんな折、突然人気の無いはずの森の中で何処からか女性の声が木々に響いて届いてきた。
「ご名答です。頭の良いお嬢さんですのね」
「・・・っ!」
 いきなりの第三者の声にクルスが腰から愛用の戦斧を取り出す。柄を伸ばし刃を引き出すと瞬く間に巨大な斧がその手に握られる。
 ヴァイツも握っていた拳をゆっくりと解き静かに瞳を細め周囲をうかがう。
「そう構えないでくださいな。こちらに戦う意思はありませんわ」
 その声と共に木々の隙間から差し込む光の下に、一人の女性が姿を現した。
 年のころ20代前半と言った感じの、ウェーブのかかった長い金髪の女性だった。物静かに金髪の女性はヴァイツとクルスに近寄り、腰を包むローブの裾を軽く持ち上げ、会釈する。
「お初にお目にかかります。私、フィラットと申します。お気軽にフィラ、とお呼びください」
 そう言う女性にも、クルスは油断無く視線を向け続ける。
 背中まで届くウェーブのかかった金髪、やや細めの瞳は赤い色が微かに見える。よく見ると髪の一部を耳元で細く編みこんでいる。
 綺麗な女性、それがクルスの印象だった。
 肩や胸元を大きく開いた妖艶なフクと腰に巻いたローブはそれぞれ瞳と同じ真っ赤で統一されており、露出している左足には金色のアンクレットが蛇のように巻きつけられている。
「貴女は・・・? 犯人グループの一人と考えていいんでしょうか」
「嫌ですわ、あんな下賎な方々と一緒にしないでくださいな」
 コロコロと口元に手を当てて微笑むその女性に、今度はヴァイツが口を開く。
「かと言って無関係、でも無いだろう? ここの結界・・・お前だな」
「流石はヴァイツ様。でも私の「役目」はあくまで貴方様の足止め。戦うつもりはありませんわ」
「俺がそれを信じる、と?」
「信じていないならとっくに私は跡形も無く消し炭にされていますでしょう? さっきから貴方様の殺気をヒシヒシと受けていましたもの・・・。私が下手な動きを見せれば、その手の炎で容赦なく焼かれていたでしょうね」
 その言葉にクルスがヴァイツを軽く睨む。
「・・・気づいていたのなら・・・」
「殺気も戦意も感じられなかったからな、無駄に騒がなかっただけだ」
 にべもない言葉にクルスの戦斧が微かに下がる。肩の力が抜けたのだろうか。
「でも、これだけの結界を張るとは、貴女は一体・・・」
 軽くため息をついてから、フィラと名乗った女性に向き直る。どうも彼と組んでからペースが一方的に乱されているように思える。多分、気のせいではないはずだ。
「予想はついているでしょう ?自分と同じ「感覚」を感じているはずですから」
 あくまで微笑を浮かべたまま温和に語りかけるフィラと名乗る女性に、クルスは表情を緩めず小さく口を開く。
「・・・精霊士」
 その言葉にフィラはニッコリと笑顔を見せ頷く。
「改めて自己紹介をさせていただきます。私の名はフィラット・ローザ。ゼクロス様に使える炎の精霊士ですわ」


「あー畜生!!」
「まいったな、流石は有名なコンビ。連携攻撃に隙がねえや」
 背中を合わせ互いの相手に刃を向けながらルシアとロナードが口々に不平の声を上げる。
「こっちはコンビネーションの欠片も無いタッグだってのに、相手は黄金コンビと来た。どうするよ」
「どうにかするだけさ、とにかく」
 左右から同時に襲い掛かるランザーとレイダー。ロナードが槍を振り上げ、応戦しようとし、柄がルシアの背を叩き体制を崩す。
「っとと・・! こらロナっ!! 気をつけ・・・っ!」
「ヒャッハァッ!!」
 バランスの崩れたルシアにランザーのハンドアクスが切りつけられる。幸いロングソードで受け止めたが切っ先が頬や肩口を掠め血が滲む。
「ルシアっ!」
「仲間の心配をしている場合か?」
 ロナードの目の前で着地したランザーは攻撃をする素振りを見せ、素早く退く。
 つい防御体制を取ってしまったロナードの頭上からレイダーが飛び掛ってくる。
「ぬおおっ・・・!?」
 地面を転がり回避。数瞬前まで自分のいた場所にスピアが突き刺さる。だがレイダーはそのままスピアを振り上げるとランザーが突き出したハンドアクスに切っ先を絡め再び跳躍する。
 ランザーはそのまま力任せに腕を振り払い、空中で変則的にロナードを追うようにレイダーが飛翔する。
「ンなの有りかっ!?」
「有りさ」
 猛スピードでランザーの腕を軸にコマのように横回転するレイダー。ロナードは転がってしまったため体制を戻せずまともにキックを食らい数メートル吹き飛ばされた。
「ちっ・・・!!」
 レイダーの着地と同時に背後からルシアが切りかかる。だがレイダーは振り返りもせず体を左にずらすちょうどレイダーの陰になり見えなくなっていたランザーがハンドアクスを突き出しルシアを突き上げた。
「く・・・・ぅっ・・!」
 ロングソードて受け止めるものの、刃が短いハンドアクスは持ち主の腕力が伝わりやすく衝撃も強い。
 ルシアはガードしたままロナードと反対側に吹き飛ばされる羽目になった。
「っ痛・・・。こいつら、冗談無しに強い・・・」
「当然さ、俺とレイダーが組めば天下無謀って奴さ」
「それを言うなら天下無双、だ」
「あ、そうそう。天下無糖な」
「ヘルシーにしてどうする。無双だ、無双」
 ルシアはロングソードを杖代わりに立ち上がると同じく木に手を付きよろめきながら立ち上がったロナードに声を張り上げる。
「ロナード気をつけろ! こいつらアホだけど強いぞ!」
「わかってる! 馬鹿だけど侮れないな! 馬鹿だけど、馬鹿だけど」
「・・・私も一緒くたにされてるようだな。3度も復唱されるとは」
「アホ馬鹿呼ばわりする前に、俺らに勝ってみろってんだよ」
 挑発的に手招きしてみせるランザー。ルシアはロナードの隣へと回り込むと、肩を並べ身構える。
「バラバラに攻撃しても通用しないな。どうするよ」
「かと言ってコンビネーションじゃ勝ち目は無いしな・・・」
 ルシアもロナードも既に斬撃や打撃を何度も受けダメージもかなり蓄積している状態だった。
「・・・・コンビネーション、ねぇ・・・」
 何か思いついたようにルシアがニンマリと口元をゆがめる。
「ん、何だ。何企んでんだよ」
「黙れネギ男。ちょい耳かせ」
 ルシアが耳元で何言かロナードに耳打ちする。
「・・・・うまく行くと思うか?」
「上手くいかせるさ。・・・・いくぜっ!」
 ルシアが雄たけびと共に剣を構え突進する。それに習いロナードもグングニルを掲げ後に続く。
「何を相談していたのかは知らないが・・・」
「一朝一夕の連携が通用すると・・・・っと?」
 ルシアがランザー、ロナードがレイダーにそれぞれ刃を向け飛び掛ろうとしたまさにその瞬間。
「2対2が駄目なら・・・」
「1対1×2ならどうだよっ!」
 いきなり方向を変えるとルシアはレイダーに向けて剣を振るい、そのままガードの上から膝で蹴り上げる。対してロナードは槍を回転させランザーを攻め立てる。
「こ、こいつら・・・っ!!」
「1対1に持ち込むとは・・・その上相手をチェンジしただと!?」
 いきなり敵が切り替わり、獲物も全く正反対の相手が突然現れランザーもレイダーも僅かにたじろく。
 そして、その僅かな隙で二人は十分だった。
 ミドルスピアの形状を逆手に取りルシアは片手でスピアを根元から押さえつけ切っ先を剣で封じ膝を何度も蹴り上げレイダーにピッタリと密着する。
「この距離なら自慢のスピアも振るえないだろ? 反撃させてもらうぜ・・・っ!!」
「くっ・・・甘く見るなよ・・・!」
 負けじとレイダーもルシアの肩を掴み、わざと切られた部分に指を押し付け痛みに身を固めた瞬間間合いを広げる。だが間合いが開いた瞬間鋭く薙いだルシアの剣先がレイダーの胸元を切り裂く。
「ぐ・・・っ!!」
 致命傷ではないが血が巻き散る。駄目押しとばかりに踏み込み真正面からたった今切りつけた傷目掛け思い切り蹴り飛ばす。
「くっ・・・くあ・・・っ!?」
 今度はレイダーが声を上げ吹き飛ばされる。
「次はお前さんだぜ、馬鹿大将」
「て、てんめぇっ・・・・!!」
 槍を両手でクルクルとプロペラのように回転させ上下左右に振り回すロナード。下手に近づくことのできないランザーはジリジリと後ずさることしかできないでいた。
 ハンドアクスを愛用しているランザーが、ここに来て始めて裏目に出てしまったのだ。
「お前さんは手斧が届く距離ならやたら強いがそれ以外じゃてんで駄目だ。フォローしてくれる相棒もいないしな」
 回転を止め一瞬で槍を突き出す。実をよじりかわしたランザーは間合いを詰めようとするがロナードが槍を戻す動作が先行し、距離をとられたまま突きを避けることで精一杯になっている。
「コンビってのは揃ってれば強力だけどな・・・」
 ルシアが頬から滴る血を無造作に袖でぬぐう。
「いざ崩れると体制も度するの手間がかかる、脆くなっちまうんだよ」
 切っ先を回転させ虚を突き、槍の柄がランザーの鳩尾を強烈に突き出す。
「げふっ!?」
 息の詰まった声を上げて転がるランザー。体勢を立て直したレイダーが素早く隣に立ち再び二人並び構えを取る。
「特にお前らみたいな個々の戦力が高く互いの欠点を補ってるようなタイプは特に。一度崩れると脆いもんだぜ」
 ロナードがクルクルと手首を起用に操り槍を回転させる。次第に回転が早まり槍の形が段々と見えなくなっていく。
「魔槍グングニル、『霧雨』っ!」
 突然回転させていた槍が円状に描かれていた軌道から鋭く針のように高速で突き出される。
「うおっ!?」
「ぬっ・・・」
 素早い突きの連続に再び体制が崩れる二人。その隙にルシアがロングソードを掲げ突進する。
「レイダー!!」
「承知している・・・!」
 レイダーがミドルスピアを胸の前で横一文字に構える。スピアに淡い光が灯り始め暗い森の中で光が眩くそこだけ収束していく・・・。
「魔力武器・・・! ルシアっ!」
 ロナードが慌てて声をかけるが振り上げた剣を止められるわけも無く、ルシアもヤケクソ気味にそのまま刃を振り下ろす。
「『凶風』ッ!!」
 レイダーのスピアから放たれた『風』が一直線にルシアに襲い掛かる。
「うおおっ・・・!?」
 とっさに剣を構えガードするものの突風に体が煽られ、ミシミシとロングソードが音を立てる。

  パキィッ!!

 甲高い金属音と共にロングソードの刀身が半ばからへし折れ、同時にルシアの体が吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
 そのまま木に背中から叩き付けられ崩れ落ちる。少し遅れて折れた刃が地面に突き刺さる。
「ルシアっ!!」
「おっと、行かせねぇよ」
 駆け寄ろうとしたロナードにランザーが襲い掛かる。一方レイダーもスピアを構えルシアに詰め寄る。
「げほっ・・・!」
 むせながら何とか体を起こすルシア。だが手に持った剣は刀身が折れ使い物にならない。
(くそっ・・・この衝撃、嫌なもん思い出しちまったじゃねえか・・・)
 凄まじい突風に叩き付けられ、不意に脳裏に巨大な岩石の巨人に叩き飛ばされた記憶が蘇る。
 巨大な拳に殴り吹き飛ばされた記憶。そしてその跡の、かすかな記憶。
 その時確かに見えた、覚えもない光景、言葉、人影、そして・・・
「あー・・・そうだったな、確か」
 柄だけとなったロングソードを無造作に放り投げる。左手を右手に添え、右掌をそっと開く。
「もう一つ、思い出したぜ・・・。これもあったよな」
 スッ、と自然と視線が鋭くなる。瞳の奥。頭の中で何かが浮かんでくるような、不思議な感覚。
「あの光・・・あれは」
 ランザーと切り結んでいたロナードもルシアの様子に気が付く。そして、彼の右手に前にも見た光が集まっていくのも。
「これは・・・!? 魔力武器の光? いや違う・・・これは!」
 一瞬逡巡したレイダーだったが、すぐに切っ先を向けスピアを振るう。光は、益々強くなっていた。
「我が光、我が力・・・!」
 ルシアの言葉に右手の中の光が爆発的に広がる。拡散した光がそのまま収束し束になり、一本の輝く刃となって掌に収まった。
 爛々とした閃光の刃は、ルシアの手の中で今にも爆発しそうにその光を何度も強めていく。
「また、あの力・・・。なんなんだよありゃぁ・・・」
 ランザーのハンドアクスを薙ぎ払い距離をとるロナード。一度あの光を見ている彼は、その威力も見ていた。
「ランザー! 退くぞ!」
「んぁ? なんでだよ。どんな魔術だってこれぐらい・・・」
「これは魔術ではない! 死にたいのか!」
 ルシアが腕を大きく振り上げる。光の刃がそれにならい、ゆっくりと掲げられる。
「おぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 雄叫びと共に刃が振り下ろされる。光の軌道を描き、そのまま閃光が斬撃となり大地に突き刺さる。

  ドォォオオオオオオ・・・・・

 鈍い地響きが鳴り響く。凄まじい土ぼこりが巻き起こり、ルシアの真正面一直線の軌道上の木々が根元から吹き飛ばされ、生い茂った森にポッカリと平野が作り出されていた・・・。
 凄まじい土埃が辺りを包み、次第にゆっくりとそれが晴れていくと既に二人の姿はどこにも見えなくなっていた。
「前も見たけどよ、やっぱりすげぇな・・・お前のコレは」
 服に付いた埃を払いながらロナードが歩み寄る。木々は圧し折れ、地面は大きく抉られその光景はその一点だけ爆撃でもされたような惨状となっていた。
「あの二人は逃げられたみたいだな。ま、跡形もなく吹っ飛んだのかも知れないけどなぁ」
「・・・」
 ルシアは黙って光の消えた自分の手を見つめる。そこにはもう、蝋燭の灯火ほどの光もなかった。
(今度は何も浮かばなかった。・・・この力が記憶の鍵だと思ってたけど、違うのかもな・・・)
「ん、どした、ルシア?」
「いや、なんでもない・・・」
 ルシアの様子に怪訝そうな顔をするロナード。だがすぐに視線を正面へと切り替える。
「さて、大分時間食っちまったな、先急ごうぜ。お姫さん救出作戦SP続行だ」
「いつから特番になったんだよ、おい」
 滅茶苦茶に荒れた森の中、遅れを取り戻すように大急ぎで走り出すルシアとロナードだった。



「ん、んん・・・・?」
「気が付いたか、お嬢さん」
 ぼんやりと視界が開いてくる。意識が次第に鮮明になるにつれ、パティは今の状況を察知した。
「こ、ここは・・・?」
 辺りを見回す、薄暗いが建物の中だ。狭く、古びた材木やさび付いた農具が散乱している。どうやらここは森の中の樵小屋のようだ。
パティは居場所を確認すると、自分の両手が背後で縛られていることに気が付いた。もっとも、縛られていなくても、目の前も男が逃がしてくれるとは思えなかったが。
「おはよう、お姫様。お目覚めの気分はいかがかな?」
 男は知覚の木材に腰掛け小馬鹿にしたような口調で言ってくる。
 黒の長髪。簡易なプロテクターを動きやすい服の上から着込んだその姿は、確かに意識を失う前にも見かけている。
「あなた・・・テロリストですか」
「まあ、そう言われても仕方ないな。王女を誘拐したのは事実だし」
 男はそう言うと材木から腰を浮かせ立ち上がる。ベルトに巻きつけてある黒塗りの鞭が、軽く揺れる。
「俺はロイド。一応このグループのリーダーをしている」
「な、何でこんなことを。騎士団だって黙っては・・・」
「その騎士団から、目の前で君を攫ったんだぜ、俺たちは」
 グイッ、と乱暴にパティの顎を掴み顔を寄せる。その口調は穏やかではあったが、パティは無意識に彼、ロイドの瞳に自分に対する嫌悪のような色を感じた。
「あんまり騒ぐなよ、外には残りの仲間もいるし、俺たちにはまだ奥の手もあるんだしな」
「奥の手・・・? きゃうっ!」
 ロイドはフン、と鼻を鳴らすとパティを無造作に突き飛ばす。材木に背中から叩き付けられ埃が舞う。
「そういう訳で、あまり刺激するなよ、俺たちを。特に俺は・・・今すぐお前を八つ裂きにしたって構わないんだからなぁ」
 ロイドの口元が邪悪に浮かぶ。どうやら彼は金銭目的でこの計画を実行したようではないらしい。と、すれば、自分の身は更に危ないことになる。今までハッキリと自身の命が危機に晒されたことの無いパティにとって、始めての生命の危機であった。
(怖い・・・怖いよ・・・助けて、アガートさん・・・!)
 膝が震える。自然に口の中が乾いてくる。今自分にできるのは、ただ祈り続けることしかなかった。



 一方、フィラと名乗る精霊士と対峙していたヴァイツとクルス。フィラは柔和な笑みを浮かばせ二人に対しても特に攻撃する意思は無いように見える。
「ゼクロスの手下がここにいると言うことは・・・この一軒も奴の差し金か?」
 ヴァイツの口調はあくまでいつもどおりだ。だが、横にいるクルスはその中に微かに語気が荒くなっていることに気が付いた。
「いえいえ、今回テロリストの皆さんに魔獣を提供したのは事実、ゼクロス様ですが発案者は違いますわ。それは、貴方様よりそちらのお嬢さんのほうが詳しいかと」
「私が・・・? ま、まさか・・・!」
 いきなり自分に矛先を向けられるクルス。そして、不意にある人物が脳裏に浮かんだ。
「まさか、この誘拐計画、テロリストを先導したのは・・・・ダレス室長!?」
「ふふ・・・ご名答。察しの良い人。頭のいい人は好きですよ」
 コロコロと口元に手を当て微笑むフィラ。テロリストグループを煽り王女パティを誘拐させたのはかつての自分の上司。
「ダレス・ハーフシェル。私と同じゼクロス様の信奉者。ショックが強いようですね、流石に元上司の裏切りを目の当たりにするのは」
「・・・覚悟は、していましたよ」
 キュ、と口元を閉めクルスが呟く。そう、これは覚悟していたこと。あの日ゼクロスと共にギルドを去り自分たちと相反する道に行った彼とは、いつかは対決しなければならない。ギルドで部下として働いていた頃は彼には良くしてもらっていたし目もかけてもらっていた。だが・・・。
「私にも信じるものがあります。決して譲れないものも。例え室長でも・・・」
「強いですわね。かつての上司より出会ったばかりの魔族の方を信頼してらっしゃるのかしら?」
「・・・っ!」
「そう、彼は優しいですものね。優しくて、強い。惹かれるのも無理は無いと思いますよ。もしかしたら、精霊士は魔竜の一族と相性がよろしいのかもしれませんね」
「言いたいことはそれだけか?」
 不意に口を開くヴァイツ。その瞬間フィラの足元に突然黒い炎が獣のように食らい付く。
「っ!!」
 あまりに突然のことに動くこともできないフィラ。だが、炎は足元を大きく抉っただけで彼女の服にも焦げ後一つ残していない。
「お前の与太話を聞くつもりはない。・・・奴は何処だ」
「怖いお方・・・私も、お話しすることはできませんわ。まだ、「その時」ではありませんもの」
「なら・・・力ずくだ」
 右手を振り上げる。漆黒の炎がヴァイツの周りを蛇のように纏っていく。それに対しフィラも懐から1本の扇を取り出すと、腕を振り展開させる。鉛色に輝く鉄扇を、仰ぐように空に舞わせる。
「お見せしますわ・・私の「舞い」を」
 鉄扇を仰ぐたびに火の粉が舞う。次第にそれは火種となり紅蓮の炎となって彼女の動きに呼応するように周囲を包んでいく。
「こ、これは・・・」
「私は炎の精霊士。炎は私の僕。楽しんでくださいな、『鳳凰演舞』」
 ヴァイツたちの周囲が炎に包まれる。不思議と木々にその炎が燃え移ることは無く、包まれた二人の壁になるように円状に紅蓮の炎が形状を保たれる。
「炎の結界、というわけですか」
「封じるだけではありませんわよ、鳳凰は見た目よりずっと獰猛ですもの」
 フ、とフィラの指が動く、同時に包まれた炎が大きく羽根のように羽ばたきクルスに向かう。
「っ!?」
 咄嗟に飛びのき回避する。フィラは指先をもう一度振るうと、今度は別の箇所から炎が向かってくる。
 その動きはまるで、炎という演奏を指揮する指揮者のように彼女の指に誘われるまま紅炎が二人に襲い掛かる。
「どうします、この程度で手も足も出ないと?」
「・・・」
 ヴァイツは手の中の黒炎を無造作に自身を包む炎にぶつける。赤と黒の炎が混ざり合い、2色の火がそのまま周囲を囲んでいく・・・。
 次の瞬間、ヴァイツが腕を真横に薙ぎ振るうと同時に、辺りを包んでいたフィラの炎が四散した。
「魔竜の炎を舐めるな」
 ヴァイツの周囲に漆黒の炎が球状となり浮かび上がる。そしてそのまま無数の火の玉となりフィラに飛来する。
「通じるか、とは思っていましたが・・・ここまでにべもなく破られると、流石ですわね」
 ヴァイツの黒炎を鉄扇で弾き、あるいは避けながらフィラは頬に冷や汗が垂れるのを感じた。
 ヴァイツ・クロフォードという男を心から怖いと感じていた。
 そして、その畏怖が一瞬の隙を作ってしまったことに、フィラはクルスがいつの間にか自分の死角で魔術構成を終えているのを目にし、気づいた。
「大地のうねりよ、剣となりて我が意を表せっ! 『ロックストーム』!!」
 地面から大小さ様々な岩石が浮遊し、フィラの周囲を取り囲む。次の瞬間、荒らしのように岩石が彼女を包み全身に襲い掛かる。
「・・・っ!」
 だが、捕らえたと思ったのも束の間、岩の旋風が止むとフィラの姿の変わりに小さな火の粉がハラハラと舞い降りてきた・・。
「危ないところでしたわ・・・。流石にあなた方二人を同時に相手するのは無茶がすぎますわね」
 姿は映さず、フィラの声が森に響く。
「今日のところはここで・・・。ヴァイツ様。ゼクロス様は貴方を待っていますわ」
「・・・なら奴に伝えろ。つまらない小細工をしていると、部下が減る・・・とな」
「ふふ・・・了解したしました。・・・そちらの大地のお嬢さんも。いずれ、また」
「ま、待ちなさいっ!!」
 大声で引き止めるクルスの声にも、フィラの声と気配はそこで消えてしまった・・・。
「炎の変わり身か・・・・」
 一瞬でクルスの魔術を掻い潜り姿を消した彼女に、誰にというでもなくヴァイツが呟く。
「追わなくてよかったんですか? 貴方なら・・・」
「追っても彼女は何も喋らないさ。殺されても。そして、ゼクロスも手下の一人や二人平然と切り捨てる」
「でも、それじゃああそこまでゼクロスに盲信しているあの人が報われませんね・・・」
「・・・それも覚悟の上なんだろ。下手な同情は身を滅ぼす」
「ゼクロス・オルタネート・・・怖いですね。そこまで人を魅了するなんて」
「だからこそ、倒さなければならないんだろ」
 ヴァイツは再び止めてあった愛機に跨る。クルスもそれに続き彼の後ろに腰をかける。
(復讐なんか止めろなんて言えないけど、でも・・・)
 釈然としないものを胸に収めたまま、クルスは走り出したバイクの上で黙って彼の腰をギュッと抱き締めた。




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