「ラストソング」 〜第十九話 「狼の王」〜


 ギルドに戻ったクルスとヴァイツは長老に報告書を提出し、寮の自室へと引き戻っていた。王女誘拐という大事件も無事解決し、騎士団に後を任せギルドは退散されていたのだった。
「王女も無傷で生還。無事で本当に良かったですね」
「そうだな」
 クルスと共に報告書を作成していたヴァイツも今はクルスの部屋にいた。二人とも部屋の中ということもあり上着を脱いでおり、書類の片づけをしているところであった。
「それにしても、またゼクロス絡みでしたね・・・。あのフィラットと名乗った炎の精霊士の言葉が真実だとすれば・・・」
「・・・」
「そして今回の事件の真の黒幕は、ダレス室長・・・。本気で、ギルドを、私達を敵に回すつもりのようですね、あの人は・・・」
 インクで薄汚れた手を拭いながら、クルスの表情が陰る。向かい合う形でソファーを囲っていたヴァイツに顔を背けるように、顔を伏せてしまう。
「・・・俺はその室長とやらを知らないんだが、どんな人物なんだ?」
 彼女の様子を察したのか、珍しくヴァイツから口を開き語り掛ける。そうでなくても、前々から薄々思っていたことだったのだろうが。
「そうですね・・・人望もありましたし勿論ギルド幹部としての能力も才も恵まれ魔術師としても超一流の、私の上司であり、恩師である人です」
「恩師?」
「ええ、私は室長に直にスカウトされてこの首都のギルド本部に所属したんです。それまでは片田舎の村娘だったんですよ?私」
 クスリ、と悪戯っぽく微笑むクルス。だがそれも続かず視線がすぐに床へと落ちてしまう。
「正直、今でも信じられません。あの室長がギルドを裏切るなんて・・・。あの人は私の知る限りそんなことをする人ではないと思っていましたし・・・」
「だが、現実はこれか・・・」
「あの人とゼクロスの間に何があったか、私は知りません。室長にどんな理由が、事情があったのかも、何を目的としているのかも、まったく・・・」
「君の責任じゃないだろう、それは」
「そうですね・・・でも、・・・駄目ですね、私。割り切ろうとはしてるんですが・・・」
 フルフルと首を振り頬を軽く叩く。乱れた髪も直さずクルスは搾り出すように言葉を続ける。
「ダレス室長は、私達の敵なんですよね・・・。もし今度であったら、私はあの人を倒さなくてはならない・・・。私はギルドの団員なんですから・・・」
 まるで自分自身に言い聞かせるような台詞を呟くクルス。視線は床を見据えたままだったが決意を固めたその瞳は力強い輝きを取り戻していた。
「現在のところ、ゼクロスに組するのはダレス室長とフィラットと名乗ったあの女性2名のみが判明されています。他にも何人の同志がいるか、もしくは3人だけなのかはわかりませんが一人が室長だというならこちらも対応はしやすいと言えばしやすいでしょう」
 何せ、ついこの前まで同じ職場で働いていた相手が敵なのだ。全てを知っているとまでは言えないが全くの他人を相手にするよりは対抗策を練ることはできる。
 クルスはそう言いたいのだろう。
 ヴァイツは黙ってそれを聞いていたが、フッ、と軽くため息のように小さく息をつく。ヴァイツのそんな仕草には気づかないクルスはソファーから腰を上げ窓際へと足を運ぶ。
「・・・やりにくい、とは思います。戦いたくないとも、正直思っています。でもそう言ってられないのが私達の仕事なんですから。ダレス室長は、あの人は私達の、私の敵です」
「・・・・そうか」
 ヴァイツはそれだけ言い、倣うようにソファーから立ち上がる。クルスは窓枠に手をかけ、決意を固めた瞳で窓の外の景色を眺めていた。まるで、その外のどこかに敵と見据えた男がいるかのように。
 ヴァイツは十数秒ほど、そんな様子の彼女の後姿を横目に、軽く目を閉じ何かを考えるように軽く前髪を掻き、それから何か思いついたようにちょいちょい、と手招きする。
「・・・ちょっといいか?」
「なんですか・・・・って、・・・え?」
 振り返ったクルスは返事を終える前に手を伸ばしたヴァイツに抱き寄せられていた。
「え、え・・・え?」
 いきなりのことで状況が飲み込めないのか、抜けた声を上げるクルスにヴァイツは介さず両手で腰と背を抱え包むようにクルスを抱きしめる。
「俺は、君の苦しみもその男との確執もわからない。けどな・・・」
「え、あ、その、ちょ・・・あれ?」
「・・・上手く言えないがまあ・・・無理はするな、無理矢理自分を納得させてもしょうがないだろ」
 ヴァイツの声を耳元に感じながらクルスは慌てて彼の体を突っぱねようと両手を上げる。
「な、慰めのつもりですか?でも、だからっていきなりこんなやり方・・・」
「辛かったり、苦しかったりするときは人の温もりが一番だと、聞いたんだが・・・もしかして違ったのか?」
 照れや動揺といった色は欠片も無い様子のヴァイツのその台詞に、クルスは押そうとした両手の力を抜き彼の腕の中ではあ、とため息をついた。
「誰に教わったんですか、そんなこと・・・。相手によっては痴漢行為ですよ?」
「・・・難しいんだな・・・」
「ええ、難しいものなんですよ」
 呆れ顔のクルスに流石にばつが悪そうにヴァイツも手を緩める。だが、逆に今度はクルスがヴァイツの背に手を回していく。
「でも間違ってはいませんから。それに・・・」
 ギュ、と回した両手を背中で重ね、自然と声が小さく、静かになる。
「無理矢理自分に言い聞かせようとしていたのは事実ですし。折角決意を決めた矢先に・・・反則ですよ、こんなの・・・」
「反則か?」
「反則です」
 突然の不意打ちにもようやく落ち着きが戻っていき・・・すると今度は今の自分の状況に急激に意識が持って行かれる。
 最上級魔族、魔竜の王。でも腕の感触や体に伝わる温もりは、人のそれと何一つ変わらない。彼は人間とのハーフなのだから当然なのかも知れないが。
(あったかい・・・どうしよう、凄くあったかい・・・うう、今の私、どんな顔してるんだろう・・・)
 そう思うとつい、顔を伏せヴァイツのシャツに埋め込んでしまう。それでも離れもせず彼に擦り付いたままというところが微妙に抜けている気もするが。
 クルスが顔も上げられず無意識に自分の手を彼の背に回そうとし・・・
「クルスさーん、いますか?お客さんがいらっしゃいましたよ〜」
 トントンと自室のドアを叩くノックと共に聞こえる見知った下士官の声にガバッと勢いよくヴァイツから飛び離れる。
「ど、どうぞ?開いてますです」
「・・・文法がおかしいぞ?」
 真っ赤になっている顔を必死に戻そうと頬を摩るクルスに怪訝顔でヴァイツがクルスの顔を覗き込む。
「誰のせいですか・・・」
「誰だ?」
「・・・本当に、この人は・・・」
 何故か少しだけ泣きたくなる心境も、いつもの捜査官としての顔の裏に隠し、ドアを開け姿を見せた下士官を出迎える。
 下士官の少年は何度かクルスと共にいたこともあるヴァイツも何回か見かけたことのある少年だった。
 もちろん、この男が名前など覚えているわけはないが。
 下士官の少年は部屋にクルスと共にヴァイツがいることに僅かに眉をひそめたが、それ以上は何もせず何も言おうとはしなかった。
「お仕事中失礼します。クルスさん宛てに言伝を預かっています」
「言伝?誰からです?」
「いえ。それが名前は聞かなかったのですが・・・綺麗な女性の方でしたよ。ウェーブの金髪の」
「金髪のウェーブの・・・女性?」
 頭の中で該当する人物を思い浮かべ、思わず隣のヴァイツと顔を見合わせる。ヴァイツも同じ人物を思い浮かべたらしく同じようにクルスに顔を向けていた。
「・・・罠、にしては妙だな」
「私を名指しですね・・・。とりあえず赴いてみましょう」
「一人でか?」
「とりあえずは、ですよ。フォローはお願いしますね。それに向こうも街中で戦いを仕掛けるつもりはないようですし」
 そう言ってクルスは下士官から手渡されたメモと、それに挟まれていたクロケットの割引券をヒラヒラと彼の前で振って見せる。
「私もあの人とは個人的に聞きたいことがあるんです」



『貴女と個人的にお話したいことがあります。よろしければ二人でお茶でもいかがですか?
                    −フィラット・ローザー          』



「あら、本当にいらしてくださったのですね。ヴァイツ様も一緒ではないようですし」
 自分でそう呼び出しておいてまさか本当にそうして来るとは思っていなかったのか、はたまたからかいのつもりだろうか、呼び出し主の彼女。
 フィラット・ローザは緩やかなウェーブの金髪を靡かせ王都でも評判のカフェ付きベーカリーショップ『クロケット』のオープンテラスでティーカップを傾けクルスに微笑みかけてきた。
 以前出会ったときと同様、彼女はその抜群のプロポーションを見せ付けるような露出の多い真紅のローブに身を包んでいる。もっとも、流石に寒気を感じるのか前より一枚多く着ているが。
「あなたの方がそう望んでのでしょう?もちろん、ヴァイツさんも団員数名も近くに潜ませてもらっていますけど」
 クルスはそうだけ言うと彼女の真向かいの椅子に腰をかける。やってきたウェイトレスにカプチーノを注文し、暢気にティーカップに口をつけ悠然としているフィラを真正面から見据える。
「ご用件は?戦いに来たわけではないようですが」
「まぁ、当然ですわ。無闇な争いは私もゼクロス様も望むものではありませんもの。それに私、これでもこのボウスシェイバーの出身ですのよ?」
 自分の故郷に被害を出すのは嫌だ、とコロコロと口元を押さえ笑うフィラに対しクルスはあくまで表情を硬く、緩めることはしなかった。
「・・・こちらの質問には答えていただけないようですね」
「ゼクロス様の居場所や目的などといった無粋なお話なら、お断りさせていただきますわ。私はただ純粋に、他意無く個人的に貴女に興味がありますの」
 フィラが再びティーカップに口をつける。クルスはそこでようやく、彼女が飲んでいるのが自分が注文したものと同じカプチーノだったことに気づいた。
「ゼクロス様はヴァイツ様に甚くご執心です。あの方が望むならば私としても是非ヴァイツ様には我々の同友となっていただければ、と思っております」
「無理な話でしょうね、それは」
「ええ、私もそう思います」
 あくまでフィラは楽しそうに微笑んでいる。クルスは多少皮肉のつもりで言ったのだが、どうやらフィラも本心からそう思っているらしい。
「同じ一族の生き残りとして彼を迎い入れたいというゼクロスの念はわからなくも無いですが、ヴァイツさんにはそんなつもりは毛頭ないでしょう。復讐。その一念しかないようですしね」
「あら、そうでしょうか?」
 目を大きく開かせ意外そうな声を上げるフィラにクルスも一瞬思わずキョトンとしてしまう。
「あの方は本当に復讐心しかないのでしょうか・・・?それに、ゼクロス様が彼を手に入れたい理由も、どうやら貴女はほとんどお二人のことをご理解していないようですね」
 残念そうに、もしかしたらそれも楽しんでいるのかもしれないが、フィラは目尻を下げ小さく呟く。
 彼女は何気なく漏らしただけのつもりだろうが、クルスにはその言葉がひどく心に引っかかった。
 図星を突かれた、ということもあるが目の前のゼクロスの腹心がヴァイツのことまで詳しく知り得ているという事に不思議に強い不快感を覚えたのだ。
「・・・どういう意味ですか?」
 あえて自然と出てくる言葉の棘を隠さす、フィラを睨む。彼女はあくまで柔和な笑みを浮かべたまま、本当にこの店のカプチーノとこの会話を楽しんでいるようだった。
「まぁ、ゼクロス様と違ってヴァイツ様は言葉少ない方ですからねぇ。さぞ大変でしょう?いろいろと振り回されて」
「本当にそんな話をしにきたというなら、この辺でいいでしょう?」
 彼女自身が嫌いなタイプというわけではない。だがその発せられる言葉、一つ一つがクルスには強い不快感と苛立ちを覚えさせられる。多分、自分が知りたかったことを彼女は知っている。  そう、これは・・・
「嫉妬、ですか?」
 フィラの呟きにクルスはそこで始めて、自分の中の感覚がまさにそれであることに気づかされた。
「私と貴女は似たもの同士ですものね・・・。同じ魔竜の士に心をよせ、力になりたいと願い、願われる。似ているけれどどこまでも対極な位置にいる。ヴァイツさまが我々の仲間になってくださればば、貴女とも良いお友達になれると思いますわ、私は」
「それは、いろいろな意味で無理な話ですよ、フィラット・ローザ」
 クルスはテーブルの影で片手に忍ばせていた携帯の電源に指を伸ばし、切る。近くに隠れさせていたギルドの団員たちへの合図である。
「逃がしませんよ。貴女には否応にも聞きたいことがありますから」
「あらあら、でも私ももうそろそろ帰らなくてはいけない時間帯ですの」
 クロケットのカフェテラスに数名のギルド団員が駆け込んでくる。植木の影から、店内にて客に紛れていた中から、フィラの確保の合図を待っていた面々だ。
 だが、彼女はあくまでゆっくりとティーカップを置き、眼前に迫る手に目もくれずにいた。
「おあいにく様です、クルス・ブラーエ。貴女が手を打ってた様に私の方も多少逃げ道を用意させていただいておりましたの」
 フィラの足元に瞬時に紫色に輝く魔方陣が現れる。紋様が回転しパズルのように円状に組み立てられ、同時にフィラの姿が光に包まれていく。
「時限式の移送法陣っ!?しまった・・・!」
「またお会いしましょう?クルスさん。今度はどういう形で出会えるか、楽しみにしていますわ」
 目の前で今にも消えようとするフィラに手を伸ばす。クルスの指先はフィラの胸元の布地を掠めるだけで、そのまま彼女は紫光の中にゆっくりと姿を消していった。
「ターゲット・ロスト。この近辺にも魔力の感知はできません。完全に見失いました」
「・・・してやられましたね。のこのことやってくるだけあってしたたかに逃走手段の用意にも抜け目が無い・・・。どうやら頭の切れる人のようですね」
「どうします、クルス捜査官」
 用意させていた数名の団員がクルスの元へと集まる。騒ぎを大きくしないようにと人員も装備も最小限にしていたがどうやら相手のほうが一枚上手だったらしい。
「仕方ありません、あなた方は念のためもう少し範囲を広げて目標の捜索を。私は一足先に本部に報告にいきます」
『了解しましたっ』
 団員たちが声をそろえ軽く敬礼をし外へと出て行く。クルスはその後ろ姿が完全に見えなくなったところで、いつの間にか立ち上がっていた腰を椅子に戻し深く溜息を漏らした。
「似ていませんよ・・・何一つ。あの人は別に私を必要とはしていないもの・・・」



 同時刻ヴァイツもまた、フィラを逃がしたところだった。クルスらとは別に違う場所で待機していたのだ。
「・・・チッ」
 今まさに飛び出していくところで取り逃がしてしまった。おそらくはゼクロスがこちらの動きを察知して移送したのだろう。後ほんの数瞬早ければ、フィラはヴァイツに取り押さえられるか、その身を焼かれているところだったろう。
 それを察知したからこそのことなのだろう・・・。
「随分あの娘を大事にしているみたいだな・・・同胞殺しとは思えない優しさじゃないか・・・」
 誰に言うでもなく、自然と言葉が口から漏れる。かつては確かに仲間として、家族として長い時を過ごした人物が、ある日突然自分の総てを奪い去っていき、今もどこかでほくそえんでいる。
「いいさゼクロス。お前がそうして安い挑発を繰り返すなら・・・片っ端から叩き潰してやるだけだ」
 暗く響くような声が口の端から漏れる。自然と険しくなる目元を隠すように顔に手を沿える。憎悪、責任、使命感。
 全ての感情が当てはまろうとせず、だがどれもがその心境を物語れる。ヴァイツ・クロフォードにとってのゼクロス・オルタネートは複雑な存在であった。
 彼はそのままその場を後にしギルドへと戻っていった。あえてクルスに合流しないのは、今の自分を見せたくないと無意識に思っていたのかもしれない。そして皮肉にもクルスも今、ヴァイツと顔をあわせることを躊躇っていた時であった。
 二人のこの僅かなすれ違いが、後に大きな悲劇を生み出すことを、この時はまだ当の本人たちも知る由もなかった・・・。




「とまあ、俺の華麗なる活躍で無事お姫様は助けられました。そしてこれからが我が栄光へのロードの第一歩と」
「要するに俺らが変な奴らに絡まれてるうちにアガートが王女をさっさと助けたってわけだ」
 ファーウェルへ帰ってきたルシア達はキャリーの熱烈な質問攻めに各々の答えを切り替えしていた。
「あ、そうなんだ。さすがアガートさんだよね」
「あれ?俺の話はナチュラルスルー?」
「まあ、伊達に最強なんて通り名は持ってないよな、あの愛想知らずも」
「え?俺の扱いナチュラルダウン?」
 ペリュトンのテーブルを囲う3人。少しめんどくさそうに説明を続けるルシアに食いつくキャリー。そして何故かキャリーの隣でストローを咥えゴポゴポとアイスコーヒーを吹いてふてくされ始めるロナードの姿があった。
「まあ無事に何もなく終わったんだし、万事解決ってことだ」
「そうだよね、二人もこうして無事だったし。細々とした怪我はあったけど」
「変な奴らに絡まれたって言っただろ?えっと、なんつったかな・・・。結構有名なコンビらしいけど」
「ジミーとオポッサムだろ」
「まあいいや。あんましもう関わり合いにならないだろうし」
「あらら?俺のボケもナチュラルブレイク?」
 テーブルの下でロナードの脛を蹴り付けるルシア。驚いたロナードがアイスコーヒーを口から噴出しキャリーが「汚っ!」と飛びのいたところにこの店の主であるセシルがやってきた。
「あらあら、あんまり虐めたら可愛そうよ?仲間なんでしょう?」
「いつの間にかつるむようになってるだけですよ。」
「でも結構いいコンビだよね。ロナードさんとルシア」
 オレンジジュース(バジル入り)を啜りながらニコニコと二人を見比べるキャリー。当の二人は一瞬顔を見合わせ、苦々しく顔を歪める。
「・・・まあ、そこそこに合うのは認めるけどさ」
「まあな・・・。男と仲良くなっても嬉しくねえけど。お陰でカタリナ姫様の件でもアイツラを追い返せたんだし」
 テーブルに顔を突っ伏すロナードに、今度はルシアとキャリーが顔を見合わせる。
「・・・お前何言ってるんだ?シンクレルの王女はパティソール王女だぞ?」
「そうそう。第二王女の。カタリナ姫様は結構前に王位継承を破棄して行方を消したじゃないですか」
 怪訝顔の二人に対し今度は更にロナードがポカンと口を開いて、
「は?なんだそれ。いつの話だよそれ」
「いつって、大ニュースになったじゃないですか。ルシアだって知ってますよ?」
「おお、記憶量は少ないがそれぐらいは知ってるぞ。、て誰がメモリー空きだコラ」
「うきゅう!痛いよ何も言ってないよぅ!」
 なぜか三つ編みを引っ張られるキャリーの泣き言を無視しロナードが続ける。
「はぁ・・そうなんだ。いや、俺実はシンクレルに来たのはそこそこ最近でさ。あまりこっちの事情に詳しくないんだよな」
「おや?お前こっちの出身じゃないのか」
「ああ、俺はレザノフ生まれだよ。雪と氷と機械ばっかの無粋なところだったけどなぁ」
 どこか不機嫌そうな顔になり漏らすロナードの様子に珍しそうに二人が口を閉じる。いつも能天気に振舞うロナードの微かな「闇」を垣間見たような、ルシアとキャリーはそんな感覚を一瞬感じ取っていた。
「・・・ん、まあ。俺の身の上話は良いんだよ。そうかそうか、カタリナ姫はいないのか・・・。行方知れずって言ったけど今はどうしてるんだ?」
「ああ、今でも水面下で捜索は続けられてる。当時第一王女の護衛をしていたのが今の騎士団長でな。騎士団でも今も捜索を続けてるらしいぜ」
「うきゅ・・・」
 ルシアに三つ編みをつかまれたまま頷くキャリー。流石にその体勢では飲みにくいらしくジュースを持ったままテーブルに置いている。
「ふーん・・・。俺の知ってるのはまだカタリナ王女がいたころぐらいからだからな・・・情報古いなぁ。あのパティ王女が今の王位継承、か・・・」
「ん、なんか言ったか?」
 最後の方、ほとんど独り言のように呟かれたロナードの言葉に三つ編みを取り返そうとするキャリーに袖を引っ張られながらルシアが反応した。
「いんや、こっちのことだ。っつーかあまり虐めるなよキャリーちゃんを。三つ編みが気になるならお前のその尻尾毛編んでもらえばいいじゃんかよ」
 ニヤリといつもの軽い調子に戻りロナードが笑う。その言葉にルシアが顔を渋り、逆にキャリーが意味深に笑みを浮かべる。
「一度前にやったんですよ。ルシア髪の毛綺麗だから、羨ましくて悪戯心から、つい」
「ああやられたな。そのあとちゃんと報復はしたけどな」
 オレンジジュースにブラックペッパーを入れようとするキャリーの手を掴みルシアが不機嫌そうに呟く。
「あー、なんだ実証済みか。案外似合うと思うぜ?なんだかんだでお前女顔だし」
「うん、女装とかけっこう似合いそう」
「お前らな・・・!」
 ニヤニヤと笑うロナードとケタケタと楽しそうなキャリーに、どっちから先に殴ろうかとルシアが拳を固める。
 そのとき・・・。


――ねえ、覚えてる?ここ、私と貴方との「思い出」の場所・・・――


――『毒』の機能は順調だね。姉さんの理論は完璧だよ――




――貴方だけでも、せめて、あなたは普通に幸せに・・・!!――


(なんだ?これ・・・。女と、男・・・?前に浮かんだ時と同じ奴か?)


――アルファを渡せ。それは本来の役目に戻すべきだ――


(アルファ・・・?前は確か「ハイドベノン」とか、なんのことだよ、一体・・・)


――・・・ア。    ・・・・シア・・・        ・・・――


(俺は・・・・俺、オレは・・・いったい・・・?)



「・・・・シア、ルシア!!」
 ふと、我に返ったルシアの視界に真っ先に飛び込んだのは、こちらを覗き込みながら頬を引っ張るキャリーの顔であった。
「・・・・ん、?ん、ああ・・・。なんでもね」
「ほんと?また・・・何か思い出した?」
「まあ・・・なんだろうな。よくわかんねえけど。つーか痛い、やめれ。嫌がらせに抱きしめるぞこんにゃろめ」
「うきゅきゅ!!勘弁っ!」
 慌てて飛びのくキャリー。ルシアは若干ヒリヒリする頬を摩りながら
「・・・なんなんだろうな、本当に」
 女装という言葉がキーワードになったんだろうか、だとしたら自分は本当にどんな人間だったのだろうか。かなり本気で自分の過去が心配になってきてしまった。
「んー、まあ時々こうして記憶が蘇ってくるみたいだな。この調子で段々記憶が戻ってくると良いな」
 ロナードの暢気な台詞にもほとんど応じず、ルシアは今回浮かんだ記憶に強い引っ掛かりを覚えていた。
(今回は「アルファ」・・・なんだ、この名前を俺は確かによく知っている。それに、あの女の声。あれも、確かに・・・)
 得体の知れない靄を覚えるルシアにキャリーの不安そうな視線に気づく余裕はなかった。


「ゼクロス様、ただいま戻りました」
 いずこかにあるゼクロスのアジト。薄暗い室内にフィラット・ローザの眩かなブロンドが煌いている。古作りのソファに腰掛けていたゼクロスは片手に持っていた読みかけの洋書を閉じ、いつものように緩やかな笑みで自分の忠臣を迎えた。
「やあ。いいタイミングで移送できたみたいだね。もうちょっとあの場にいたら今頃君は消し炭にされていたか手足のひとつも落とされて拘束されていたろうね」
「ええ、危ういところでしたわ。ヴァイツ様は本当にゼクロス様に関するところには容赦がないご様子で」
 コロコロとついさっきまでその危険の中にいたとは思えない気軽な笑顔を見せるフィラ。度胸があるのか、それともゼクロスをよほど信頼しているのか・・・おそらく両者なのだろうが。
「用事があると聞いていたが、本当にクルスにちょっかいをかけにいっただけとはな。少し軽率すぎないか?」
 ゼクロスの横で口をつぐんでいたダレスが徐に口を挟む。同じゼクロスを主とし行動する者ではあるがダレスとフィラの間にはどうやらかなりの価値観の違いと温度差があるようだ。
「まぁ、貴方のお気に入りの娘さんに私が手を出すのは気に入りませんか?それを言うならヴァイツ様の方がよっぽどあの娘の心を捉えているようですが・・・」
「別にそんな下世話な事を言っているつもりではない。」
「あら、そうですか?」
 たっぷりの皮肉を笑顔で隠しダレスに突き刺すフィラ。ゼクロスもそんなやり取りを笑いながら眺めているだけで二人に何も言うつもりはないらしい。だが・・・。
「おや・・・」
ゼクロスが不意に、何かに気づいたように視線を逸らす。その先はこの薄暗く周りの内装すら見えにくい中、肉眼では何も見えない闇の中へと向けられていた。
「いかがしましたか?ゼクロス様」
「・・・どうやら、とんだお客さんがきたようだね」
「馬鹿を言うな。この場所にたどり着くまでどれだけの結界とジャミングを潜り抜ければいいと思っている。そんなことが・・・」
「できるよ、ねえ。『貴方』ならね・・・?」
 ゼクロスが声をかける先に、ついさっきまで何もなかったその場所に、いつの間にか一人の男が佇んでいた。
 フィラも、このアジトの中にも何重にも張られた結界の一部を担っているダレスにさえ、いつの間にその男がそこに来たのか全く気づかなかった。
「何者だ・・・?」
「ダレス、不用意に動かない方が良いよ」
  ゼクロスがすばやくダレスを手で制する。一歩、足を進めたその男の姿がようやく、ゼクロスのそばにあるポールライトの明かりに照らされ浮かび上がる。
 牙のように銀髪に生えるメッシュとズボンに走るラインの赤が特徴的な、見た目にして20代前半ほどの男だった。
 刃物を彷彿させる銀色のジャケットに真紅のマフラーを巻きつけた姿はダレスもフィラも全くその素性に気づかなかった。その、深赤の右目と金色の左目。「魔王」の証である「相違目(オッドアイ)」に気づくまでは。
「やぁ・・・貴方がここに来るとはね。考えてみれば簡単に此処にこれるなんて貴方ぐらいのものだよね」
 驚愕する左右の忠臣を尻目にゼクロスがその人物に笑いかける。だが、その男は笑い返しはしなかった。
 薄明かりに映るその顔はどこか気だるそうに見え、それでも眼差しだけが冷たくゼクロスを見据えていた。
「いらっしゃい。魔界の三魔王が一人、魔狼(フェンリル)が王、ガディフォール殿」
 ソファから腰を上げ軽く頭をたれるゼクロス。顔を上げ改めて彼を見据える。
「よぉ・・・。随分やんちゃしてるみたいじゃないか、魔竜の坊主」
 ニヤリと悪意とも皮肉とも取れない笑みを浮かべ、彼、シグナ・ガディフォールが3人の前に現れた。




あとがき

いやはや大分遅れましたな最新話19話。ここにきて新たな魔王が登場です。三大魔族の一角魔狼フェンリルの王シグナ・ガディフォール。18話にてヴァイツに接触してきた彼が次に向かった先は なんとゼクロスの元。
果たして二人目の魔王はどんなポジションに立つのか。敵か、味方か?分からない、分からないな・・・(待てや作者)
クルスとフィラの女の戦い(?)はなんとなく書いてて書きにくかったりしましたが、ええ、こういう複雑な心情を表現するの父ちゃん苦手だ(誰がだ)。
とまあしばらくは新番組のカブトに燃えつつちまちまと書き足していきますにゃー




次回、ゼクロスと接触したシグナ。果たして彼の思惑は?そしてシンクレル王家にも大きな動きが、同時にアガートの元にもとある変化が・・・。
一方ルシアも過去の記憶の手がかりを求めギルドのヴァイツを
尋ねにいく。ヴァイツはルシアの何を知るのか?ルシアの過去の断片が次第に組み上げられていく・・・。


・・・時々普通に予告するよなオマエさんは。ま、いいことなんだけどさあ本来は。
次回、阿呆戦隊ハジレンジャー「馬鹿につける薬 〜フモ・フモ・フモーモ〜」こうご期待!
突っ込みどころがキャストオフだ

では、次回20話、テイルズシリーズの最新作が出る前に(出たばっかだコンチクショ)




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